またかよ!
「おじゃましてます」
恐る恐るといった感じでリビングに入った芽緒が、愛しい愛しい明狼の姿を視界に捉える。
その瞬間から、芽緒の視界には明狼しか居なくなる。
(加池くんだ。本当の本当に加池くんだっ!)
明狼を見つけ、表情がぱあっと明るくなった芽緒だったが、次の瞬間にはその視界はボヤけ、涙が止めどなく溢れ出てきていた。
生き残ることは困難だと思われたあの状況から、無事生還したという実感が。
自分を助け出してくれた明狼に対する感謝が。
明狼にまた会うことができた感激が。
そして何より明狼を好ましく、愛しく、好きで、好きで、どうしようもなく大好きだという感情が、堰を切ったように流れ出てきたのだった。
ダンジョンで明狼が助け出しに来てくれたあの時のように、明狼の胸に飛び込んで行きたい衝動に駆られた芽緒だったが、行動に移す前に飛んできた羅羽羅の声にくじかれてしまう。
「いらっしゃい、めおめお」
(めおめお? って私のこと? ――っていうかあなたは誰???)
たくさんの疑問が芽緒の中に湧いて出てくる。
と同時に芽緒は、ここには明狼と自分と、ここまで連れてきてくれた女性――萌美智の他に、女性が二人も居たことにようやく気付く。
(あれは、小唄さん? なんでここ――加池くん家――に小唄さんが?)
日美々の存在に一瞬困惑した芽緒だったが、
(ああそうか、やっぱり加池くんと小唄さんの間に何らかの繋がりがあって、ここにこうして居ることもおかしなことでは無いんだ……)
そう気づいて、動けなくなってしまったのだった。
「一応めおめおに自己紹介すると、私は羅羽羅、めいろの愛人みたいなもんかな?」
「あいじん……?」
(あいじんって、愛人? え? めいろって加池くんのことよね? 加池くんとそういう関係ってこと???)
「で、こっちのにみたんは知ってるよね? めいろの本妻ね」
「ほんさい?」
(ほんさい……本妻?)
「加池くん結婚してたの!?」
「いや、まだ結婚はしてないかな」
「まだってことは、いつかは?」
「愛想尽かされなければ、その、うん。いずれね」
という明狼の返答に、一番反応したのは日美々で、喜びの感情を抑えきれなさそうに、顔がほころんでいく。
「そ、そうなんですか……」
芽緒にも日美々の表情とその感情は、手に取るようにわかった。
(せっかく、ようやく、加池くんに会えたのに……)
さっきまでの感情はどこへ行ったのか、芽緒の心はどんよりとよどんでいく。
(二人とも、私とは比べ物にならないくらいの美女だし、加池くんとも確かに釣り合い取れてるし、結婚相手としても、愛人としても……。あれ?)
「加池くん、二股してるってこと?」
「いや、えっと、そう言われると答えにくいけど、そうですね。はい」
しどろもどろに答える明狼。
(加池くんのこんな姿初めて見た。かわいい……ってそんな場合じゃなくて)
「その、お二人は納得してるんですか?」
芽緒は、羅羽羅と日美々に向けて訊く。
「めいろは共有財産だからね」
頷く羅羽羅。
「できれば独り占めしたいですけど、めいろくんの魅力に惹きつけられる女が、たくさん出てくるのは仕方ないかなあ。
もちろん、簡単には認めてあげないですけど!」
腕を組んで芽緒に対して威嚇気味の日美々。
「二人とも納得の上なんですね」
(私の知る恋愛観とか倫理観とかからすれば、常識外れもいいところだけど……)
現在のこの国の一般的な価値観からすれば、異端であり、外道であり、非難の対象であり、反吐が出るような行為であろう。
一部の男からは、悲願で、僻んで、苦々しく睨みつけたくもなるようなものかもしれないが。
(でも、だからこそ、私にもチャンスがあるかもしれない)
芽緒の瞳に闘志が宿る。
(こんな美女と一対一で男の取り合いなんてしたら、私には万に一つも勝ち目は無いけど、侍らせてる美女の隙間で、おこぼれに預かるくらいなら、可能性はある、はず。よね?)
芽緒は改めて羅羽羅と日美々を見て、心が折れかけるが、自分からなにもせずに折れてる場合ではないと思い直す。
(美人は三日で飽きるって言うし! この二人に飽きるかはわかんないけど……)
そんなことを考え、覚悟を決めた芽緒。
(あの時、変わりたいと願って、今こうしてここに居るんだから、今までの私ならできなかった――やらなかった――やれなかった――なれなかった私にならなきゃ。
……小唄さんににらまれてても……こわいけども……言わなきゃ)
「あの、加池くん」
「はい」
「あの、えと、その、加池くんのハーレム? に、私も加えていただけないでしょうか!」
何故か卑下した言い方になってしまったなあと思いながらも、言いたいことを言えたという満足感と興奮から、芽緒はさらに言葉を重ねていく。
「もちろん、その、二番目くらいに大事に扱って欲しいとか、全然そんなつもりはなくて、一番下の扱いで構いませんし、家事とかも一切合切しますし、気が向いた時とか、小唄さんたちが手が離せない時とか、いっそ乱暴に欲望を満たしたい時の相手とか、そんなのでいいんで!」
芽緒はちょっとずつ明狼との距離を物理的に詰めながら話し続ける。
「私の見た目が良くない事はわかってますから、顔を見えないようにしろと言うなら隠しますし、整形しろって言うなら整形でもなんでもします!」
「ちょっと落ち着いて」
戸惑う明狼にさらに芽緒は詰める。
「私、顔はアレですけど、身体は悪くないと思うんです! おっぱいも大きいです! 見ますか!? 触りますか!? 試しに揉んでみますか!!?」
あの女の整形でも、苦しめられ続けてきた、不快な視線を集め、いっそ無い方が良いとすら思っていた大きな胸も、使えるものはなんでも使ってでも、自分はこの男の側に居たいんだなと思いながら、芽緒は明狼に迫る。
「加池くんのことが好きなんですっ! 加池くんの為なら何でもできますっ! どうか、お願いします!!」
そう言って芽緒は上着を脱ぎ捨て、下着を外そうと手をかける。
「さすがに、ちょっと、ごめん」
そう言った直後に、明狼は叫ぶように言う。
「またかよ!」
芽緒には、明狼のその発言の意味するところはさっぱりわからなかったが、明狼がナニカをしたことは察知していた。
そして、それがおそらく不発に終わったということも理解できたし、それ故の明狼の言葉だったのだろうと思った。
とにかく、明狼が何をしてようと、ここまできて芽緒に引き下がるという選択肢は無く、はしたなかろうと恥ずかしかろうと、この後どうなろうと、僅かでも自分に何らかの魅力を感じて貰うんだと、心の中で気合いを入れ直したところで、芽緒の思考は途切れた。




