ぽとっ
「行きます!」
明狼は右手の魔力を、威扇に向けて投げるように放った。
魔力を放った明狼は何も見えておらず、どうなったかわからないが、手応えは何も無かった。
「ぐげっ」
威扇の呻きと思しき声が、頭上から聞こえてきた。
ぽとっ。
「いだぁぁああ」
何故か上から落ちてきた威扇は、頭を抱えてジタバタゴロゴロと転がる。
明狼の投げ放った魔力による攻撃とは、明らかに無関係なことで痛みを抱えた様子の威扇。
とはいえ、これも自身の仕組んだことによる結果であり、明狼は冷静に威扇の様子を伺う。
「ぐぬぅ。メイロウ、お主……」
威扇は寝転んだまま、恨みがましい視線を明狼に向ける。
「なるほどそうか、アタシを逃さない為に壁で挟んだんじゃなくて、アタシを逃すために魔力の壁を仕掛けたという訳なんじゃな」
先程までの表情とは一転、全てを悟ったような柔らかい表情に変わる威扇。
「正直俺としては、どっちでも良かったというか……」
「あの攻撃で勝てる自信があったということか」
「いや、あれだけ魔力を注ぎ込んだ攻撃の後なら、俺の降参も受け入れてくれるかなと」
「ふむ。たしかにあの一撃を受けきった後なら、もう他に手がないと言われても納得しそうじゃのう」
「実際、あれ以上のことはできないですしね」
「しっかりと罠を用意しておいて言う台詞とは思えんがのう」
「もちろん、絶対に逃さないぞって魔力の壁で囲えば、受け止めるより避ける方を選ぶかな、と思った上での仕掛けではありますけど」
「であれば、アタシの体に触れるような近さで、左右と後ろに魔力の壁を張ったのもワザとなんだね?」
「まあ、はい」
「見事にお主に操られたという訳じゃな」
「結果的にそうなりますね」
「アタシも最初は、あの攻撃を受けきれるかの勝負だと思っていたんだけどねえ。
左右と後ろに魔力の壁を感知した時に、アタシが避けると思ってるんじゃなと腹が立って、逃さないってんなら、意地でも避けて反撃してやるって思わされたからのう」
寝転んでいた威扇は、上体を起こし、頭をさすって確認しながら言う。
「平面的に逃さないことに囚われて、上を忘れておるわいとほくそ笑んでたんじゃが、それもそう思わされてたんじゃな」
威扇は立ち上がり、視線を頭上に向ける。
「まさか、跳び上がった先にも魔力の壁を用意してあるとはのう。してやられたわい」
そう。あの時威扇は、明狼の魔力による攻撃を躱すため、脚に力を込め、思い切り跳び上がった。
しかし、明狼は予め、威扇の前方上部――跳んだ時にぶつかるように――魔力の壁を張ってあった。
つまり、威扇は明狼が張った魔力の壁に、頭から思い切り突っ込んで行ったのだった。
明狼が威扇の左右と後方に張った魔力の壁は、絶対に避けさせたくないと思わせることと、魔力の壁はこんなにも分かりやすいものだと思わせるために張ったものであり、それを囮に、上部には感知しにくいように魔力の壁を張っていた。
「全然戦えないとか言っておきながら、ずいぶんと狡猾な罠を仕込むのう」
「威扇さんがやってた、攻撃を左右に振ったあと、上からの攻撃をいれて、最後は背後から攻撃する、意識を散らすやり方を参考にしてみただけです」
「アタシのやり方から学んだというわけか。
なんにせよ、アタシとここまで戦えるんじゃから、自信持ってよいぞ」
「自信は無いですけど、ありがとうございます」
「謙虚じゃのう」
威扇は呆れたような表情を見せる。
「今回はアタシの負けでいいとして――」
「今回はって言われても、次が無い方が良いんですが……」
「あっはっはー。面白い冗談を言うもんじゃのう」
「いや、冗談とかではなく」
「安心するのじゃ。戦闘に自信が持てるよう、アタシが手取り足取り教えてやるからのう」
「えー……」
この先訪れるであろう未来に、げんなりした表情の明狼。
「ところでメイロウ、この後はどうするつもりなんじゃ?」
「無事? お酒も届け終えましたし、帰るつもりですけど」
「どうやって帰るんじゃ?」
「当然来た道を歩いて」
「お主、瞬間移動とか転移とかはできぬのか?」
「魔法で【転移】はできますけど、出発地点と到着地点を予め魔力で繋ぐ必要があります」
「こことお主の家でソレを繫ぐことはできぬのか?」
「ダンジョン内からだと、阻まれてしまうので恐らく無理かと」
明狼は何かの時に備え、【転移】を繋げるよう、自宅に設定はしてあったが、ここからはそこに接続できないようだった。
「ふむ。何とか外と繋げんかのー?」
威扇が何者かに伝えるように言う。
「それは誰に言ってるんですか? 俺?」
「いや、このダンジョンじゃよ?」
「威扇さんがこのダンジョンのボスというか、主というか、そういう存在じゃないんですか?」
「いや? アタシはただの居候じゃよ。住心地が良かったからここにおるだけじゃ」
「ダンジョンと一緒にこっちに来たということですか?」
「うむ。アタシの居た世界は崩壊するところでの。最期は長い時間を過ごしたこのダンジョンと共にと思っておったのだが、気が付いたら文明の全く異なるこの世界におったのじゃ」
「てっきり威扇さんがここの主かと」
「まあ、似たようなもんじゃがの。
――そういえば、こっちにアタシたちを連れてきたのは、お主の仕業かの?」
「いえ。俺はそんなことしてないです」
「そうなんか。てっきりお主の魔法かと思ったんじゃがのう」
「本当に違います」
「ふむ。あの時の魔力の質感みたいなものが、お主の魔力と似ている気がしたんじゃが……まあ、気のせいということにしとくかの」
威扇がそう答えたタイミングで、この広間の奥にある扉の一つが勝手に開いた。
「お。どうやらあっちなら外と繋げるようじゃの」
威扇は開いた扉の方に歩いていき、明狼も後を追うように進む。
扉の先は小部屋だった。
「繋がるかの? メイロウ」
「ええと」
明狼は感覚で魔法を使用しているのだが、【転移】の魔法は、自宅に設定しておいたチャンネルに合わせて、出入口を作るようなイメージで周囲に魔力を張り、二地点を繋げて発動させるものである。
そして、【転移】を行なうにも、出入口を設定するにも、大量の魔力を消費するものだった。
「たしかに、ここならいけそうかな」
明狼は、手元に小さく魔力を張って確かめ、手応えを得ていた。
「じゃあ繋がせてもらいます」
明狼は大量の魔力を使い、【転移】の準備に取りかかる。
そんな明狼を、威扇は不思議そうに眺める。
「メイロウ、お主その魔力は、どこから引っ張ってきておるんじゃ?」




