いつかどこかで見聞きした話
「二人ともおはよう」
リビングで、日美々からのプレゼントである、マグカップを手にした羅羽羅――今日のTシャツの文字は『愛の伝道師』――が声を掛けてくる。
「おはようございます!」
「おはよう、って時間でもないけど」
ニコニコと笑顔を浮かべ、全身に幸せオーラを纏い、肌も日頃よりつやつやと輝いているようにすら見える日美々と、どこかばつが悪そうな表情の明狼。
日美々も羅羽羅も、そして明狼自身も、この関係性を認め、受け入れているはずだが、どこか後ろめたさがあるのもまた事実だった。
そんな明狼の心境などお構いなしに、羅羽羅は日美々に向かって話はじめた。
「ねえにみたん。どこで目にしたか覚えてないけど、最近思い出した言葉があってね」
「うん」
「男は千人の女を抱きたいと願い、女は一人の男に千回抱かれたいと願う――って」
「へええ」
「男は遺伝子を残すためにより多くの相手を求め、女は自分が認めた優秀な男との間に、より確実に子を残すために、何度も求めるって感じの意味らしいんだけど」
「うんうん」
「男側からの浮気の言い訳とか、女には一途であって欲しいって想いとか、女側からの浮気なんてするわけがない、って主張のために生まれた言葉だと思ってたのね」
ここからが本題だとばかりに、羅羽羅の瞳に炎が宿る。
「でも、あながち間違いじゃないかもって思ってて」
「はい」
「だって正直な話、めいろとなら、千回どころか一万回だってシたいと思わされちゃってるんだよね」
「わかります!!」
「にみたんもわかってくれる?」
「わかってあげられます!!!」
「だよね!」
「はい!」
意気投合した羅羽羅と日美々は、両手を握り合い、ぶんぶんと上下に振り回す。
そんなテンションの高い二人をよそに、そんな話は自分の居ないところでして欲しいなと、気まずそうに顔をしかめる明狼。
「ただね」
急にテンションを落として話し始める羅羽羅。
「はい?」
「これが間違ってないとなると、問題が出てくるんだよね」
「え? 何ですか?」
「つまり――めいろも千人、一万人と女を抱きたいって思ってるってこと」
「それはたしかに大問題です!」
「いやいやいや、そんなこと思ってないから」
今まで静観してきた明狼だが、さすがにこれは看過できずツッコむ。
「口では何とでも言えるからなあ」
と羅羽羅。
「体は正直ってやつですね!」
と日美々が続く。
「そそ。なんだかんだで、仲良くなって迫られたら、受け入れるのがめいろだからねえ。
現に、今この家にいる女全員に手を出してるわけだし」
言われたい放題の明狼。
今この家にいる女は、羅羽羅と日美々だけであり、サンプル数『二』の統計に何の意味もないだろうが、それでも事実は事実なため、此処から先は再び口を噤むことにした。
羅羽羅と日美々は、そこからしばらくキャアキャアと会話を繰り広げていたが、萌美智の登場で打ち止めとなった。
萌美智は明狼と羅羽羅にしてみれば姉も同然の存在であり、普段であれば、彼女がここに現れたところで部屋の中の空気が変わるようなことは無い。
しかし、今回は違った。
萌美智は一人ではなく、同行者を連れての登場だったからだ。
「おじゃましてます」
そう言いながらリビングに入ってきたのは、ダンジョンと化した学校の男子トイレで身を潜めていたところを、明狼が助け出した、クラスメイトの塀所芽緒だった。




