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二人の時間

 ノックの音を聞いた日美々は、とりあえず身だしなみを整える。


 髪、パジャマ、そして下着に於いても抜かりなし。


(ま、めいろくんからここに来る可能性は殆どないけどね)


 日美々の明狼への評価は、主体性に欠ける人物である。なんの約束もなく日美々の部屋へやって来るとは到底思えなかった。


 それでも万が一があるかもしれないと、身だしなみを整えてしまう自分自身に、日美々は笑ってしまう。


「はーい」


 日美々が部屋のドアを開ける。


「邪魔するよん。にみたん」


 はたしてそこには、「キューピッド」とプリントされた白いTシャツを着た羅羽羅がおり、日美々の部屋へと入ってきた。


「昨日のことを謝らなきゃなって」


 羅羽羅は申し訳なさげな表情で日美々を見る。


「あー……」


 日美々にはその謝罪に心当たりはあったが、とはいえ謝られるべきかと問われると、その必要はなさそうに思えて、返事に困ってしまう。


「自分でもびっくりしてるんだけど、我慢できなくて。ごめんね」


「いや、そんな、謝ることでもないというか、なんというか」


 昨晩、日美々は意を決して明狼の部屋へ突撃するつもりだったのだが、そこにはすでに先客――羅羽羅が居たのだ。


 部屋の外からそれに気付いたの日美々は、何もすることなくすごすごと引き返したわけである。


 そして、こうして謝罪に来たということは、羅羽羅も部屋の中で日美々の気配に気付いていたということであろう。


 日美々が今日、仁雄優(におゆ)たちに会う前、明狼から様子がおかしく見えたのも、それが理由であった。 


 相当な覚悟の上での行動が空振り、明狼と羅羽羅は二人きりでの時間を過ごしているという事実が、日美々にもやもやとした感情を抱かせていたのだった。


「そう。たしかに謝ったところで過去は変わらない」


 先程の羅羽羅の表情はどこへ行ったのか、胸を張って挑発的な視線を日美々にぶつける。


「ということで――行きましょう!」


「え? どこへ?」


「めいろんとこに決まってるでしょ!」


 ビシッと指をさす羅羽羅。


「にみたん! ちゃんとした下着つけてる?」


「え? えと、はい」


「じゃあ行こう!」


 羅羽羅に腕を掴まれる日美々。


「えと、あの……三人で?」


「へ?」


 ポカンとする羅羽羅だったが、すぐに日美々の意図を理解したようで、


「いやいや。それはいつかに取っておこうか。今日はさすがに遠慮しとくよ」


 と、笑いながら答える。


「あ、あと」


「まだ何か気になる?」


「二日連続って大丈夫なんでしょうか? めいろくん」


「え。あー、大丈夫じゃない? 若いし。わかんないけど」


 



 ――トントン。


「はーい」


 部屋の中から明狼の返事があり、部屋のドアが開かれる。


「え」


 日美々は羅羽羅に腕を引かれた後、明狼の姿を確認する間もなく背中を押され、明狼に抱きつくような格好になる。


「じゃ、後はよろしくね。めいろ」


 羅羽羅はそう言うと、そのままカチャっとドアを閉め、部屋の中は二人だけの空間となった。


 日美々は、心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じながら、抱き着いている明狼にも伝わってしまっているんじゃないかという恥ずかしさの中で、顔を見ることもできずに言った。


「お、おじゃまします」

  

「うん。

 えっと……とりあえず、座ろうか」


 二人は明狼のベッドに横並びで座る。


 そして、しばらくの沈黙を破ったのは日美々だった。


「あの!」


 びくっと明狼が反応する。


 思っていたより声が大きくなってしまったことに羞恥を抱きつつ、日美々は続ける。


「めいろくんにお願いがあって」


「うん」


「尻尾を撫でて欲しいなって」


 日美々は、自慢の尻尾を明狼に差し出すように見せる。


 獣人の仲間たちによると、尻尾はホイホイと他人に触らせるものではないらしく、特に女性は最愛の人以外には触らせてはならない、そんな掟がある種族も居るという話だった。


 日美々にはそんな掟などはないものの、自分の尻尾を他人に触らせたことも、触らせようと思ったこともなかった。


 初めての経験を前に、日美々は胸の鼓動はどんどん早くなっていく。


「こんな感じで大丈夫?」


 明狼に尻尾を愛撫された日美々は、未体験の感覚に――快感に襲われる。


「ふぇあぇ」


 日美々の声に思わず手を離す明狼。


「あ」


「ごめん。変なとこ触っちゃった?」


「ううん。大丈夫だから――続けてほしい」


 日美々はとろんとした潤んだ瞳で明狼を見つめる。


「はぁ…………ぁ……ん……」


 尻尾を明狼に撫でられる度に、日美々の呼吸が荒くなり、嬌声(きょうせい)が漏れる。


(めいろくんの顔、めいろくんの声、めいろくんのにおい、めいろくんの手)


 日美々のあらゆる感覚が明狼を捉える。


「んんん」


 不意に、日美々の視界を明狼の顔が独占し、ついには五感の残り一つである、味覚も明狼を感知した。

 

「ん〜〜〜〜」


 明狼の口によって行き場を失った、日美々の喉から生まれた振動は、甘美なしびれとなって、脳を優しく揺さぶる。


(めいろくん……)


 五感の総て、明狼に包まれた日美々は、自らの全部を明狼に委ねた。

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