お嬢様と麻雀
2024年11月24日の東京の文フリに出店した時の作品です
「おお、よく見ると浅田ではないですか。こんな所で会うとは奇遇ですわね」
よく通る鈴の音のような声が聞こえてきて顔を上げる。雀荘のメンバーに席を案内されてやって来た、英国令嬢を思わせるような清楚で上品そうなワンピースに身を包んだ可憐な少女が俺を見ていた。その後ろには「左様でございますな」と相槌を打つこれまた絵に描いた従順そうな初老の紳士が続いて立っていた。
「これは、麗華お嬢様。ええ、今日は非番なもので……偶然ですね」
「そうですか。これから麻雀を同卓する事になりますがお前も折角の休みですし、気を遣う事はありませんわよ」
麗華お嬢様はそう言うと、おほほほほ、といつもの笑い声を上げた。
いや、これ仕事なんだよね。
俺は昨日の事を思い出しながら、お嬢様の後ろで目配せをする児島執事とアイコンタクトを交わした。
屋敷の中で俺は上司である児島執事に呼び付けられた。
「お前は麻雀が得意だと言っていたな。どのくらいの腕前なのだ?」
そう、俺は小さい頃から麻雀に親しんでいて今でも趣味として続けている。中学に上がった頃には古い麻雀劇画にハマって、強い主人公に憧れて彼らの使う積み込みとか所謂イカサマ技の練習をした。これが俺の特性にピタりと合っていたようでみるみるうちに上達した。
一通りの麻雀理論を語った後に、用意されていた麻雀牌を使って俺は色々な技を披露してみせた。
「……これが元禄積みですね。ツモって持ってくる牌の位置は決まっているから、一つ置きに自分に必要な牌を積んでおけばこうして順番に手に入ってきます」
「なるほどな。だけどポンとかチーとかでツモる順番が入れ替わる事もあるだろう?」
「たしかに鳴きが入るとツモ順がズレますね。そんな時にはまた鳴いて調節したり、あるいはツモる時にキチンと順番通りに持ってくるように見せかけて隣の牌と入れ替えたり上下の牌を取り換えたり出来ますね」
そう言いながら直ぐさまそれをやって見せた。
「ほう、見事なものだな。素人だと簡単に騙されてしまうな」
「他にもドラ爆弾とか、切り返し、エレベーターとか色々ありますね。俺はこうした技を”芸術”だと思ってます。イカサマというと確かに汚ないものと見られがちでそれは間違いとも言えないですが、だけどこうした技は麻雀の仕組みを理解していないと使いこなせない。場全体を見通す観察力や洞察力が必要なんです。イカサマとは麻雀の原理を破壊する面とそれを理解して構築する両面があるのです」
かねてからの持論を述べた俺の言葉に児島さんはうんうんと頷いて、そして話の本題に入っていった。
「実は麗華お嬢様がな、明日雀荘デビューをする事になったのだ」
「え、お嬢様が。いつの間に覚えたんですか?」
「私もうっかりしていたのだが。パソコンゲームで練習して、情報も仕入れて。面白そうだという事で雀荘に行ってみたいと」
何となく話の流れが見えてきた。言い出したら止められないのだろう。
「そして、これは旦那様の命令なのだ。麗華お嬢様に勝たせろ、と」
「……」
「そこでだ。お前の力を借りたい。何とかお嬢様を確実に勝たせる事は出来ないものか……」
「いいですよ。明日、俺が非番だという事にしてお嬢様と同卓するようにしてもらえれば」
「うむ、そのくらい我が目津節 (めつぶし)グループの力を持ってすればたやすい事だ。幸い行く先の雀荘はこちらに任せてもらえる事になっている」
「それから児島さんも知っての通り、今の麻雀は全自動卓だから単純に積み込み技は使えません。予めガン牌しておいた牌を仕込んだ自動卓を使わせてもらうようにもして下さい」
「ガン牌というのは?」
「麻雀牌に他の者には分からない、俺にしか分からない小さな傷とか目印を付けておくんです。自動卓は二種類の牌を交互に使うから、百三十六×二の二百七十二牌に今から俺が印を付けて準備します」
「そんなに沢山では覚えるのも大変だろう?」
「なあに、牌の種類は三十四種類ですから実質覚えるのは三十四通りです。数字に法則性を持たせたりも出来るしそのくらいは大した事ありませんよ」
児島さんはほとほと感心した様子だった。
「頼んだぞ。なにしろ旦那様の命令は絶対だ」
「しかし明日は凌いだとしてもその後はどうするんですか? 毎回毎回俺が非番で偶然同席、じゃ不自然過ぎると思いますが」
「いや、明日だけでいいのだ。旦那様はお嬢様が初陣で勝った様子をビデオに撮影してそれを見ながら酒を飲みたい、と申しておられる」
「はあ……そうなんですか。しかし……」
何となく分かるような、分からないような……
「大丈夫だ。今回は緊急の事だったが、何件かの雀荘を我がグループの直営とするための買収を既に進めている。グループ社員に麻雀のルールとマナー、雀荘従業員の業務習得のための研修も始める。そうすれば従業員はおろか店内の一般客全員をもグループ社員で埋めるという事も出来るからな」
「……」
自在に牌を積み込めて遠隔操作の出来る自動卓も急いで開発させる、という児島さんの声を聴きながら俺はとにかく明日の自分の役目を全力で果たそうと思った……
そういう訳で俺はお嬢様を勝たせるために卓についている。最初のメンツは事前に頼んでいた私服の雀荘のメンバーに入ってもらったがずっとそのままでは不自然なので普通に一般客と入れ替わっていった。
事前に仕込んだガン牌のおかげで通常なら裏返しで分からないはずの麻雀牌も俺の目には全てが筒抜けだった。そして俺は都合の良いように牌を入れ替える事が出来る。こうすれば積み込みこそ出来ないもののほぼ自在に操作出来る。お嬢様には有効な牌を送り、対戦相手には不要な牌をツモらせて手を遅らせる。
「……ここは、こうですわね」
真剣な表情で考えてたどたどしい手付きでお嬢様は牌を切り出す。
お嬢様の麻雀は大体分かった。確率論のセオリーに則った素直な打ち筋。テンパイ即リーチ、降りる事を知らない猪麻雀。健気というか何というか、可憐な外見と相まって見ていて心が洗われるようなものを感じる。俺的には性格にやや難があるが、旦那様が溺愛されるのも分かるような気がする。
そのまま無作為に打っていれば危なかったという場面もしばしばあったが俺がコントロールして全て事なきを得た。大して強い打ち手もいなかったので順調にお嬢様を勝たせていった。金品を賭けてもいない健全麻雀であるが俺の生活が賭かっているのだから負けるわけにはいかない (お嬢様が)。
それにしても全自動卓が普及した今となっては使えないと思っていた、ただ趣味で練習していた技がこんな所で役に立つ事になろうとは思ってもいなかったものだ。
「ほーほっほっほ。これでわたくしの四連勝ですわね。浅田、お前ももう少し健闘してみせなさい」
「面目ありません。頑張ります……」
児島さんは俺に向かって小さく頷く動作をして見せた。無言で、その調子だ、と言っていると解釈した。そして俺の左隣の席の学生さんが「これで……」と言って抜けて行って大柄な男が代わりに入った時に
「お嬢様。そろそろご帰宅の時間も近付いています。今日はこれまでという事に……」
と時計を見ながら児島さんが告げると
「そんな……こんな中途半端な所で終わりたくはないですわ。せめて五連勝とキリの良い所まで行かないと」
とお嬢様は反論した。次も勝つつもりらしい。
「そうですな……皆さん、勝手を言って申し訳ありませんが次は半荘 (半チャン)ではなく東風戦でお願い出来ないでしょうか?」
児島さんは皆に向かってそう申し出た。なるほどな、と俺は思った。言い争ってもお嬢様はなかなか折れないだろう。東風だけなら約半分の時間だ。児島さんも多少は麻雀が分かるので、今までのペースからそれが妥当だと判断したのだろう。
賭けもしない麻雀だし特に反対する理由もないだろう。断られたら断られたらでここで終わりなら俺の役目も無事終了だ。もし無理にでも半荘でやる事になったらその時はその時だ。
「ああ、私は構いませんよ」
俺の対面に座る気のいい無害なおじさんは快く応じた。
「オラも別に構わないだよ」
新しく入った背も高くて横幅も広い、大きくな顔面に大きな傷の入った男もそう言った。間の抜けた声ののん気な口調でヤクザ者という雰囲気でもない。何となくフランケンシュタインを連想させる風貌だった。
こうしてラストとなる東風戦が始まった。
大男の出親だった。最初はややのんびりとした感じのこの新たなメンツの様子をボンヤリと観察していた。それから無害なおじさんに少し目線やり、お嬢様の様子もチラリと見て、少し気が緩んだ状態で配牌を取っていたが気が付いてギョっとなった。
何だこの男、いきなり天和 (テンホー)をアガりそうになってるぞ!
天和というのは配牌で何もせずにアガってしまう手牌の事だ。他のメンツは何も出来ずにいきなりその局は終了、役満という最高に高い点数を持って行かれてしまう。
俺は慌てて何とか大男の右端の牌を一つだけ入れ替えた。相手の力量も何も分からない状態でいきなり大胆な技の使用は危険だ。奴の視線の動きを慎重に見極めて、取り換えられても極力違和感の無い牌を選んでのギリギリのすり替えだった。
「んん、ダブリーだな」
大男は牌を横向きにしてリーチをかけた。ダブリーとはダブルリーチの意味で一巡目にリーチをかけると通常の一ハンに一つアップした二ハンのリーチとなる。
「なんだあ、お兄さんいきなりリーチかあ」
おじさんが牌を切る、安全牌。お嬢様の手には大男の当たり牌が浮いている……
俺は大急ぎでそのお嬢様の当たり牌をすり替えた。お嬢様が
「うーん……」
と考えて不要牌を切る。そして俺の番。次の大男のツモが一発ツモになるのは分かっている。それと問題なのが裏ドラで、何と三枚も大男の手の中にある……
俺はお嬢様の持っていた当たり牌を切った。
「ロン!」
男が裏ドラを確認する。
「なんだあ、裏は乗らずか。ダブリー一発だけで七千七百点だな」
「浅田あ、しっかりして下さい。親が一回ずつしか回ってこないというのに、リードされてしまったではありませんか」
「すいません、お嬢様……」
すんでの所で裏ドラを別の牌と取り変えて親っ跳ねを阻止する事が出来た。この程度のビハインドなら何とかなるだろう。この後取り返していけばいい。
東一局一本場。せり上がってきた山を見て、何だかまた奇妙な山だなと思った。この山積みを活かすなら賽の目は九を出すんだろうが
「そうれ」
親が中央のスイッチを押してサイコロを振る。そして出た目は九だった。
「……」
ちょっとおかしいだろ? 機械が振ったサイコロであって決して自分の意思で狙えるものではない。そもそも山だって機械が積んだものだ。
二回連続で天和だと? そんな馬鹿な。
俺は必死で大男の配牌を入れ替えてそれを阻止した。それと同時にお嬢様に牌を仕込む。
「ロンですわ」
三巡目にお嬢様が二千九百点をアガった。
「うーん、親を流されてしまっただか。今日は今一出だしの調子が良くないな」
いや、二連続天和を本当はアガってるんだよな。いつもこんな感じなのか? 得体の知れない奴だ。最大級の警報が俺の中でうなりを上げて鳴りたてていた。
東二局。俺は速攻で千点ののみ手をアガった。
「アチャー、親を流されてしまいましたか。悲しいなあ」
おじさんはボヤいた。悪いな、楽しませてあげる余裕はないんだ。そう心の中で呟くと同時に背筋が凍り付く思いがしていた。もう一巡遅れると大男は倍満をアガっていたのだ。
こいつは運の化け物なのか? 腕は大した事はない。ただ思うがままに打ってるだけだ。そして根こそぎ何もかも持っていく、とんでもないツキの持ち主だ。
東三局、もうお嬢様に役満をアガってもらおう。
「さあ、わたくしの親ですわよ。連荘 (レンチャン)しないと」
「うんにゃあー、オラが勝つべよ。オラはほとんど負けた事がないだよ」
「それは奇遇ですわね。わたくしも負け知らずですわよ。それも無敗ですのよ」
「ああ、何だか良い所のお嬢さんみたいだあな。そんな感じのおべべを着てるだ」
まあお嬢様は今日から始めたばかりなんだけど。この男も賭けてもいないしレベルの低い雀荘での麻雀の何にプライドを持っているのだろうか。そんなものはどうでもいい。俺の生活、人生が賭かっているのだ。
俺はお嬢様に国士無双の手を仕込んだ。そして白の単騎待ちでテンパった。しかし大男の運の強さも流石で四暗刻 (スーアンコー)のイーシャンテンになっていた。その手牌の中には白のアンコもある。そして奴の次のツモは白なのが分かっていた。
お嬢様への当たり牌、ここはすり替えてお嬢様に送った方が確実。……しかし裏技を使わないで上手くいくのならなるべく使わない方がいい。俺はそのまま白をツモらせた。
「……カンするだ」
やったぞ! 思った通り、大男は白を暗カンした。まあカンしなくても河に捨てればそのまま当たりだし、白を抱えたままでいればアガる事は出来ない。ここで白を止める理由は考え難い。さあ、出たぞ。
「……」
お嬢様の表情が浮かないものに見えた。どうした? ロンだろ。
ところが喜びを見せるどころかむしろ不機嫌な様子のお嬢様は一向に動く気配を見せない。まさか……
男の手がリンシャン牌に伸びる。そうか、お嬢様はチャンカンのルールを理解していないんだな。
迂闊だった。初心者にありがちな事だ。当たり牌を明カンされればそれはチャンカンと言ってそれだけで役になってそれでアガれるのだ。国士無双の場合は暗カンでもアガれる。国士の場合の暗カンを知らないのか、そもそもチャンカンを知らないのか、いずれにしてもお嬢様が現局面で自分がアガれるという事を理解していないのだと悟った。そして自分のアガれる牌を逆に潰されてしまったと勘違いしているのだ。
まずい! 大男が今のリンシャン牌を引いた事で四暗刻単騎のダブル役満になってしまった。そしてリーチをかけてきやがった。北待ちだからリーチをかけた方が出易いと思ったのだろう。そして北はお嬢様からいずれ出る牌だ。
「うーん、これはないだろう」
おじさんが北を切った。
「ローン!」
すかさず大男が牌を倒す。
「うわー。やられた」
俺が送った北をおじさんが切ってくれた。おじさんが切らなければ、俺は誤ロンのチョンボをするつもりだった。その方が点棒の被害は安いのだが不自然な摂理を曲げた打ち方は運を遠のける。
「ハハハハハ。やっぱりオラは強いなあ」
「くうう。まだわたくしは諦めませんわよ。見てらっしゃい」
まずい、非常にまずい。今ので大男の収入は六万四千点、大差がついた。児島さんの視線が痛い。申し訳ありません。でも俺は一生懸命やってるんです。
オーラス、俺の親。不幸中の幸いでハコを割っても続行のルールでゲームは続いてくれるがこの局で全てが終わってしまう……。俺が役満をアガれば男を沈める事は出来る。しかしそれでは俺がトップになってしまう。
……とにかく動くしかない。放っておけば大男が逃げ切ってしまうだけだ。
三巡目、お嬢様にソウズの九蓮宝燈の手が入った。九面待ちだ。続く四巡目、大男はソウズの六を切った。当たりだ!
お嬢様。倒せ、自分の手牌を倒すんだ! まさか、自分の待ちが分かってないのか?
「……」
しかしお嬢様はアガる気配がない。
「ロン……」
このままではおじさんがツモりそうだ。俺は自分の手牌を倒した。とりあえず連チャンして次に賭けよう。
「親満、一万二千点だ」
「ふうん、油断してしまったな。どうするアガり止めにするだか?」
「いや……」
九面待ちは難しかったか……俺は自分の無力さを感じていると
「ロンですわ。ダブロンっていうのは有りですわよね?」
お嬢様は自分の手を倒した。
「三万二千点で、逆転トップでしょう。あ、でもアガり止めっていうのは選択出来るんですわよね。浅田、どうするのです? 続けてトップを狙うのですか?」
「……いえ、二着になれたなんて望外です。これで満足です。終わりにします」
「まあ、欲の無いこと。とにかくこれでわたくしの五連勝ですわね」
お嬢様は上機嫌な様子だった。
「くそう、本当に油断しただ。悔しいだ……」
大男は地団太を踏んだ。
戦いは終わった。俺はお嬢様が待ちを読めているかどうかを疑ったが、お嬢様は自分だけがアガってはトップになれない事が分かっていた。そして俺とダブロンならトップになれると計算してすかさずアガったのだった。これには驚いた。
「浅田、精々精進する事ね」
高笑いを残してお嬢様と、そして児島さんは俺に感謝の表情を浮かべて二人は去って行った。
お嬢様に助けられた。心底安堵した。運v.s.イカサマという奇妙な修羅場を体験するとともに不思議な運を持つフランケンもどきの大男に興味も惹かれたが俺も直ぐにこの場を離れる事にした。
またも締め切り話をしてもしょうがないのですが、実は締め切りの朝まで1文字も書いていなくてそこから書き上げた代物です……。
ベースというかイメージとなった漫画が3つありました。




