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甘える羅羽羅

 明狼に飛び付いた羅羽羅は、その胸元に明狼の顔を押し付けるように抱きしめる。


「んおい」


「ありがとめいろ!」


 押し退けようとする明狼などお構いなしに、羅羽羅はそう言い、抱き着いている明狼の後頭部をわしゃわしゃと雑に撫で回す。


 日美々は、頬を紅潮させ明狼を撫で回す羅羽羅を見て、少し意外さを覚えていた。


 羅羽羅にしてみれば、明狼が助けに来るのも、無事自身を救い出すことも、順当な動きであり、順当な結果でしかなく、そこに喜びを見出すことなどないかと日美々はどこか思っていた。


 しかし、羅羽羅が明狼を抱き締めたままでいるのは、単純にそうしていたいということもあるだろうが、今の自分の表情を明狼に見られたくない、という気持ちが強そうだなと日美々は見ていた。


 ひとしきり明狼の頭を堪能した羅羽羅は、明狼に絡みつけていた脚を離し、足を床に付け明狼を見つめる。


 そして――羅羽羅は自らの唇を明狼の唇に押し当てていた。


「あー!」


(ずるい!!)


 日美々が指差して叫ぶ。


 唇どうしの接触に満足した羅羽羅は、明狼の首に腕を回したまま頬同士をくっつけるように抱き着く。


 日美々からは、明狼の顔の向こうに羅羽羅の頭があるため、はっきりとはわからないが、羅羽羅の耳が赤く色付いて見える。


 傍若無人に明狼と唇を重ねた羅羽羅ではあるが、明狼にも日美々にも、今の表情は見られたくないのであろうと日美々は理解する。


(らうらさんかわいい! でもやっぱりずるい!)


 羅羽羅を羨ましく思う日美々だったが、ここからしばらくは羅羽羅のターンと受け入れることにした。


「大丈夫か?」


 明狼が羅羽羅に訊く。


「もちろん」


 羅羽羅が答える。


「それはよかった」


「おかげさまで」


「んー……」


 明狼は逡巡したような表情を浮かべて、何か言い淀んでいる様子だったが、結局言わずに飲み込んだようだ。


「じゃあ帰るか」


「そうね」


 そう言ったきり、羅羽羅は抱き着いたまま動かず、明狼も動かない羅羽羅に困惑した表情で立ち尽くす。


「えーと? 羅羽羅さん?」


「何?」


「帰りますよ?」


「うん」


「うーん……」


 明狼は助けを求めるような表情で日美々を見る。


 日美々は羅羽羅の意図を()()()()()()()()ので、明狼に微笑みかけて黙って見守ることにした。


「帰るから、一旦離れようか」


 明狼は諭すように言う。


「えー」


「えーじゃなくて」


「歩きたくないー」


 幼児のような甘え方とわがままを言い出す羅羽羅に、明狼は再び日美々に助けを求める。


「突然のことで靴も履いてないですし、らうらさんをおんぶしてあげたらどうですか?」


 日美々は要請に応え助け舟を出す。


「それでいいか? 羅羽羅」


「ん」


 羅羽羅が頷いて、明狼の首に回していた腕をほどく。


 一時の自由を得た明狼は、羅羽羅に背を向け腰をかがめる。 


「えい」


 羅羽羅は明狼の背に抱き着くと、明狼の頬に自らの頬をこすりつける。


「じゃあしゅっぱーつ!」


 羅羽羅の号令で、一行は歩き始めた。




 もうすぐ、学校の昇降口――ダンジョンの出入口というところで、羅羽羅は日美々に話しかける。


「にみたんにお願いがあるんだけど」


「はい。なんですか?」


「今日はめいろと二人きりにしてもらいたいなと」


 もう数時間もしないうちに日付が変わり、明狼と羅羽羅の()()()()だ。


 その場にいるのは、たしかに邪魔だろうし、日美々も邪魔したい訳ではない。


 ダンジョンなんてものが現れ、この先世界がどうなるかわからないし、何より通っていた学校がダンジョンと化してしまった。落ち着いて身の振り方を考える必要があるだろうと日美々は思案する。


「はい! さすがに今日はおじゃま虫ですからね!」


「本音は?」


 からかうように羅羽羅が訊く。


「すっごく羨ましくて妬ましいです!」


「素直でよろしい」


 日美々の百パーセントの本音という訳でもないが、そう思っている自分がいるのも事実だった。


「とりあえずこのままにみたん()まで送っていって、明日の夕方くらいに明狼に迎えに行かせるから、適当に荷物まとめといて」


「荷物? 何の荷物ですか?」


「明日からにみたんも、(うち)で一緒に暮らすんだよ?」


「え!?」


「ここもダンジョンと化し(こんなことになっ)ちゃって、学校どころじゃないし、めいろの面倒を見てもらわなきゃいけないし、一緒に住む方がいいでしょ」


「邪魔じゃないですかね?」


「明日以降なら」


「えと、めいろくんも?」


「うん」


「じゃあ、はい」


 勢いと流れで頷いてしまったが、こういうのはその場のノリで決めることも必要だろうと、今はこれ以上考えることを日美々はやめた。




 人に見つからないようにダンジョンから出るのに、【隠密】の魔法の効果を最大限引き上げる為、明狼は羅羽羅をおぶったまま、日美々と手を繋いで進む。


 無事ダンジョンを脱出した明狼たちは、そのまま日美々の住む家へと向かい、玄関の中、三和土の上に居た。


「じゃあ明日、めいろを迎えに寄越すから」


「はい。待ってますね」


 日美々は両手で拳を作ってみせる。


「頼りないかもしれないけど、ここにも【結界】を張っておく」


「めっっっちゃ頼りになります!」


 日美々は力強く頷く。


「じゃあにみたんまた明日ね」


「はい。明日からお世話になります」


「にみ。また明日」


「はい!」


 日美々はそう言うと「んー」と少し思案して、明狼に耳打ちで助言する。


「わかった」


 明狼は頷きながら答える。


「何の話?」


 のけ者にされたように拗ねる羅羽羅を、明狼が抱え上げる。


「ほえ?」


 急激な視線と体勢の変化に、素っ頓狂な声を上げる羅羽羅。


 彼女は今――いつかの日美々と同じように――明狼によって、いわゆるお姫様抱っこをされていた。


 もちろん、日美々の指示である。


 羅羽羅を抱えたまま、明狼は星空の下へと飛び出していった。 

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