第12章:白亜の宗教都市と、量産された聖女
腐海の森を抜けた先に待っていたのは、嘔吐くほどに白い街だった。
宗教都市『サン・カエラム』。高い城壁に囲まれたその都市は、すべての建物が白亜の石材で造られ、路地一つに至るまで塵一つ落ちていない。行き交う人々は皆、白い修道服のような衣服を纏い、穏やかな微笑みを浮かべている。
「……気持ち悪い場所だ」
俺はフードを深く被り直した。前の森の腐臭とは違う。ここは「消毒液」と「狂気」の臭いがする。清潔すぎて、逆に生物の気配が希薄なのだ。
「マスター。……ここ、すごい数の反応があるよ」
隣を歩くティナが、小声で囁く。彼女もまた、不快そうに眉をひそめていた。
「微弱だけど、僕と同じ波長を感じる。……それも、一人や二人じゃない。街全体から聞こえてくる」
「同型機か?」
「ううん。もっと……雑音混じりの、壊れたレコードみたいな音」
ティナが自分の胸元をぎゅっと握りしめる。嫌な予感がした。俺たちは人混みに紛れ、街の中央広場へと向かった。
広場には、数千人の市民が集まっていた。中央には巨大な演壇があり、豪奢な法衣を纏った司教らしき男が、熱弁を振るっている。
「愛しき信徒たちよ! 今日もまた、神からの慈悲が下された!」
司教が大げさに手を広げる。その背後にある巨大な扉が、重々しい音を立てて開いた。
「見よ! これぞ我らを外敵から守る、神の御使い! 『聖女様』の御成りだ!」
歓声が上がる。人々が熱狂し、涙を流して祈りを捧げる。暗がりから現れた「それ」を見て、俺は息を呑んだ。
それは、少女の形をしていた。銀色の髪。華奢な体躯。間違いなく、ティナと同じ「鍵の子」の設計図で作られたものだ。
だが、決定的に違っていた。その瞳には知性の光がなく、白目を剥いて涎を垂らしている。背中からは無骨な機械のアームが直接生え、そこから点滴のように薬剤が注入されていた。一人ではない。二人、三人、十人……。同じ顔をした、壊れた人形たちが、鎖に繋がれてゾロゾロと出てくる。
「……あ、あぁ……」
隣で、ティナが小さな悲鳴を上げた。
「なに、あれ……。気持ち悪い……」
彼女は震えていた。同族への憐憫ではない。生理的な嫌悪と、そして恐怖だ。もし自分が適合者(俺)に出会えず、施設で調整を受け続けていたら、ああなっていたかもしれないという、鏡写しの地獄。
「聖女様! どうか我らに祝福を!」
市民が子供を差し出す。「聖女」の一体が、虚ろな目で子供を見下ろし――次の瞬間、背中のアームが火を噴いた。
ドォン!
空に向けて放たれた威嚇射撃。子供が泣き叫ぶ。だが、市民たちはそれを「神の雷」だと言って、さらに熱狂する。
「素晴らしい! 圧倒的な暴力こそが救済だ!」
司教が叫ぶ。俺は吐き気を堪えるのに必死だった。こいつらは、失敗作(廃棄物)を「神」として崇め、飼い慣らしているのか。人間としての尊厳も、兵器としての機能美もない。ただの肉塊だ。
「……行こう、マスター」
ティナが俺の袖を引いた。顔色が悪い。
「あんなの見てられない。早く、この街の中枢を探して……」
「待て」
俺は足を止めなかった。逆に、人混みをかき分けて前へと進む。
「マスター?」
「ムカついたんだよ」
俺は低く呟いた。あの「聖女」たちの虚ろな目。それは、かつてゴミ捨て場で死にかけていた俺と同じ目だ。意思を奪われ、薬漬けにされ、見世物にされる。その境遇が、俺の中の導火線に火をつけた。
「おい、そこの豚」
俺は広場の最前列に出た。フードを脱ぎ捨てる。
「あ?」
演壇の上の司教が、不審げにこちらを見下ろした。
「なんだ貴様は。神聖な儀式の最中に……」
「神? 笑わせるな」
俺は指差した。鎖に繋がれ、涎を垂らす失敗作たちを。
「それはただの『ガラクタ』だ。……そしてお前は、ゴミを宝と偽って売りつける詐欺師だ」
広場が静まり返る。数千の視線が、俺に集中する。
「き、貴様……! 神への冒涜だ! 聖女様、この不届き者に天罰を!」
司教が命令する。十体の「聖女」たちが、一斉に俺の方を向いた。背中のアームが展開し、銃口が向けられる。
「やるぞ、ティナ」
「……うん。分かった」
ティナの声は硬かった。だが、俺が手を差し出すと、彼女は迷わずその手を取った。光の粒子となって、俺の右手に収束する。
「現行の性能、見せてやれ」
俺は右手を掲げた。蒼い閃光が走り、大鎌が顕現する。その輝きは、壇上の失敗作たちが放つ濁った光とは比べ物にならないほど、鮮烈で美しかった。
「なっ、なんだその武器は!? まさか貴様……!」
司教が驚愕に目を見開く。
「掃除の時間だ」
俺は一歩踏み込んだ。銃声が轟く。失敗作たちが一斉射撃を開始する。だが、遅い。弾道予測線が見えるまでもない。ただの弾幕だ。
「散れッ!」
俺は鎌を一閃させた。衝撃波が弾丸を弾き飛ばし、そのまま壇上へと駆け上がる。
「ギ、ギガァァァァ……」
失敗作の一体が、機械アームを振り回して襲いかかってくる。俺は避けない。真正面から、鎌を振り下ろす。
ズンッ!
アームごと、少女の体が両断された。血ではなく、緑色の培養液が撒き散らされる。
『……脆い』
ティナの声が響く。
『造りが雑だ。回路も繋がってない。ただ暴れるだけの肉人形……』
次々と襲い来る失敗作たち。俺たちは踊るように、それらを解体していく。抵抗すら感じない。豆腐を切るような手応え。
「ひ、ひぃぃッ! 私の聖女たちが!」
司教が腰を抜かして後退る。俺は最後の一体を切り伏せ、司教の喉元に鎌の刃を突きつけた。
「……あ、あ……」
「終わりだ」
俺は冷たく告げた。周囲の信徒たちは、呆然と立ち尽くしている。彼らが崇めていた「神」が、ただの少年になす術なく破壊された現実を受け入れられないようだ。
「こいつらは神じゃない。お前らが捨てた『人間』の成れの果てだ」
俺は司教を見下ろした。
「施設の場所はどこだ。この街の地下か? それとも教会の奥か?」
「ち、地下だ……! 地下礼拝堂の奥に、研究施設が……!」
「そうか」
俺は鎌を引いた。殺しはしない。こいつには、自分の嘘が暴かれ、信徒たちに糾弾される未来がお似合いだ。
俺は背を向け、歩き出した。広場には、十体の残骸が転がっている。動かなくなった彼女たちの顔は、心なしか安らかに見えた。
「……マスター」
施設への入り口、地下礼拝堂へと向かう暗い通路で、ティナが実体化した。彼女は俺の顔を見ようとせず、俯いている。
「どうした」
「……僕も、ああなるのかな」
彼女の声が震えていた。
「もし君がいなくなったら。もし僕が壊れて、回収されたら。……あんなふうに、ただの肉塊になって、見世物にされるのかな」
強烈な不安。「個」としての尊厳を奪われることへの恐怖。それは、彼女の中に芽生えた自我の叫びだった。
俺は立ち止まり、彼女の肩を掴んだ。
「ならない」
俺は断言した。
「お前はあいつらとは違う」
「何が違うの? 同じ顔をして、同じように作られたのに」
「お前には『俺』がいる」
俺は彼女の瞳を覗き込んだ。
「俺は、お前をあんなふうにはさせない。壊れそうなら直すし、奪われそうなら奪い返す。……お前は俺の『鍵』だ。誰にも触らせない」
それは独占欲であり、呪いの確認だった。俺たちは一蓮托生だ。俺が生きている限り、お前を「ただのモノ」にはさせない。
ティナの瞳が揺れた。彼女は縋るように、俺の胸に飛び込んできた。
「……約束して、マスター」
彼女は俺の服を握りしめ、顔を埋める。
「僕を、特別にして。……他の誰でもない、君だけの特別に」
「……ああ」
俺は彼女の背中に手を回した。その体は温かかった。あの広場に転がっていた冷たい残骸とは違う、命の温度。
「お前は特別だ。……世界で一番、厄介で、大切な呪いだ」
俺の言葉に、ティナは小さく頷いた。そして、顔を上げる。その瞳には、今まで見たことのない、昏い光が宿っていた。執着。独占欲。そして、絶対的な依存。
「行こう、マスター。……あんな紛い物を作った連中、全員消しちゃおう」
彼女は笑った。それは無邪気な笑顔ではなく、自分の「特別」を守るために他者を排除する、女の顔だった。
俺たちは地下への階段を降りていく。腐海の森で植え付けられた不協和音は、この狂信の街で、確固たる「共依存」へと変質していた。世界がどうなろうと知ったことか。俺たちは、俺たちのためだけに、すべてを壊す。




