体育館にて待っている
頭に二本の角が生えた男が突然現れ、目の前にいた。
人間ではなく、魔族などと呼ばれそうな見た目をしている男。
しかし、日美々にはその顔に見覚えがあった。
「伊藤くん?」
すっかり変貌してしまっているが、同じ学年だが別のクラスの男子だったはずだ。明狼を知っていることからもおそらく間違っていないだろう。
「知り合い?」
明狼は日美々に訊ねる。
「同じ学年の伊藤留義統くん……だと思う」
クラスメイトですらわかっていない明狼である。同じ学年という繋がりでしかなければ、日美々ですらあやふやなただの一生徒のことなど、なおさら知っている理由がない。
しかし、向こうは明狼に何やらこだわっているようだった。
「お前にも、地獄を見せてくれてやろうとここまで来たが、この場では俺の力を出しきれないか」
伊藤留義統と思しき異形の男はそう言うと、隣にいた羅羽羅の腕を掴む。
日美々は咄嗟に、立ち上がろうしたが、身体が固まったかのように動かなかった。
「え?」
そして、冷静に考えれば、もっと早く何らかの対処をしているはずの明狼も、動けないでいることに気付く。さらに、羅羽羅もこの状況でずっと大人しくしているような性格ではないはずだ。つまり、この場にはそれぞれに対して、何らかの行動制限が掛けられているようだった。
「体育館にて待っている。女を無事に救けたければ来るがよい」
そう言い残し、羅羽羅を連れて異形の男は消えた。
同時に、身体を縛り付けていたナニカが消え、自由を取り戻す。
「めいろくん……」
日美々は明狼の表情を窺う。
明狼は目を閉じ、ふーっと深く息を吐く。
日美々は明狼から、今まで一度も見たことのなかった強い怒りを感じた――それが、さらっていった異形の男に対してなのか、何もできなかった自分自身に対してなのかはわからないが。
怒りに支配された明狼がどんな行動を起こすのか、日美々にはわからないが、強い感情に任せて行動することが良い方向に繋がるとは思えない。とはいえ、下手に声を掛ければ火に油を注ぐような結果にもなりかねない。どう声を掛ければいいか――と考える前に日美々の身体は動いていた。
「え?」
素っ頓狂な声を上げる明狼。
「落ち着いて。めいろくん」
そんな明狼の頭を、自分の胸に押し付けるようにして日美々は優しく抱きしめる。
――どれくらいそうしていただろうか。
(これ、どうしよう……)
後先考えない自分の行動に、若干後悔し始めた日美々に、明狼が声を掛ける。
「ありがとう。にみ。大丈夫。落ち着いてる」
胸元から聞こえてくる――胸元に響いてくる、明狼の声に、悦びとくすぐったさを感じて、日美々は明狼の後頭部に回していた腕の力を緩める。
見下ろす形で明狼と一瞬だけ目が合うと、日美々はすぐに顔ごと背ける。
(うぅ……。顔暑い……)
「えっと……じゃあ急いでらうらさんを救けに行かないと、だね」
恥じらいを誤魔化すように言う日美々に、明狼は意外な態度を見せた。
「救けにはもちろん行くけど、まずは腹ごしらえしよう」
「え?」
「腹が減っては戦はできぬ、だし、急いては事を仕損じる、とも言うし」
落ち着いてと言ったものの、この態度は落ち着き過ぎではないか? いや、羅羽羅を攫われたことでおかしくなってしまったのか? そんな風に心配しながら、日美々は明狼の顔色を窺う。
「大丈夫」
よほど日美々が不安な表情をしていたのだろう。再び明狼はそう言って日美々を見る。
日美々は明狼の目を見て、本当に大丈夫そうだと理解した。
(めいろくんの真剣な眼差しカッコいいなあ~……じゃなくて、あんなはしたないことをしちゃったし、むしろ私のほうが混乱していたくらいなのかもなあ)
そんな風に思うと、それどころではなかったが故に意識の外にあった空腹感に気付く。
幸いなことに、用意されていたのがおにぎりだったので、慌てはしないまでも手短に二人で食べる。
そして、再びダンジョンへ行く為の準備をしながら、日美々は明狼に訊ねる。
「私は留守番してたほうがいいかな?」
日美々としては、足を引っ張り、余計な負担になるくらいならば、明狼一人で行くほうが良いのではないかと考えていた。
しかし、明狼はそんな日美々に、
「いや。一緒に行こう」と誘う。
「ここが安全とも言い切れないし」
食事と支度を済ませ、明狼と日美々は再び、昨日まで通っていた元学校――ダンジョンに足を踏み入れていた。
日美々としては、体育館に行くまでに明狼をあまり消耗させたくなかったので、道中の戦闘を申し出たが、明狼に断られていた。
実際、あっさりと体育館入り口までたどり着いた二人は、顔を見合わせる。
「じゃあ行くよ」
明狼がそう言い、日美々が頷く。
明狼が扉を開け、体育館の中へと進んでいく。
体育館内の様子は、日美々の記憶にあるものと概ね変わらなかった。
しかし、正面奥のステージには、羅羽羅が座らされており、その隣には異形の男――伊藤留義統が仁王立ちしてこちらを見下ろしていた。




