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第19章:ゴミ捨て場の女王

 落下。無限にも感じる暗闇の中を、僕はただの廃棄物として落ちていった。風切り音。そして、硬いものに叩きつけられる、破壊的な衝撃。


 ガシャンッ、ゴガッ……。


 意識が飛んだのは一瞬だったか、数時間だったか。次に視覚センサー(まぶた)を開けた時、世界は鉄錆と腐敗の臭いで満たされていた。


「……あ、う……」


 体を起こそうとして、バランスを崩して転がった。違和感。あるはずの感覚がない。視線を落とす。右腕がない。肘から先が、無惨に引きちぎられ、配線がスパークしている。左足もない。膝から下が圧し潰され、人工筋肉の繊維がボロボロにぶら下がっていた。


「……あは」


 乾いた笑いが漏れた。痛覚はある。けれど、それを処理するリソースすら残っていない。自己修復機能リジェネは停止済み。内部エネルギーは枯渇。かつて「古代兵器ミスティルテイン」と呼ばれた僕は、もういない。ここにいるのは、ただのガラクタだ。


「……ここが、僕の居場所か」


 周囲を見渡す。山のように積み上げられた鉄屑。失敗作レプリカの残骸。かつて「聖女」と呼ばれ、使い潰された妹たちの墓場。オルタの言う通りだ。不良品がお似合いの末路だ。ここで錆びつき、朽ち果てていくのが、僕の運命さだめなのかもしれない。


 その時。頭の奥、切断されたはずのパス(回路)の残滓から、ノイズ混じりの信号が漏れ聞こえてきた。


『――ガッ、アァァ……ッ!』


「……っ!?」


 マスターの声だ。完全に切れてはいなかったのだ。僕とマスターの魂の癒着は、強制解除コードごときでは断ち切れないほど深く、互いの深層領域に根を張っていたらしい。


「マスター……! マスター!」


 僕は残った左手で虚空を掴み、叫んだ。だが、こちらの声は届かない。一方通行の傍受状態だ。聞こえてくるのは、マスターの鼓膜が拾っている「音」だけ。


『……ハァ、ハァ……。ティ、ナ……?』


 苦痛に震える声。そして、その背景から聞こえる、水音のような、肉を切り裂くような濡れた音。ウィィィン、というドリルの回転音。


『聞こえて、るか……? もし、生きてるなら……』


『素晴らしいわ。この神経系、まだ生きているの?』


 ヒルダの声だ。マスターのすぐそばで、楽しげに喋っている。


『やめ……そこは……!』

『暴れないで。お祖父様が見ているわよ? ほら、もっと強く押さえてあげて』

『ウウッ……オージ……スマ、ナイ……』


 じいちゃんの呻き声。骨が軋む音。ああ、なんてことだ。マスターは今、ヒルダに生きたまま解剖されているのだ。その光景が、音声情報だけで鮮明に脳裏に浮かぶ。


「やめて……やめてよ……!」


 僕は泣き叫んだ。自分が手足を失ったことなどどうでもいい。マスターが痛めつけられている。僕のせいで。僕が弱かったせいで。マスターは地獄にいる。


『……ティナ……』


 マスターの声が、急に優しくなった。諦念と、そして深い愛情が混じった声。


『逃げろ』


「……え?」


『俺はもう、だめだ……。じいちゃんたちも、もう……戻らない……』

『だから、お前だけでも……生きろ……』


『あら、まだ意識があるの? 頑丈ねぇ。じゃあ、次は脳を開いてみましょうか』


 ガガガガッ!!


『う、あああああああァァァァッ!!』


 絶叫。魂が削り取られるような、断末魔の叫び。


「マスター! マスター!! 嫌だ、置いていかないで!」


『ニ……ゲ……ロ……』


 プツン。


 ノイズが走り、回線が沈黙した。静寂。ただ、廃棄場の換気扇が回る音だけが、耳障りに響いている。


「……あ、あぁ……」


 嘘だ。嫌だ。逃げろ? 僕だけ?そんなこと、できるわけがない。君がいない世界で、ガラクタとして生き延びて、何の意味がある。君がいないなら、僕はただの鉄屑だ。存在している意味すらない。


「……ふざけるな」


 涙が止まった。恐怖も、悲しみも、絶望も。すべてがどす黒い「渇望」に塗り潰されていく。


 逃げない。僕は兵器だ。兵器なら、敵を殲滅し、所有者マスターを守り抜くのが存在意義だ。それを放棄して生き延びるなんて、僕のプライドが許さない。


 ヒルダを殺す。オルタを壊す。じいちゃんたちを解放する。そして、マスターを取り戻す。


 そのためなら、何だってしてやる。美しいフォルム? オリジナルの誇り?そんなもの、犬にでも食わせておけ。


「……足りない」


 僕は、目の前に転がっていた残骸を見た。量産型ミスティルテインの残骸。頭部が半分溶け、腕がねじ切れている失敗作。だが、その胸にはまだ、微弱なエネルギーを帯びた「動力炉」が残っている。


「寄越せ」


 僕は這いずった。泥と油にまみれ、残骸に覆いかぶさる。胸部装甲を左手でこじ開ける。爪が割れるが、構わない。油と保存液の臭い。僕はそのコアに、獣のように食らいついた。


 ガリッ、バキッ。


 硬い金属を噛み砕く。異物を体内に入れる拒絶反応で、食道から胃にかけて激痛が走る。だが、飲み込んだ。熱い。力が湧いてくる。汚くて、濁った、けれど確かなエネルギーが。


「……足りない。もっとだ」


 僕は次の残骸へ向かう。腕がないなら、こいつの腕をもらおう。工業用マニピュレータがついた、無骨な腕。規格が合わない? 関係ない。僕は自分の右腕の断面に、その腕を押し当てた。


「繋がれッ!」


 残った神経を無理やり伸ばし、強制接続ハッキングする。


 バチバチバチッ!!


 スパークが散り、肉が焦げる臭いがする。痛みに脳が焼けそうだ。だが、マスターの悲鳴に比べれば、こんな痛みは快楽ですらある。


 ギ、ギギ……。動いた。継ぎ接ぎの右腕が、僕の意志に従って爪を開閉する。


「あは、あははは……」


 僕は笑いながら、ゴミの山を漁った。足がないなら、この四脚歩行ドローンの脚を使おう。装甲が足りないなら、この戦車の装甲板を溶接しよう。食べて、繋いで、混ぜ合わせる。


 美しい姿はもうない。銀髪は油で汚れ、肌はツギハギだらけ。左右で長さの違う手足。背中から伸びる、排熱用の錆びたダクト。そこにいるのは、地獄の底から這い出してきた怪物だ。


『警告。機体構成、崩壊率80%。……個体の定義を維持できません』『警告。未知のハードウェアを検出。システムエラー』


 システムが警告する。うるさい。黙れ。僕はもう「ミスティルテイン」じゃない。綺麗なだけの聖女なんて、オルタにくれてやる。


 僕は、マスターの「呪い」だ。死ぬまで解けないと言った。捨てようとしてもついてくると言った。なら、地獄の底からだろうが、這い上がって憑りついてやるのが筋だろう。


「待ってて、マスター」


 僕は立ち上がった。不格好な足が、床を踏み砕く。背中のダクトから、黒い排気ガスが噴き出す。体内炉心コアが、不協和音を奏でながら唸りを上げる。


「今行くよ。……全員、喰らい尽くしてやる」


 僕は天井――遥か上の「光」を見上げた。あそこには、僕の愛する人と、殺すべき敵がいる。


 這い上がる。例えこの身が、どれほど醜く歪んでも。君が僕を「相棒」と呼んでくれるなら、僕は悪魔にだってなってみせる。

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