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ミステリショートショートシリーズ

分身

さすがに、今休暇で居る場所をブログに書くというのは、ちょっと考えが足りなさすぎる。

自分の今居る場所を、インターネットで見ている不特定多数へ、知らせることになるからである。


しかし、有名ブロガーともなれば。

敢えて「知らせる」人もいる。

リサは、それほど有名でもない。顔出しはしていても。







「アンダー・ザ・シー」というのは魅力的だ。

実際、本当に海の底に居るような気分になれるから。である。

最も、潜水服等を着なければ水圧で、肺が潰れておじゃんになるような、本当の海底ではない。


色とりどりの鮮やかな魚たち。形も大きさも様々だ。

海で生きる魚たちと、一緒に泳いでいるような感覚になれる。

プール。なんとも魅力的。


実際には、魚と休暇客の間に、区切りの透明な壁を巡らせてある仕掛け。

ということで、海水とプールの水が混ざることもなければ。

魚と人間の、実際の接触もない。

哺乳類系の、ヒレを持つような生き物は、プールにはいない。


実際に触れたければ、海へ行けというところ。

しかしリサとタクミは、休暇にプールを選んだ。

非日常。アンダー・ザ・シー。







リサはパールのネックレスをつけ、ホテルと「アンダー・ザ・シー」のプールに。相応しい装いを整えたつもり。

加えて、アンノウン。

ブログで顔出しこそしているが、ブログをやって稼ぐとか。

副業だとかいう世界は、普通に道を歩いたり、果てはプールで泳いでいる時に感じるような世界と比べれば、極めて「アンノウン」である。


アフィリエイトブログ、副業。

リサが個人で始めたもので、自分の持っているスキルなんかを書いて少しずつ。

収益化するという、少し検索すれば誰も彼も、見つけられるようなブログ。

結果、顔だしをしていても無個性化は否めない。

故に正体不明。アンノウン。


リサの旦那もまた、「アンノウン」の中に居た。

彼は仕事で顔出しをしたことが、ほとんどなく。







プールのある敷地内を見渡せる、窓際での食事。

質素とも言えるし、控えめに豪華とも言える盛り付け。

プールの青と、空の青と、程よい自然の緑と、純白のテーブルクロス。


「写真撮っていいかなあ」


「だめだよ。それこそブログにアップでもするんだろう」


「それ以外に、私。使い道ないじゃない。写真」


「場所を特定されたら大変だろう。誰かに」


と言って、口の端を少し上げるタクミ。


だがリサにはこう見えた。


「誰にも知られやしないさ」







タクミの仕事は、キャラクター俳優。

キャラクターは物凄く有名であったとしても、タクミの存在というのは。

決して、表には出ない。


彼の個性は演じるキャラクターに全て持って行かれ、そして「誰が演じていようが」観ている視聴者や、キャラクターのファンには関係がないのである。

もちろん、


「このキャラクターと言ったら、演じるのはこの人だ!」


というくらいであれば、話は別だ。

タクミはそうではない。

有名なキャラクターの手となり足となり骨格の一部となって、生命を与えては、その都度のキャラクターを生かす。


アンノウンなのである。







「確かにね。私のブログだって、そこそこだし」


とタクミへ向かって言いたくなったリサだが。

とりあえず、写真は撮らなかった。

アップしたところで、特定なんかされない。

被害なんか、ない。







リサとタクミ、二人の間で「アンノウン」のようにしている点もある。

ホテルの従業員を誤魔化せるかどうかは、少し不明だが。


とにかく、この夫婦は背丈も同じだったし。

顔つきも、そっくり。

兄弟姉妹、あるいは双子かとも。

自分たちではそう見えるとまで思っていたが。


恐らく、リサとタクミが並んで建つのを見れば、「似ている」と思わない人のほうが、少ないだろう。


髪型も、どちらも敢えて似せていた。

唯一似ていないのは、体つきのみだ。

タクミの俳優ぶりを生かせば、そこもなんとかなるかもしれなかった。


アンノウン。


加えてこのホテルは、知る人ぞ知る。


超国民的キャラクターの3D立体を動かして演じた中の人が、どこに休暇に行ったって、誰も気にしやしない。

そして、顔出しをしてブログをしている、その妻も同じだ。

どこにいようと。


お陰でリサは、思う存分プールで原始に還った気になれたし。

飛び込み台から別のプールへ、一直線にダイブする。

それこそ有名選手の姿を、部屋の窓から眺めては。うっとりしていた。


金の掛かる、非日常。


部屋の造りも、程よく陽光を取り入れる設計。

肌触りのよい家具と、ベッド。

ワンピースを着た女性の絵画。

端の少しだけ、千切れている画布が気になったものの。

あるいは、隣室の物音。

壁をこするような音が、時折聴こえる。

それだけだ。


全く申し分ない休暇。


ただ、音はリサには聴こえて、タクミには聴こえないらしい。

夜中、ベッドで寝ている時に。

再度、物音。


ちょうど、女性の絵画が掛けられている辺りから、である。


「ねえ、聴こえるでしょう。この音」


「何もしないけれど」


二人で一つのベッドに寝ている。


「耳が遠くなったんじゃない?」


とタクミに言い、リサは絵画に近づいた。


「この裏、確かめたら何か出てくるかもね」


「まさかあ」


と笑うタクミ。


「追われているわけでもないのにさ」


そう。追われているわけがない。







「ホテルのボーイに間違われた」


と次の日、タクミが言ってきた。


「何に間違われたのよ」


「君さ」


言って、タクミはリサの顔をまじまじと見つめる。

リサも見つめる。

タクミは、あからさまに顔を作っている。


「俳優なりのおふざけね」


「まあね」


リサはリサで、このタクミの考えに乗ってみることにした。

体格のほうを無理矢理、服でなんとか誤魔化して、タクミに似せてみたのである。







窓から見える、今日の有名選手の雄姿。

身を翻して完璧なフォームで、プールへ飛び込んでいくフクトウ選手。

その姿をうっとり眺めつつ、リサは言った。


「私も間違われたみたい。あなたと」


タクミは笑っている。


飛び込み台へ再び上って来たフクトウ選手が、一瞬こちらを見たように。

リサには思えた。


私が見ていると、分かってしまったかしら。

分かられたとして、彼が見たのは「タクミ」の姿だろうか。

それとも、私?







タクミとリサの「よく間違われる」振舞いは数日続き。

どちらもどちらで、よく間違われた。

ホテル関係者、宿泊客。


「大丈夫、誰にも知られやしない」。


その通り、分かられたとしても。


「似ている顔の夫婦が居る」


ということか、あるいはどちらか一方の顔しか、分かられない。


隣の宿泊客ともリサは、顔を合わせることがあった。

たぶん、リサにだけ聴こえる音というのは、恐らく夫婦の時間のものだろう。

とリサには思えて来た。


一方で、隣の宿泊客からは、


「一人で止まっている滞在客」


と思われているようで。







フクトウ選手とも何度か、ホテルのロビーでお互い顔を見なかったり、見たりした。

相手はこちらを認識しているそうだったが、果たしてそれはタクミとして、だろうか。

それとも私?


「ねえ」


とある夜、リサはタクミへ尋ねる。


「フクトウさんって、タクミと知り合いなの?」


「まさかあ」


とタクミ。


言って、ガバと身を起こす。


「フクトウさん?」


「そう。名前くらい知ってるでしょ」


「うん、まあね」







タクミの態度が、気になったリサ。

もしかすると、


「誰にも知られやしない」


と思っていたから、意外に思ったのかもしれない。

なんだ、タクミの知っている人、あるいはタクミ自身を「俳優」として認識している人だって、一人や二人居るんじゃなかろうか。

リサはそう思った。


何度か、フクトウ選手とは眼を合わせている。

タクミのふりをして彼の前へ言ったら、本当に知り合いかどうか。

分かるかもしれない。


滞在何日目かでリサは、窓からフクトウを見つめるのではなく。

実際にタクミに似た格好へ寄せて、飛び込み台近くへ行ってみた。


彼が練習を始めたのを見てから、結構日数も立っている。

同じくの長期滞在。


「ああ、やっと来る気になったか」


フクトウが、タクミに扮しているリサへ掛けてきた第一声。


その日のうちに、タクミは本当に、


「一人で泊っている滞在客」


となった。


タクミと同じ容姿のもう一人に、アンノウンに。

ホテルのボーイが惑わされることもなくなった。


リサは永遠に戻らなかった。

存在自体が。

   

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