第20章:逆侵攻、鉄屑の行進
『警告。廃棄区画にて、未確認の振動を検知』
『警告。エリアD-4、隔壁の閉鎖を確認できません。……エラー。隔壁が物理的に消失しました』
施設の下層部にある警備室。モニターに映し出される異常な数値に、警備員たちは顔を見合わせていた。
「なんだ? システムの誤作動か?」
「いや、熱源反応がある。……大きいぞ。それに、形状がわからない。なんだこれは」
「廃棄区画には、もう動くものは何もないはずだろ。処理落ちした重機が爆発でもしたか?」
ズズ……ン。
地響き。いや、それはもっと直接的な、建物そのものが悲鳴を上げているような振動だった。
『ギャアアアアアッ!』
『た、助けてくれ』
唐突に、無線機から絶叫が響いた。見回りをしていた部下たちの声だ。
「どうした! 何があった!」
『ば、化け物……! 巨大な、化け物が……! いやだ、食われる、壁ごと食われ――ガガガガッ!』
銃声。そして、金属が肉をすり潰すような、破壊音。無線が途絶える。
「総員、第一種戦闘配備! 下層へ急行せよ! 侵入者だ!」
警報が鳴り響く。だが、彼らはまだ知らなかった。それが侵入者などという生易しいものではなく、底から溢れ出した「災厄」そのものであることを。
「あは、あはは……」
僕は笑いながら、目の前の隔壁をこじ開けた。厚さ50センチの特注合金。だが、僕の左腕――工業用粉砕機のパーツを無理やり接合した腕の前では、ただのアルミ箔に等しい。
ギギギ、ベキュッ!
金属が悲鳴を上げる。僕は爪を食い込ませ、扉を引き裂いた。鉄の味がする。オイルの匂いがする。ああ、いい匂いだ。これも食べてしまおう。
ガリッ、バキッ。
千切れた装甲板を口に放り込む。咀嚼。喉を通る異物が、体内の炉心で熱に変わる。足りない。まだまだ足りない。マスターのところまで行くには、もっと身体を大きくしないと。
「止まれッ! 発砲!」
通路の奥から、武装した警備兵たちが現れる。アサルトライフルの弾幕。ペチペチと、僕の体に当たっては弾かれる。痛くも痒くもない。今の僕の皮膚は、廃棄されていた重機動兵器の装甲を何枚も重ねて溶接したものだから。
「……邪魔だよ」
僕は右腕を振るった。そこには、四脚歩行ドローンの脚を改造した、巨大なパイルバンカーが装着されている。
ズドンッ!
空気が爆ぜる。撃ち出された杭が、先頭の兵士を貫き、後ろの隊列ごと吹き飛ばした。肉片と血飛沫が壁に美しい模様を描く。
「ひ、ひぃぃッ! なんだこいつは!」
「撃て! グレネードだ!」
爆発。煙が晴れると、僕は無傷で立っていた。いや、傷はついたかもしれない。でも、どうでもいい。壊れたら、また拾って付ければいいのだから。
「もらうね」
僕は残った兵士たちに飛びかかった。彼らの装備。彼らの武器。すべてが僕の部品になる。
「ギャアアアアアアアッ!!」
悲鳴が心地よい。マスターを傷つけた連中の悲鳴なら、尚更だ。僕は兵士の一人を壁に押し付け、その装備している強化外骨格を引き剥がした。そのまま、自分の腹部の装甲の隙間にねじ込む。融合。同化。僕の体は、雪だるま式に膨れ上がり、醜悪さを増していく。
『警告。システム汚染率90%。自我境界の融解を確認』
うるさいな。自我なんて、マスターを愛していればそれでいいんだよ。
僕は天井を見上げた。感知できる。遥か上層、中央塔のてっぺんから、微弱だが愛おしい鼓動が聞こえる。マスター。僕の鍵穴さん。今、助けに行くよ。
僕は天井に爪を突き立てた。エレベーターなんて待っていられない。物理的に、最短距離で食い破って登る。
ドガガガガッ!
天井が崩落し、僕は上の階へと躍り出た。そこは研究区画だった。白衣を着た人間たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「な、なんだあれは!?」
「スクラップの集合体……!? 自律稼働しているのか!?」
研究員たちが腰を抜かす。誰一人として、僕が「ミスティルテイン」だとは気づかない。当然だ。かつての美しい兵器の面影など、欠片もないのだから。
「……どけ」
僕は研究員の一人を裏拳で薙ぎ払った。トマトのように弾ける音。興味はない。僕の目的は、この塔の頂点だけだ。
背中から伸びた排気ダクトが、黒い煙を吐き出す。関節から漏れるオイルが、黒い足跡を残していく。
ギシ、ギシ、ガシャン。
鉄屑の行進。地獄の釜の蓋が開いたのだ。誰も、僕を止めることはできない。
一方、最上階の「玉座の間」。そこは、下層の阿鼻叫喚が嘘のように静まり返っていた。
「……ッ、ぐ、うぅ……!」
オージは、手術台の上に拘束されていた。四肢を革のベルトで締め上げられ、頭部には無数の電極が刺さっている。血管には、神経を過敏にする薬物が点滴で流し込まれていた。
「素晴らしい数値ね」
ヒルダがモニターを見ながら、恍惚とした声を上げる。
「苦痛を与えれば与えるほど、脳波の特定の波長が活性化している。……これが『適合率』の正体かしら」
彼女はメスを手に取り、オージの胸元――心臓の上にある皮膚を薄く切り裂いた。
「が、ぁ……ッ!」
「痛い? でも我慢してね。麻酔なんて使ったら、正確なデータが取れないもの」
ヒルダは楽しげに笑い、傷口をピンセットで広げた。そこには、ティナとの契約の証である文様が刻まれているはずだった場所がある。今はただの肉だが、ヒルダにはそこに「見えない回路」が見えているようだった。
「ティ、ナ……」
オージがうわごとのように呟く。
「まだ名前を呼ぶの? いじらしいわね」
ヒルダはため息をついた。
「あの失敗作はもう死んだわ。廃棄場でスクラップになって、今頃は腐敗している頃よ」
「……生きて、る……」
オージは、焦点の合わない目で天井を睨みつけた。
「あいつは……俺の相棒だ……。勝手になんか……死なねぇ……」
「妄想もそこまでいくと哀れね」
ヒルダが肩をすくめた時だった。
『――緊急警報。中央塔下層部、壊滅』
無機質なアナウンスが響いた。部屋の照明が赤く明滅する。
「何事?」
『未確認の敵性体が侵入。……いえ、侵攻中です』
「侵攻? 軍隊でも来たの?」
『単独です。……形状は測定不能。あらゆるセキュリティを物理的に破壊し、直上中。到達まで、あと3分』
モニターの映像が切り替わった。そこには、煙と瓦礫の向こうで暴れる「何か」が映っていた。鉄パイプ、装甲板、機械のアーム。様々なガラクタを継ぎ接ぎした、巨大な人型。その中心で、油にまみれた銀髪が揺れている。
「……は?」
ヒルダが目を見開く。その怪物が、カメラに向かって顔を上げ、咆哮した。
『マ゛ス゛ダァァァァァァァッ!!』
レンズが割れ、映像が途切れる。それは、人間の言葉ではなかった。金属が擦れ合うノイズと、執着だけで構成された叫び。
「まさか……オリジナル?」
ヒルダの声が裏返る。彼女の目は、信じられないデータを見るように泳いでいた。
「ありえない。リンクは切断したはずよ。マスターからの供給なしで、どうやってあの巨体を動かすエネルギーを捻出しているの?」
彼女はモニターのノイズを睨みつける。
「それに、あの姿……。周辺の廃棄物を取り込んで、自己修復したというの? 発掘された解析データ(レコード)には、そんな捕食機能なんて記されていなかったはず……!」
「は、はは……」
手術台の上で、オージが乾いた笑い声を上げた。
「言っただろ……ババア」
オージは血の混じった唾を吐いた。
「あいつは……古代の化石なんかじゃない。……今を生きる、俺のパートナーだ」
ズズズズズ……ン!!
床が揺れた。直下だ。真下のフロアまで、奴が来ている。
「オルタ! 迎撃なさい!」
ヒルダが叫ぶ。玉座の脇に控えていたミスティルテイン・オルタが、無言で前に出た。純白の装甲。無傷の鎌。完成された美しさが、そこにあった。
「ターゲット確認。……廃棄物の集合体と推測」
オルタが床を見下ろす。その床が、内側から膨れ上がった。
ドォォォォォォォン!!!
爆音と共に、床が弾け飛ぶ。瓦礫の雨と共に、黒い怪物が飛び出してきた。全長4メートル。右腕は巨大な建設機械のアーム。左腕にはガトリングガンの残骸。背中からは蒸気と黒煙を噴き上げ、全身からオイルを滴らせている。
それは、かつて俺が知る美しい少女の姿とは程遠い、醜悪でグロテスクな姿だった。だが、その胸の中央。瓦礫の隙間から覗く「核」だけが、狂ったように蒼く、強く輝いていた。
「マ゛、ス……ター……」
怪物の口――スピーカーを無理やり繋げた発声器官から、ノイズ混じりの声が漏れる。その複眼が、手術台の上の俺を捉えた。
「迎えに、来たよ……」
怪物が一歩踏み出す。美しい大理石の床が、泥と油で汚される。
「ひっ……!」
ヒルダが後ずさる。彼女の完璧な研究室に、最も忌み嫌う「ゴミ」が侵入してきたのだ。
「排除します」
オルタが立ちはだかる。純白と漆黒。完成品と廃棄物。対極の二つが、至近距離で対峙する。
「どけ」
怪物が、低く唸った。
「そいつは僕のだ。……触るな」
轟音と共に、怪物の巨大な右腕が振り上げられた。ゴミ捨て場の女王による、最期の蹂躙が始まる。




