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第18章:崩壊の序曲と、残酷な再会

 西の砂漠を越え、俺たちが辿り着いたのは「第3管理区域」の中枢、中央塔のエントランスホールだった。俺たちの体は限界に近かった。

 左腕はティナのパーツで動いているが、肉体の疲労は誤魔化せない。そして何より、ティナの状態が酷い。彼女の体は陽炎のように揺らぎ、足元が透けて見えるほど存在が希薄になっていた。


「よく来たわね、愛しきサンプルたち」


 広大なホールの奥、白衣の女――ヒルダが立っていた。彼女は俺たちを見下ろし、すぐに目を細めた。視線が、透けているティナに釘付けになる。


「……あら? その体、どうしたの?」


 ヒルダの声に、純粋な好奇心が混じる。


「構成粒子の結合が緩んでいるわね。まるでエネルギー切れの玩具みたい。……そこまで劣化するなんて、想定外だわ」


 彼女は首を傾げ、観察するように視線を巡らせる。そして、その目が俺の体――銀色に変色した「左腕」で止まった。


「――ああ、なるほど」


 ヒルダが納得したようにわらった。


「その左腕。……同化しているわね」


 彼女は俺とティナを交互に見比べ、呆れたように肩をすくめた。


「自分の体を維持するリソースを削ってまで、その『ゴミ(人間)』の欠損を埋めたのね?」

「……うるせえ」


 俺は左腕を隠すように、ティナを庇って前に出た。


「傑作だわ。兵器が本体を犠牲にして、交換可能な部品を補修するなんて」


 ヒルダは侮蔑と歓喜が入り混じった目で俺たちを見る。


「非効率の極みね。……もう壊れているも同然じゃない」

「壊れてなんかいない。こいつは俺の最高の相棒だ」

「そう。なら、その強度がどれほどのものか、試してあげましょう」


 ヒルダが指をパチンと鳴らす。轟音と共に床が割れ、二つの巨大な影が飛び出した。


「グルルル……」


 一体は巨体で、右腕がドリルになった怪物。もう一体は小柄で、背中から無数の触手を生やした異形。


「行くぞ、ティナ! 速攻で決める!」『うん!』


 ティナが光となって右手に収束する。俺は地面を蹴った。だが、その光は以前よりも弱い。


「遅いッ!」


 俺は大鎌を振るった。巨体の首を狙う一撃。だが、怪物は「見ていなかった」。俺が鎌を振るう瞬間、すでに防御姿勢を取っていたのだ。


 ガギィィン!!


「なッ!?」


 完璧に防がれた。削岩機のアームが、俺の刃を弾き返す。その衝撃で、疲弊した俺の腕に痺れが走る。


『マスター、後ろ!』


 死角から、小柄な怪物の触手が迫る。回避しようとするが、足がもつれる。データだ。俺たちの癖、回避のタイミング。すべてが計算されている。


「ぐあッ!」


 触手が俺の脇腹を打ち据える。骨がきしむ音。俺は床を転がった。


「ハハハ! どうしたの? 動きが鈍いわよ!」


 ヒルダがわらう。俺は血を吐き出しながら立ち上がった。強い。単なる怪物じゃない。俺たちを殺すためだけに最適化された「敵」だ。


「くそっ……でも、負けるわけにはいかねぇんだよ!」


 俺は吠えた。真正面からは勝てない。なら、泥仕合だ。俺はポケットから砂を掴み、巨体の顔面に投げつけた。


「グオ!?」


 目潰しが決まった。一瞬の隙。俺はその巨体を踏み台にして跳躍し、空中にいる小柄な怪物へ肉薄した。相手は触手で防御しようとするが、その展開速度よりも俺たちの執念が勝った。


 ズドンッ!


 鎌が、小柄な怪物の肩口に深々と食い込む。硬い。だが、俺は全体重を乗せて押し込んだ。


「これでぇぇぇッ!」


 怪物が悲鳴を上げて地面に叩きつけられる。まずは一匹。そう確信して着地した瞬間――背後で、爆音のような咆哮が轟いた。


「グガアアアアアアッ!!」


 殺気。振り返る暇もない。俺は反射的に地面を転がった。


 ゴォン!!


 俺がさっきまでいた空間を、巨大なドリルが通過した。空気が爆ぜ、衝撃波だけで俺の体が吹き飛ばされる。


「が、はっ……!」


 受け身も取れずに床を転がり、柱に激突して止まる。見上げれば、片膝をついた巨体が、血走った目で俺を睨みつけていた。目潰しの砂で涙を流しながらも、その殺意は衰えていない。むしろ、手負いになった獣の凶暴さが増している。


「嘘だろ……。あの体勢から、反撃してきやがったのか」


 巨体が立ち上がる。その威容は、まさに動く要塞だ。俺たちの攻撃は効いているはずだ。だが、倒れない。痛覚が遮断されているのか、それとも肉体の耐久値が異常なのか。


「グルルル……!」


 巨体が突進してくる。削岩機が回転し、耳をつんざく駆動音を上げる。速い。あの巨体で、戦車のような突進力だ。


「ティナ! 障壁!」『展開っ!』


 蒼い光の壁が俺の前に現れる。だが、巨体は止まらない。


 ガガガガガガッ!


 ドリルが障壁に接触し、火花を散らす。1秒も保たない。障壁にヒビが入る。


「くそっ、出力負けかよ!」


 俺は横へ飛んだ。直後、障壁が砕け散り、ドリルが柱を粉砕した。コンクリートの破片が散弾のように降り注ぎ、俺の頬や腕を切り裂く。


「ハァ、ハァ……ッ!」


 息が上がる。左腕の感覚はない。右腕も鎌の重さで悲鳴を上げている。正面からやり合えば、すり潰される。


『マスター、関節だ! 右足の膝関節、装甲が薄い!』


 ティナの解析。そこしかない。


「誘い込むぞ!」


 俺はあえて壁際に立ち、巨体を挑発した。怪物が吠え、一直線に突っ込んでくる。死の特急列車。衝突まであと5メートル、3メートル、1メートル。


(今だ!)


 俺は一歩も引かず、カウンターのタイミングで鎌を下からすくい上げた。狙うは右膝。


「斬れろォォォッ!!」


 ズパンッ!


 手応えあり。肉と金属、そして骨を断つ感触。巨体の右足が膝から下で切断され、バランスを崩して前のめりに倒れ込む。


 ズドォォォォン!!


 巨体が壁に激突し、動かなくなった。いや、まだ腕が痙攣している。だが、もう立ち上がれないはずだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺はその場に膝をつきかけた。視界が霞む。全身が鉛のように重い。だが、まだ終わっていない。小柄な怪物が残っている。


 俺はふらつく足取りで、最初に叩き落とした小柄な怪物の方へ向かった。奴もまた、肩から血を流して倒れ伏している。こいつを殺して、次は巨体のトドメだ。そうすればヒルダに届く。


「……終わりだ」


 俺は倒れ伏した小柄な怪物の首に、鎌を当てがった。手の震えを抑える。こいつを殺せば、次は巨体のトドメだ。そうすればヒルダに届く。これで、終わる。


 俺は鎌を振り上げた。トドメの一撃。


 その時だった。


「……オ……ジ……」


 空気が漏れるような、掠れた音が聞こえた。俺の足元。今まさに首を刎ねようとしていた怪物が、濁った瞳で俺を見上げていた。


「……オ……カ……エリ……」


 俺の脳髄に、楔を打ち込まれたような衝撃が走った。その声。聞き間違えるはずがない。幼い頃から、俺の子守唄代わりだった、あの優しい声。


「……は?」


 俺の動きが凍りつく。鎌の刃が、空中で静止する。


「ゴ……ハン……デキ、テル……ヨ……」


 怪物が、ぐちゃぐちゃになった口元を歪めて、笑おうとしていた。まるで、泥だらけで帰ってきた孫を迎えるように。


 俺は、目の前の「敵」を凝視した。腫れ上がった異形の肉体。だが、その肩に癒着しているボロボロの布切れ。あれは……見覚えがある。色あせた、手編みの毛糸のショール。ばあちゃんが、肌身離さず大切にしていたものだ。


「嘘……だろ……」


 俺は震える視線を、壁際で膝をついている巨体の方へ向けた。あいつが身につけているチェック柄のシャツの残骸。そして、口元に食い込んでいる、砕けかけた木製のパイプ。じいちゃんの愛用品。


「あ……あ、あ……」


 喉がヒューヒューと鳴る。全身の血の気が引いていく。戦意が、殺意が、ガラガラと崩れ落ちていく。


 俺たちが必死に戦い、傷つけ、今殺そうとしているのは。敵じゃない。俺が守りたかった、最後の家族だ。


「じい、ちゃん……? ばあ、ちゃん……?」


「気づいた?」


 ヒルダの楽しげな声が、静寂を切り裂いた。


「感動の再会でしょう? わざわざ迎えに行ってあげたのよ。彼らもあなたに会いたがっていたわ」


「てめぇ……ッ!」


 俺はヒルダを見た。だが、体が動かない。どうすればいい?こいつらを殺さなきゃ、ヒルダには届かない。でも、じいちゃんたちを殺す? 俺の手で?「おかえり」と言ってくれたばあちゃんを?


「ウウッ……アアア……!」


 小柄な怪物――ばあちゃんが、頭を抱えて苦しみ始めた。制御チップが強引に思考を書き換えているのだ。ばあちゃんの背中から、殺意を持った触手が鎌首をもたげ、俺の心臓を狙う。


『マスター! 来るよ! 危ない!』


 ティナの声が響く。彼女には、それが「ばあちゃん」だという情動はない。ただの「脅威」だ。排除しなければ、マスターが死ぬ。


『排除する!』


 俺の右手が、俺の意志を無視して勝手に持ち上がる。ティナが自律判断で、目の前のばあちゃんを串刺しにしようとする。やめろ。やめてくれ。


「やめろォッ!!」


 俺は叫んだ。口でではない。魂の底から、全力で拒絶した。


(それはばあちゃんだ! 傷つけるな! 動くなァァァッ!)


 俺の心が、ティナという「力」を完全に拒絶した。鍵穴が閉じる。異物を吐き出すように、俺の精神がティナとのリンクを遮断した。


『え……? マスター……?』


 ティナの狼狽する声。鎌の光が急速に弱まる。シンクロ率がゼロになり、俺の手から力が失われる。


「あら。ここが限界のようね」


 ヒルダが冷めた目で見下ろした。彼女が視線を送ると、天井のガラスが割れ、純白の閃光が降り注いだ。


 ズドォン!!


「がはっ……!?」


 衝撃。俺とティナの間に、何かが割り込んだ。爆風で俺は吹き飛ばされ、床を転がる。


 砂煙の向こうに立っていたのは、一人の少女だった。いや、少女の形をした兵器だ。ティナと瓜二つの顔立ち。だが、その髪は雪のように白く、瞳は鮮血のように赤い。全身を純白のドレスアーマーで包み、手には禍々しいほど美しい白の大鎌を携えている。


「……なんだ、あいつは」


 俺は呆然と呟いた。ティナと同じ姿。けれど、纏っている空気が違う。絶対的な強者。感情のない、完成された殺戮機械の気配。


 白い少女は、俺を一瞥もしなかった。彼女は俺の手から弾き飛ばされ、実体化しかけているティナの腕を掴んだ。


「バグを確認。接続リンクを強制パージします」


 無機質な声。彼女の手から、ドス黒いデータ干渉が流し込まれる。


 バチバチバチッ!!


「あ、がぁぁぁぁぁッ!?」


 俺の脳が焼けるような激痛。魂を引き剥がされるような喪失感。光の粒子が霧散し、人間の姿に戻ったティナが床に崩れ落ちる。


「マスター!」

「ティナ……ッ!」


 俺は手を伸ばそうとした。だが、背後から巨体――じいちゃんが俺を押さえつけた。重い。動けない。じいちゃんが血涙を流しながら、俺を地面に縫い付けている。


「確保完了」


 白い少女が、ティナの首根っこを片手で掴み、持ち上げた。ティナがもがくが、力を使い果たし、透けかけた彼女の体はあまりに無力だ。


「離せ! マスター! マスター!!」


 ヒルダがコツコツとヒールを鳴らして歩み寄る。彼女は拘束された俺を一瞥し、それからティナの顔を覗き込んだ。その目には、失望の色が浮かんでいた。


「……酷いノイズね。解析された『理想値』が歪んで見えるほどだわ」


 ヒルダは吐き捨てるように言った。


「サンプルとしての価値もない。ただの汚染されたゴミよ」

「……!」

「捨てなさい、オルタ。それはもう、研究材料にすらならないわ」


 ヒルダがその名を口にした。オルタ。白い少女――ミスティルテイン・オルタは、無機質に頷いた。


了解ラジャー


 オルタは無造作に、床にあるダストシュートのハッチを開いた。そこからは、腐臭と鉄錆の臭いが立ち上っている。地下深く続く、廃棄物処理場への穴。


「ティナァァァァァァッ!!」


 俺の絶叫も虚しく、オルタは手を離した。ティナの体が暗闇の中へと吸い込まれていく。小さくなる銀色の光。そして、絶望的な静寂が戻る。


「……さて」


 ヒルダは俺に向き直り、ポケットからメスを取り出した。


「勘違いしないでね? 私があなたを生かしているのは、情けじゃないわ」


 彼女は冷ややかに、俺の胸に切っ先を当てた。


「あのゴミは使えなかったけれど……そのノイズを増幅させた『あなた』には興味があるの」

「理論上、出力が落ちるはずの不純物で、なぜ要塞を落とせたのか。……その構造ロジックを解明するまで、殺してはやらないわ」


 俺は答えなかった。答える気力もなかった。じいちゃんたちに押さえつけられ、ティナを奪われ、俺にはもう何も残っていない。


 ただ、冷たいメスの感触だけが、ここから始まる地獄を予感させていた。

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