なんとかしてきて
芽緒がやって来たあの日から数日後。
明狼は一人、富士山に足を踏み入れていた。
当然、山登りが趣味というわけでも、気分転換に運動というわけでも、暇つぶしというわけでも無く、羅羽羅が見繕ってきた仕事である。
肝心の仕事の内容だが、羅羽羅から発せられたのは、「あのドラゴンをなんとかしてきて」というなんともファジーなものだった。
もちろん、「なんとかって何?」と聞き返した明狼だったが、「話通じる系っぽいし、とりあえず会ってきて」と、酒――おそらく値段の高い上等なもののはずだが、興味のない明狼には、よくわからないまま持たされたもの――の入った一升瓶と、羅羽羅が必要になるはずと渡された、衣類の入った袋と共に送り出されてしまっていた。
そんな一升瓶と荷物を大きなリュックに入れ、背負いながら、黙々と歩き続ける明狼。
ダンジョンがこの世界にやって来た日以降、ほぼ常に隣にいた日美々は、体調不良で今日は家で留守番をしているので、明狼はひさびさに一人で行動している。
この日の日美々は、基本的には放っておいて欲しいというタイプのようで、一言二言だけ交わすに留めて、明狼は家を出てきた。
ちなみに、羅羽羅の場合はよく甘えてくるので、正反対の対応をしなきゃいけないなと明狼は心に刻み付けていた。
そんなこんながあって単身進み続ける明狼。
本来であればこの時期、富士山は閉山しており、明狼が富士登山に挑むなんて起こり得なかっただろう。
しかし、ダンジョンと化してしまった現在、富士山に登ることはおろか、普通の人では近付くことすら不可能なため、富士登山に挑める人間が、明狼くらいしか居なくなってしまっていた。
他の登山客を抜くことも、抜かれることも、対面からすれ違うこともなく、明狼は進んでいく。
他人に出会うことはなくとも、そこはダンジョンである。魔物は襲ってくる。
イヌのような魔物に、ブタのような魔物、大きなネズミのような魔物など、様々な魔物が襲ってくるが、明狼は難なく処理していった。
大きく変貌を遂げてしまった――以前の姿を明狼は知らないが、こんな有様では無いことだけはわかる――景色を見ながら、魔物達を蹴散らしていく明狼。
ダンジョン化した直後はまだ、富士山のその全貌を望むことができ、ドラゴンの姿も確認できたが、魔素に覆われたせいか、現在の富士山は禍々しい暗雲に覆われてしまっている。
大きく様変わりしてしまった、この国の象徴とも呼べる存在。
その頂上付近に居ると思われる、巨大なドラゴン。
「なんとかなるんかねえ……」
明狼はまだ遠い、見えない目的地を見上げながらそうもらした。
「問題は無いけどめんどくせえ」
次々に襲い掛かってくる魔物たちを、明狼は魔力を惜しまず使ってなぎ倒し進む。
ただでさえ過酷な山登りに、魔物たちが襲ってくるオマケ付きであるが、明狼は身体能力を魔力で補助、強化しており、肉体的な疲労感はほとんど感じていなかった。
肉体のカバーと魔物への攻撃。ここまで、無尽蔵ともいえる魔力に物を言わせ、進み続けてきた甲斐もあり、特に危険な状況に陥ることもなく、目的地が見えるところまでたどり着いた明狼。
そんな明狼の視界に、まるで待ち構えていたかのように明狼を睨みつける、巨大な竜の姿が映り込む。
「なんとかなるかなあ……」
そんなことを呟き、何があっても対応できるよう、魔力を全身に覆い、ひと呼吸おいて明狼は足を踏み出した。
「おお。本当にここまで来たか」
警戒しながら近付いていった明狼を、低く響くような声でそう言い、迎える巨大な生物。
「言葉が通じるのか」
羅羽羅の言う話通じる系が、会話ができるという意味だったようだ。
「うむうむ。問題無く会話できるようじゃな。
こんなところで立ち話もなんじゃし、着いてきなされ。
大丈夫。まだそんなに警戒せんでもよいぞ」
「後で警戒しなきゃいけなくなると……」
目の前のドラゴンはその大きな口を少し開く。
明狼には、ドラゴンの表情などよくわからないが、ニヤリという効果音が見えた気がした。
「せっかく来たんじゃから、もてなすのは当然じゃろ?」




