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第11章:悪意の炉と、拒絶する救世主

 森の最奥に鎮座していたのは、巨大な腫瘍のような工場だった。金属のパイプと、脈打つ生体組織が複雑に絡み合い、紫色の煙を空へと吐き出している。


「……臭いな」


 俺は鼻を覆った。腐臭と薬品臭、そして微かな「焼ける肉」の匂い。


「マスター。……解析完了したよ」


 ティナが工場のパイプを見上げながら、冷ややかな声で告げた。


「この工場、ただエネルギーを吸い上げてるだけじゃない。この森全体に『中和剤』を含んだガスを散布してる」

「中和剤?」

「うん。あの村人たちの変異した体は、もうこのガスがないと維持できない。……つまり、この工場が止まれば、彼らの細胞は崩壊して死ぬ」


 俺は足を止めた。なるほど。よくできたシステムだ。毒を与えて変異させ、解毒剤を餌にして飼い殺す。彼らはここで生きている限り、永遠に施設の実験動物モルモットであり続けるわけだ。


「……どうする、マスター? ここを壊せば、あの村は全滅するよ」


 ティナが試すような目で俺を見る。俺は工場の鉄扉を睨みつけた。


「知ったことか」


 俺は扉を蹴り飛ばした。


 ズドン!


「俺はあいつらを救いに来たんじゃない。……この胸糞悪いシステムを、壊しに来たんだ」


 俺たちは警報が鳴り響く工場内へ、土足で踏み込んだ。


「侵入者だ! 殺せ!」


 白衣の研究員たちが、護衛の強化兵士サイボーグをけしかけてくる。俺は歩みを止めずに鎌を振るった。慈悲はない。ためらいもない。鉄と肉が混ざった断面を晒して、兵士たちが物言わぬガラクタに変わっていく。


 俺は彼らを無視して、工場の最深部へと進んだ。そこには、巨大なボイラーのような装置があり、ガラス窓から中の様子が見えた。


「……あ?」


 ボイラーの中に詰め込まれていたのは、燃料としての石炭や油ではなかった。人間だ。変異した村人たちが、チューブに繋がれ、培養液の中でうごめいている。彼らの体から生命力が抽出され、工場の動力として変換されているのだ。


「効率的だね」


 ティナが感心したように呟く。


「廃棄物を人間に投与して変異させ、耐久性を上げたところで生体燃料にする。そしてそのエネルギーで中和剤を作り、また村人を生かす。……地獄の永久機関だ」


「パパ……」


 ふと、あの少女の声を思い出した。俺は視線を巡らせる。ボイラーの中心部、制御ユニットのような場所に、一人の男が埋め込まれていた。顔半分が機械化され、意識があるのかないのか、虚ろな目で宙を見つめている。あの少女の父親だ。


「……おい」


 俺はガラス越しに声をかけた。男の目が、ゆっくりと俺を捉えた。


「……こ、ろ……し、て……」


 ガラス越しでも、唇の動きで分かった。助けて、ではない。殺してくれ、と彼は願っていた。自分たちが生きるために、自分が燃料にされる。その無限の苦しみから解放されたかったのだろう。


 俺は自分の胸に手を当てた。俺と同じだ。死にたいのに死ねない。生かされ、搾取され続ける地獄。


「……ああ。分かった」


 俺は頷いた。もし俺が「正義の味方」なら、ここで躊躇しただろう。これを壊せば、村人たちも死ぬからだ。だが、俺は「ゴミ捨て場の王」だ。こんな尊厳のない生など、生きている価値はないと断言できる。


「ティナ。……全力だ」

「村の人たち、死んじゃうよ?」

「構わない。……家畜として飼われるより、人間として終わる方がマシだ」


 俺は右手を掲げた。ティナが光となって収束する。俺の中の虚無と、破壊衝動を注ぎ込む。


「消えろォッ!!」


 俺は大鎌を、ボイラーの中心核――父親ごと、動力炉へ叩きつけた。


 ズガァァァァァァァン!!


 閃光。そして、連鎖的な爆発。父親の体が光に飲み込まれ、蒸発していく。その瞬間、彼の顔が微かに笑ったように見えた。


 森の外れまで戻ると、夜が明けていた。背後では、黒煙を上げて工場が燃え落ちている。工場の煙突が倒壊し、空を覆っていた紫色の煙(中和剤)が晴れていく。


 村の方から、悲鳴が聞こえた。


「あ、ああ……! 体が、熱い!」

「息ができない! 薬を、薬をくれぇ!」


 異形の村人たちが、地面をのたうち回っている。中和剤の供給が止まり、彼らの体の崩壊が始まったのだ。皮膚が溶け、血を吐きながら、彼らは俺たちを見た。


「き、貴様……! 何をした!」

「工場を壊したのか!? 我々の命綱を!」

「人殺し! 悪魔! 呪われてしまえ!」


 罵倒の嵐。石が投げられる。当然だ。俺は彼らの明日を奪ったのだから。


「……おい」


 俺は冷ややかに彼らを見下ろした。飛んできた石を、鎌の柄で弾く。


「勘違いするな。お前らはとっくに死んでたんだよ」


 俺は淡々と告げた。


「あの工場でお前らの家族をすり潰して、お前らに餌として与えていたんだ。……そんな共食いをしてまで、生きたいか?」


 村人たちが言葉を失う。絶望と、真実を知った恐怖で、彼らは泣き崩れた。


 俺は背を向け、歩き出した。罵声は止まない。恨み言が背中に突き刺さる。構わない。俺は英雄じゃない。ただの死神だ。


「……おにいちゃん」


 ズボンの裾を引かれた。あの少女だった。彼女の顔の腫瘍も赤く腫れ上がり、苦しげに息をしている。彼女もまた、長くはないだろう。


「……なんだ。恨み言なら聞かないぞ」

「ありがとう」


 少女は、ポロポロと涙を流しながら、俺の手を握った。


「パパを……楽にしてくれて、ありがとう」


「……は?」


 俺は言葉を失った。少女の手は熱く、震えていた。


「パパ、ずっと苦しそうだったから……。みんな、本当は分かってたの。こんな体で生きるのは、間違ってるって」


 少女は崩れ落ちそうになる体を支え、精一杯の笑顔を作った。


「終わらせてくれて、ありがとう。……お兄ちゃん」


 少女の手から力が抜ける。彼女はその場にうずくまり、静かに動かなくなった。村人たちの慟哭が響く中、俺は立ち尽くしていた。


「……チッ」


 俺は舌打ちをし、少女の亡骸に自分の上着をかけてやった。感謝なんてされたくなかった。ただ壊したかっただけだ。死にたがりが、八つ当たりをしただけだ。それなのに、どうしてこんなに綺麗なものを見る目で、俺を見て死ぬんだ。


「行くぞ、ティナ」

「うん。……人間って、悲しいね」


 ティナが静かに呟く。彼女にも理解できないのだろう。殺戮者が感謝され、死が救済と呼ばれるこの矛盾が。


 俺たちは村を後にした。背中には、村人たちの呪詛と、少女の「ありがとう」という言葉が、重い鎖のように絡みついていた。


 俺の左手には、少女の最期の体温が残っていた。それは、俺が背負うべき「罪」の温度だった。


 次の目的地は、さらに東。そこには、宗教都市があるという。俺たちは灰色の空の下、あてどない旅を続ける。俺はもう、自分が被害者だなんて思わない。俺は加害者だ。世界を壊して回る、最悪のウィルスだ。

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