4-2話【過去には進めない】
本作品はフィクションです。登場する人物名、団体名、地名、設定等は全て架空のものであり、実在する物とは一切関係がありません。
本作品には過激な表現が多分に含まれています。苦手な方は閲覧をお控え下さい。
(1)本書には子供に相応しくない内容、刺激の強い表現が含まれています。
(2)本文内にはグロテスクなシーンやゴア表現、性的描写や犯罪にあたる行為だけでなく、差別的な思想を連想させかねない言葉や表現が多分に含まれています。
(3)不安障害や鬱病など、心の病に苦しんでいる方は本書を読むべきでは無いかもしれません。また現実と虚構の区別が付かない方は本書を読まないようお願い致します。
「博士ずるいですう。湯気子とはそういう事してくれないのに、ゲロゴミ野郎とはそういう事したんですかあ? ずるいですう」
あやふやにしか分からない霧状の顔を不満げに歪ませた湯気子がそう言うと、ペール・ローニーはフラスコの中で淡い輝きを放つ液体から目線を外しながら小さく溜息を吐いた。
さっきからずっとこうだ。愚者の少年とまぐわった事がバレて以来、湯気子はひたすらペール博士に文句を言い続けている。
「湯気子がして欲しいって言った時はすぐ駄目って言うくせにい。………あんなうんこ垂れ夫の何が良いんですう?」
「何が良い、と言われると少し答え難いが……少なくともキミと違ってうんこ垂れ夫とか言わない所は好感が持てるね」
「じゃあうんこ垂れ蔵にするですう」
「キミと違って口が悪くない所なんて最高だな。ああ全く、それだけでイけそうだ」
ガラス製のゴーグルを外したペール博士を見ながら「湯気子の方が気持ち良くさせれるのにい」と不貞腐れる湯気子に、ペール博士は再び小さな溜息を漏らす。そしてもたれ掛かるようにデスクに尻を預けると、軽く腕を組みながら「そもそもだな」と口を開いた。
「まず私は一方的にするされるというのが好きでは無い、割とプラトニック寄りの性格………早い話が純愛思考でな。だから体の関係を持つなら、互いが互いをしっかりと求め合うのが好みなんだ」
「…………湯気子じゃ駄目ですう?」
「キミとヤッた所でキミが一方的に私をヨガらせるだけだろう。受け取った気持ち良さを返したいと私が思っても、キミは感覚神経を持っていないからな。…………レズビアンの中には相手に愛撫をしているというだけで自分も達せるものが居るというが、私的にそれはベクトルが違う………つまり私は、キミを気持ち良くして気持ち良くなれないんだ。それはさておきキミは口が悪い」
「…………むう」
「湯気子、キミの気持ちは嬉しい。好意を向けられる事も体を求められる事も私は嫌いじゃない、むしろ好きな部類だ。だが一方的に踊らされるのは心底嫌いな部類でね。故にキミとそういう関係になる気は無い」
悲しげに俯く湯気子に、しかし頑としてビジネスライクを貫こうとするペール・ローニーが「分かったら仕事に戻りたまえ。ファイリングの途中だろう」と口にして組んだ腕を解くと、
「あら、それは変な話ね。もしそれが本当だとしたら、私はもうペロちゃんと別れているはすだと思うのだけど」
いつの間にか真横に立っていたチェルシー・チェシャーの言葉に、ペール博士は「…………げぇ」と心底嫌そうな呻きを発した。
………本来であれば魔王チェルシーとペール博士は極めて仲が良い。体を弄り過ぎて最早人間を辞めた人間であるペール・ローニーとの付き合いは、比喩でも何でも無く「まずは三桁から」という程に長い付き合いになる。
そうでなくともペール・ローニーとチェルシー・チェシャーは所謂パートナーなのだが………しかしペール博士は、ここ十数年魔王チェルシーと会う事を露骨に嫌がっていた。
「あ、陛下ですう。お疲れ様ですう」
「ええ、湯気子ちゃんもお疲れ様。いつもお仕事頑張れてて偉いわね」
「えへへ。陛下は博士と違っていっぱい湯気子の事褒めてくれるから好きですう」
「そうね、ペロちゃん全然褒めてくれないものね。湯気子ちゃんもっと褒められたいのにね」
「そうですう。博士、湯気子の事褒めてくれないんですう。だから博士より陛下の方が好きですう」
「あらあら。嬉しい事言ってくれるわね。でも足りないわ、もっともっと好きになってちょうだい」
和気藹々とした会話をする二人がちらりと流し目を送ると、ペール博士は不機嫌さを隠しもせず「……ふん」と鼻を鳴らした。
………ペール・ローニーは普段湯気子を褒めない。だがどれだけ大きなミスをしても絶対に叱らず、またその責任を負わせるような事も絶対に無い。
これは湯気子が湯気子として研究室で勤務するようになった時から既に何度か言っている事なのだが、ペール博士は誰に対しても滅多に褒めるような事はしない。それは褒められる事で得られる充足感や向上心よりも、褒められた事で慢心してミスをされる方を嫌うからだった。
そしてミスをしたものを叱る事は最も無意味な事だとペール・ローニーは常々から思っている。余程の間抜けでも無い限りはミスをした時点で既に痛い程反省しているし、そも余程の間抜けはここで勤務なんて出来やしない。
『叱る』という行いはミスをされた側が行き場の無いストレスをぶつける行為であると思っているペール博士は、ミスの内容が重ければ重いほど尚の事それを叱るような事はしない。怒鳴り付けたり、場合によっては拳を振るったりした所で記憶に焼き付くのは『ミスをした事が嫌だった』では無く『怒られたのが嫌だった』というだけになりがちな事をペール・ローニーは知っていた。怒鳴りまくった所でその結果得られる『次ミスしないようにしよう』の根源が「だって怒られたくないから」にしかならないのであれば、それは更なる成長や発展に繋がらないとペール・ローニーは思っているのだ。
だからといってどちらか片方だけではもっと歪んだ教育になってしまう。
叱るなら褒める、褒めるなら叱る。叱らないなら褒めない、褒めないなら叱らない。どちらか一方だけでは甘ったれた有頂天野郎か、手を上げる動作一つで虐待の可能性に怯え竦む対人恐怖症しか生まない事も、ペール・ローニーは重々理解していた。
「………当て付けか湯気子。良い度胸じゃないか」
ペール博士が湯気子を睨むと、しかし湯気子は慣れっこなもので「ぷぅ〜」と霧状の唇を尖らせながら白を切った。魔王チェルシーの周囲をふよふよと飛び回りながらあざといふくれっ面をする湯気子を見て「……全く」と呟いたペール博士は、螺旋の塔のような湯気子の残滓に絡まる魔王を見やりながら「……で?」と話を変える。
「チェチェは一体何しに来たんだ。何か火急の用があるようにも思えない、私はチェチェの暇潰しに付き合える程暇人では無いぞ」
ぶっきらぼうな口調で吐き捨てるようにペール博士がそう言うと、チェルシーの周囲を旋回していた湯気子が動きを止めて「そう言えばそうですう」と間の抜けた声色で同意する。
「陛下クソ忙しい身のはずですう。この間も過労で無限にゲロ吐いてたですしい、その前は何か常に血尿出っぱなしになるって言い出しておむつしながらお薬貰いに来てたぐらいだったですう」
霧状の口元に霧状の指先を当てながら思い出す湯気子に、チェルシーは苦労の詰まった重い溜息を吐きながら「そうよ、私マジクソ忙しいんだから。正直辞めたいしマジで後悔してる」と肩を竦める。
しかし重々しい表情をしていたのはほんの少しの間だけで、すぐにチェシャ猫のような『悪い顔』へと変わったチェルシー・チェシャーはペール博士へと向き直り、
「……ねーぇ、ペロちゃん」
「どうしたチェチェ」
「私ね、今日お休みなの。週休ゼロ日のアットホームな職場に嫌気が差したから、机蹴っ飛ばして無理矢理お休みにしたの」
「そうか、それは良かったな。ならひたすら寝倒すと良い。疲れも取れるだろうし、普段出来ない事をすれば気分もリフレッシュ出来る。ただし爆睡後はストレッチを忘れるなよ、寝続けて体が固まっては疲れが取れた気にならないだろうからな」
「それも良いんだけどね………昔みたいにさ、たまには二人でエッ──」
「嫌だ」
「………………んっんんっ! ごほん、あーあー。やだわ歳かしら。耳が悪くてペロちゃんの反応が悪いように聞こえたわ。歳で頭も悪くなっちゃったのかしら。加齢って怖いわ、ごめんなさいねペロちゃん、私耳が悪くなっちゃったみたい」
「ついでに性格も悪いのを忘れるなよ。これで見事な役満だ。さっさと跳ねて次の客に席を譲りたまえ」
「………………たまには二人───」
「嫌だ」
「───たま」
「嫌だ」
「────」
「嫌だ」
「湯気子ちゃあんっ! ペロちゃんが虐めるうっ! 最後なんて何も言ってないのに先に言われたわあっ! 何かこんな言い負け方少し前にもした気がするわあっ!」
どこかくたびれた細い尻尾を振り回したチェルシーが泣き付くと、湯気子は「食い気味とかじゃなかったですう。気味じゃなくてモロに食ってたですう」と霧状の顔を悲しげに歪めながらうんうんと同意した。
「私には研究したい事が沢山あるんだ。ようやくルーナティアに帰って来れたというのに、それを差し置いてチェチェの肉欲発散に構ってるような暇は無い」
「ねえ湯気子ちゃんどう思う? ペロちゃんみたいな男が居たらどう思う? ストレス拗らせ過ぎてう◯こ真っ黒になるぐらい働いてる現役OLが何とか休み取ったのに「今イベント来てるから走らなきゃ」って言ってゲーム画面に食い入ってこっち見向きもしないようなクソデブ陰キャ男が居たらどう思う? イベント走ってる暇があったら外走って腹の肉落として来いって思わない? ねえ湯気子ちゃんどう思う?」
「そんな男ちんちん切り落とすですう。そのちんちん使うべき相手が今まさにま◯こかっ開いてアイムカミーンウェルカムオーイエスシーハーしてるのにピクリとも勃たないちんちんなんて要らないですう。ファックミーにファッキュー出来ないならファックオフするしか無いですう」
「そういう所だぞ湯気子お前そういう口の悪い所だぞ。まず私に陰茎は生えてないし、チェチェも股ぐらかっ開いてなんかいない。仮にかっ開いていたとしてもこっちの予定を聞きもせずアポ無しでやって来るって時点で常識外れだ。Fuck offと言いたいのはこっちだよ」
「……等とペロちゃん被告は意味不明な供述をしており」
「以上お、現場の陛下からだったですう」
「続きまして、ペロちゃんとチェチェ陛下のナメクジのようにねっとり濃厚な百合セックスを───」
「しないよ。お届けもしないしお送りもしない。放送中止だ。今日はヤらないよ。諦めて帰りたまえ」
無感情な声色でそう言ったペールがデスクにもたれ掛かるようにして預けていた尻を持ち上げる。そのままひらひらと手を振りながら二人に背を向け、フラスコが並べられた別の机に向かって歩いていく。
その姿を見た湯気子が小さく「あーあ、空気読めないですう」とボヤいてファイリングに戻るが、しかしチェルシーは軽快な足取りでペール博士に駆け寄ると、
「するわよ、ペロちゃん」
「────ちょ」
その背中に飛び乗るようにがばりと抱き着いた。振り返って抵抗しようとするペール博士の動きを巧みにいなしたチェルシーは、そのまま博士の服の裾に手を滑り込ませていく。
「馬鹿っ、お前──何を盛っているんだ馬鹿チェチェ────ちょ、あぅっ」
ペール博士が着けているカップの無いスポーツブラを片手で弄ったチェルシーは、博士がそれに抵抗しようと意識を向けた隙を突いて反対の手をズボンの裾に滑り込ませる。下着越し、まだ濡れてもいない下半身に触れられた痛みにペール博士が呻くと、チェルシーは「ほらペロちゃん、早く濡らして。じゃないと痛いわよ?」と遠慮無しにそこを撫で擦っていく。
「しな───しないっ! 今日はしな──ぁっん………ふっ、はっ………ぁうっ」
「するの。する。私が決めた。今日はペロちゃんとする。朝までとは言わないわ、でも夕方ぐらいまではするわ」
「馬鹿っ、強過ぎ──あぅっ……。───どこっ、ぁっ、どこのっ王様だっ! っくぃ……ふっ、はぁっ」
「この国の王様よ? 女王様。力が全てのこの国で、力で全てを支配し続けている女王様、体裁上はね。実際は優しい女王様って評判だけど」
そう言ったチェルシーは下着を擦る力を弱めていく。しかしそれはただ弱くするだけでは無く、圧迫感こそ減らしたものの代わりとばかり指の腹を使って丹念に擦るようなものへと変わっていった。
………それは心理学のテクニックの一つ。価格交渉等をする際に、最初に百万と提示してから「では五十万にしましょうか」と言われると「半額か、それなら」となってしまうテクニック。それは交渉以外の場でも使える事が多く、淫魔の王チェルシー・チェシャーはそれを性行為によく使う。
「はぁ、ん……やだ………。チェチェ……あっ、それ、やだ……ぁっ───。………もう少し……強く………それ、だと…………」
強く乱暴にされるから嫌がるというのであれば、弱く優しくしてみれば良い。それでも嫌がられたら本心からのものだが、心底から拒否しているという訳じゃ無いのであれば、その切なさともどかしさに今のペール博士のようになるだろう。言ってしまえば単純に押して駄目ならというだけだが、チェルシー・チェシャーはこういったテクニックを使ってペール・ローニーの本音を引き摺り出すのが好きだった。
「湯気子ちゃん、おいで」
右手で股間を弄り、左手で乱雑に胸を揉むチェルシーが湯気子を呼ぶと、ペール博士は怯えたように「え……?」と小さく呻いた。
「湯気子も混ざって良いですかあ?」
「それは駄目。今日は私の日だもの。でも湯気子ちゃんも見たいでしょう? いつも堂々としてる上司がとろとろになってる所、湯気子ちゃんも見たいでしょう?」
「やだ……何でお前は、そういう………
「ただ条件があるわ。私、うるさい観客って嫌いなの。例え面白かったとしても番組中に余計な笑い声とか入るのって好きじゃないのよね。オーディエンスはお静かに。番組で喋るのは私の役目、私の気を削ぐ下らないコーラスは要らないわ。………湯気子ちゃん、守れる?」
チェルシーの言葉に、湯気子は霧状のの口元に霧状の両手を当ててコクコクと頭を振る。それを見て「良い子ね」と頷いたチェルシーは、わざと見せ付けるような体勢になった。
ルーナティア現国王チェルシー・チェシャーは元々チェルシーという名しか持っていなかった。まだ若々しくヘソが括れていたような頃はチェルシーという名すら無く、有象無象の淫魔の一匹でしか無かった。しかし精を絞ろうとする際の名乗りで余りにも不便だった為、自らチェルシーという名を名乗り出したのだった。
悪魔に名を与えてはいけないというのは、悪魔祓いに関わるものたちの鉄則。名を持つ者は力を得る。名を糧に、名に則った強い力を得てしまう。
実際、チェルシーという名を名乗り始めた一匹の淫魔は、淫魔としても類稀なテクニックと戦闘能力を得てしまった。
それはある日の夜、男性から精を絞る事に飽き始めていたチェルシーは女性相手での搾精を覚える事も兼ね、性欲の強い女を探し始めた。
ペール・ローニーと出会ったのはその頃だった。性欲が強いにも関わらずチェルシーの誘惑に何も興味を示さず、魅了すらも効果が無かったペール・ローニーに、チェルシーは強い興味を示した。
煩わしい。気に食わない。従わないのならば灼かれてしまえ。そう思ったチェルシーはペール・ローニーを殺して別の獲物を探す事にした。
しかしその頃のペール・ローニーは既に法度を得ていた上、ペール・ローニーの法度は自己防衛に関しては異次元の強さを誇る。物理攻撃も魔法攻撃も全て理不尽に食らい尽くし仕組みを知るペール・ローニーは、食らった魔法をその場で流用してチェルシーをひれ伏させた。
しかしペール・ローニーはチェルシーにトドメを刺すような事はしなかった。「キミを殺した先の事柄に興味が無いからね」と一蹴したペール・ローニーは研究に戻ったが、チェルシーがペール・ローニーに執着し始めたのはその時からだった。
長々と付き纏われる内にいつしか心を許したペール・ローニーとチェルシーは枕友達になり、やがてペール・ローニーから一つの言葉を貰った。
「キミたち悪魔は明確な名を得て始めて明確な形を得るんだろう? ならばチェルシー、キミにチェシャーという名をくれてやろう。チェシャ猫という、異世界人の世界に広く知れ渡る伝承上の存在から拾ってみたんだ。伝承に名を遺す程に力を付けて、私の研究の手助けが出来る程に強くなってくれたまえよ」
悪意の塊であるかのようにニタニタと笑う猫。悪戯心に満ち満ちたチェシャ猫の名を冠したチェルシー・チェシャーは、その時期から一気に力を付けた。そしてその恩に報いる為、愛した女を幸せにさせる為、チェルシー・チェシャーは魔王の座を力尽くで奪い取った。
その頃から、ペール博士はチェルシー・チェシャーの事をチェチェという愛称で呼ぶようになった。単純に自分ばかり馬鹿みたいなあだ名で呼ばれる事が気に食わなかったのもあるが、親しみやすい名で呼ぶ事でチェルシー・チェシャーという淫魔の王がこれ以上力を付けないように制御する意図があった。
チェチェと呼んだのはペール博士のみだったが、チェルシーが最も心を許した者からそう呼ばれる事により、チェルシーはその力を制御出来るようになった。ルーナティアに居る全てのものを事実上完全なる制御下に置いたチェルシーは、サタンが如く力に溺れて水死するような事も無く、自身の力を自身の意思で制御出来るようになったのだ。
「やっぱやーめた」
完全にその気にさせられスイッチが入ったペール博士に、しかしにたにたと笑ったチェルシーが吐き捨てるように言った。
…………淫魔だろうと関係無い。人間のスポーツ選手に国籍や人種が何一つ関与しないのと同じように、悪魔の世界でも細かい種別がイコール実力の底であるとは限らない。インプであってもレッサーデーモンであっても、力を得る機会があれば悪鬼は容易に力を付けて羅刹へと成り得る。
「思えば私もさー、もうペロちゃんのおま◯こに頼らなくても生きていけるようになってるしさー。決別の時って奴が来たのかなーって感じ? 人はいずれ離れ行くとかって言うし、ペロちゃんから卒業する日が来たのかもしれないわね。よくよく考えたら良い歳だものね。結婚するには適齢期余裕で過ぎてたわ」
「チェチェ……? どうしたんだ……チェチェ、なん、何でそんな事を言い出すんだ………?」
「ペロちゃんもこんな歳食ったサキュバスにかまけてないで人同士の愛恋に溺れるべきなのかもしれないわね。体はもう殆ど人じゃないけれど、それでも私と連れ合うよりはタクトくんと連れ合った方が健全でしょう? だって人と人とのちゃんとした肉体関係だもの。子供が作れる関係の方が、生物的にはよっぽど健全って事になるわ」
「チェチェっ、いきなり何を言い出すんだっ! 今……今は……その………そんな言葉は欲しくない………もっと、もっと────」
もっと愛を囁いて欲しい。
ペール・ローニーは愛に飢えている。愛される事よりも自らの好奇心を埋める方を優先した結果、ペール・ローニーは愛に飢えている。
ペール・ローニーに限った話では無く、人に優しい人というものは『優しくされた時に幸せを感じた』からこそ『同じ優しさ』を与えて人を幸せにしようとする。厳しい環境で強く逞しく成長した者は他者にも厳しく接しやすい。甘やかされた環境で幸せを享受した者は他者にも甘やかしてしまいがち。
………例えば、ここに殆ど褒められずに育った者が居たとする。その者は大人になってから、人を良く褒めるようになる。自らが生きてきた人生の中、数少ない『褒められた』という経験が強く印象に残っているが故に、その者はそれを他者に分け与えようとするのだ。
もし一切褒められずに育った者が居たとすれば、その者は成長してからも誰も褒めない。褒められた事が無いのだから、褒め方だって分からないのだ。褒められた者がどんな気持ちになってどれだけ成長するかを一切知らないのだから、人を褒めなくなって当然なのである。
故にペール・ローニーは他者に甘い。愚者の少年に甘く接するのは、慈母のように触れ合おうとするのは、自分がそうされた時の甘美さを知っているからこその行為である。
愚者の少年も同じ。ペール・ローニーに甘く接された事で甘美さに酔い痴れ、それを誰かに分け与えようとするからこそ、あの少年はペール・ローニーを優しく抱いた。
「タクトくんにシて貰えば良いじゃない。どうせすぐ帰ってくるわ。彼とするの気持ち良かったんでしょう? 彼、優しく抱いてくれるんでしょ? ペロちゃんがイキたくなったらいっぱいずこずこしてくれるんでしょ? 私みたいに焦らしたり意地悪したりしないじゃない。あらそれって最高ね、ハッピーエンド待った無しだわ」
「────────っ」
ペール博士が歯噛みする。もどかしさと、悔しさと、苛立ちに歯噛みする。
チェルシーに対するものでは無い。自らに対して、強く強く苛立った。
完全に忘れていた。その不甲斐なさに強く苛立ち、自らが犯したミスが悔しかった。
そしてそれに対する答えが一つしか無い事にもどかしさを覚えた。
チェシャ猫は少女を惑わす役目を持っていた。それを忘れていた。名を与えたのは自分なのに、肝心の自分が名の由来を忘れていた。
もう他の選択肢は無い。もう言うしか無い。もうするしか無い。
───────
それはもう淫行と呼ぶには程遠いものであり、湯気子はあの時調子に乗らず、勇気を出して魔王の前に立ち塞がれば良かったと強く後悔した。
「ペロちゃんったら酷いわよねえ。確かに私も忙しくて構ってあげられなかったけどさあ。ペロちゃんの為を思って身を粉にしてたのにねえ」
元々そういう性格だったのはあるし、タイミング良く調子付いてしまったというのも確かにある。
「それがたまの休みに会いに来てみりゃ間男と遊んでましただものねえ。───────ざけんなオラァッ!」
だが、そもそもとして湯気子は魔王チェルシーには歯向かえない。
「私ペロちゃんの体の事なら大体の事は知ってんのよ? ペロちゃんクリち◯ぽ突っ込まれながらお尻叩かれるとお漏らししちゃうのよねえ? ──────私に開発されちゃったもんねェッ! オラ尻上げろォッ!」
「ひギ──ャあァッ! あヒッ! ごめなさッ! ごめんなさいッ! あうッ! ゆるしてッ! ゆるしてェッ!」
最初は好奇心が強かった。けれどすぐに後悔した。自分の行いのせいで上司を涙させたのだと、湯気子は強く後悔した。
尊敬している上司が力任せな行為により泣き叫ぶしか出来ない………それを見せ付けられて、湯気子はあの時の自分の行ないを強く悔いた。
「ちゃんと教えてよペロちゃんっ! ねえっ! 私ペロちゃんの事なら何でも知ってると思ってたのにさあっ! こんな浮気性だなんて知らなかったのよねえっ! だから全部ちゃんと教えてよっ! ねえっ! ほらっ、ほらほらほらっ!」
威風堂々であり唯我独尊。強気でこそ無いものの、しかひどんな事があっても我の強い上司が我を忘れて泣き叫ぶその様に、湯気子は思わず目を逸らした。
実際問題、あれだけ太いものをねじ込まれたら慣れていない生娘であれば痛みにギャン泣きするだろう逸物だが、上司はだいぶ慣れている部類だ。ここ最近は殆ど使っていなかったようだが、聞く所によれば湯気子が魔法生物になる前は上司と陛下は毎晩のように遊び倒していたという………けれど今のそれはただ乱暴されているのと何も変わらない。
これをセックスと呼んで良いのか、湯気子には皆目検討も付かなかった。
これはただの暴力。ここに愛なんて無い。幸せなのは一人だけ、他の全てが不幸に満ち溢れている。
今のこの光景に、湯気子は何一つとしてエロスを感じられなかった。
「ほら、開いて。自分の手で開いておねだりなさい」
「ぁ…………ち……ちぇちぇ……やだ………もうやだ………」
「はぁ? 何言ってんのよペロちゃん。欲しいんでしょ? ヤりたいんでしょ? ハメ倒して欲しくて仕方が無いんでしょ? だからぽっと出の馬の骨にしゃぶり付いたんでしょ?」
「ちが───ちがう………ちがう、わ……わたしは───────」
ペール・ローニーが愚者の少年と抱き合ったのは決して浮ついた気持ちからでは無い。愚者の少年はどうにも気になって仕方が無いが、けれど本命は昔からの昔馴染み一筋のつもりだった。
だからこそペール・ローニーは愚者の少年と抱き合った。好きだからこそ別の男を咥え込んだ。タイミングが噛み合ったから少年に抱いて貰っただけの事。
チェルシー・チェシャーは聡明である。だからこそ自分が浮気のような行いをすれば「どうして」と思ってくれるのではないかとペール博士は考えた。
「なんでえッ! やぁ───とめてッ! もうとめてぇッ! チェチェッ! やだあああッ!」
「だからどうしたのよ私がイッて無えだろうがッ! オラもっと締めろこれじゃ一生終わんねえぞォッ!」
しかし結果はこのザマである。チェルシー・チェシャーはペール博士の真意に気付けず、怒りに任せて腰を叩き付けるだけ。
………ペール・ローニーは戻って欲しかった。優しかったあの頃の想い人に、昔のような甘い口付けをする想い人に、ただ戻って欲しかった。
だからこそ心根の優しい彼に抱かれ、甘い一時を見せ付けたつもりだった。そうすればどうして自分から離れたのかを考えてくれると思ったのだ。
しかし想い人はもう変わってしまった。政務に追われて朝も夜も無い日々に心を壊され、たまの余暇となれば都合の良い捌け口であるかのように自身の体を乱暴に貪ろうとする。
知りたい。知りたかった。この結末がどうなるにせよ、ただ一つ、せめて知っておきたかった。
過ぎた過去には戻れないのだと諦めるべきなのか。
せめてそれだけは知っておきたかった。
しかし力任せに押し付けられる快楽に思考を切り裂かれたペール・ローニーには、もはやそんな事を考える余裕なんてどこにも無かった。
エロくねえよ。エロくねえし。だってエロいなって思う所、全部カットしたもん。
でも話自体はカットしなかった。出来なかったんですよ、ごんぶとな伏線張っちゃったから。




