我が家で待つモノ
「これがハーレム引力……」
芽緒を背負っている日美々がボソッと呟く。
「うん?」
「ううん。なんでもないよ」
なんでもないと答えながら、日美々は背中の芽緒のことを考えていた。
(塀所さん、明らかにめいろくんのことをいつも、恋する乙女って表情で見てたし、めいろくんが【転移】の為に仕込んだあの場所に居たのも、たまたまとか偶然ではないような気がする。
どんな理由で塀所さんがあの場所にたどり着いたのかわかんないけど、めいろくんが惹きつけたっぽいし、らうらさんのいうハーレム引力ってのもあながち間違いじゃ無さそうだなあ)
芽緒を背負った日美々と明狼は、来た道を戻る。道中にいたゴブリンたちは一掃した後だったので、ダンジョンと化した学校を出るのに時間も苦労もかからなかった。
すっかり暗くなった外へ出ると、明狼は電波の繋がったスマホで学校を出たことと、生き残った人が居て、連れて帰ることを報告していた。
もちろんその間も、芽緒を背負った日美々と明狼は手を繋いだまま、明狼の魔法で普通の人間にはほとんど認識できないようにしている。
報告を終えた明狼の、芽緒を背負う役目を引き継ぐという提案を日美々は拒絶し、芽緒を背負ったまま数分歩き、明狼の住む家にたどり着く。
帰ってきた明狼たちを玄関から出て迎えたのは、羅羽羅ではなく、烏寄萌美智という女性だった。
萌美智は、明狼と羅羽羅の母親代わり――と言うと、十歳も離れてない子に母と呼ばれるのは不本意だと怒る――いや、姉代わりとして二人の生活の面倒を見てきた女性で、明狼が不知川に頼んだ銃や、日美々が今着ている服を用意し、持ってきた人物でもあり、何かあった時の為にこの家に残って待っていたようだった。
「おかえり明狼」
「ただいま姉さん」
「日美々ちゃんもおかえり」
「ただいまです」
萌美智は日美々に微笑む。
(萌美智さんも美人さんだなあ。らうらさんが拾ってきたとか言ってたけど……めいろくんのハーレム引力によるものだったりするのかなあ? むむむ……)
ダンジョンで芽緒に会ったことで、日美々はハーレム引力説を完全に信じてしまっていた。
「ん? どしたの日美々ちゃん? 私の顔に何か付いてる?」
「え? いや、あの……」
日美々の探るような視線に気付いた萌美智にそう訊かれ、日美々は慌てる。
「萌美智さんは美人さんだなあと」
「そう? ありがと」
萌美智は笑いながら答えると、
「大丈夫よ。明狼を取ったりしないから」
「あ――その……」
心の中を見透かされ、日美々は言葉を失う。
「ま、今のところそんなことしたら羅羽羅に何されるかわかんないからね」
と、萌美智の呟く声は、日美々の耳には届いてなかった。
「そんなことはさておき、その子がダンジョンに居た生き残りでいいのよね?」
「うん」
「その子の名前とかはわかる?」
という萌美智の問いに、明狼は日美々に視線を送って助けを請う。
「塀所芽緒。クラスメイトだった子です」
日美々が答える。
(クラスメイトだった、か)
自分の発言に、学校での平和な日々はすでに過去のものとなっているんだなと思いながら。
「めおちゃんね。こっちで預かるから、車に乗せてもらえる?」
萌美智がそう言いながら、停めてある車へと歩いていく。
「ケガとかは大丈夫そう?」
「見た感じケガはしてないと思うけど、ダンジョンの中に一人で一日以上居たわけだから、精神的にかなりの負荷がかかってそうに見えた」
明狼が答える。
そんな明狼を盗み見るようにしながら、日美々は思案する。
(私が勝手に言っていいのかわからないけど――仕方ないか)
車の後部座席に芽緒を下ろした日美々は、運転席に乗り込もうとする萌美智に耳打ちする。
「もしなんですけど、塀所さんが目を覚ました時に錯乱しているようだったら、めいろくんの名前を出せば、たぶん落ち着くと思います」
明狼が極力人と関わることから避けようとし続けていは、日美々もよく知るところであり、芽緒を助けるという判断をしたのは明狼自身ではあっても、どこまで関わることを許せるのかは日美々には分からなかった。とはいえ、やはり直接助けたのは明狼であり、心情も込みで芽緒はおそらくは明狼が助けに来たと思っているはずだ。
何かあった時、芽緒にとっての一番の薬は明狼のはずで、名前を出せばそれだけ関わりが深くなってしまう可能性がある――日美々にとってもそれがいいことなのかはわからない――が、明狼なら最終的になんとかできるだろうと日美々は結論付けた。
「なるほどー……おっけー」
萌美智が頷く。
「じゃあ私は行くから、二人はゆっくり休んでね」
萌美智が車に乗り込んだところで、明狼が何かを思い出したようで声を上げる。
「あ、そうだ。これ」
明狼はリュックサックから青い瓶を取り出し、萌美智に渡す。
「ダンジョンの中で手に入れた、おそらくポーションの類。
害は無いとは思うけど、飲むのはあんまりオススメできない」
明狼はそう説明した。
「ふーん……」
萌美智は受け取った瓶をまじまじと見つめる。
「ありがとう。調べてみる」
萌美智はそう言って、受け取った瓶をポーチに入れる。
「他に伝言とかある?」
「あとは直接報告するよ」
「ん。おっけー」
そう言うと萌美智は、車のエンジンを掛け、走り出していった。
萌美智を見送った後、明狼に「家に入ろうか」と促され、日美々は明狼と共に歩き出す。
明狼が玄関のドアに手を掛けると、そのまま固まったように動かなくなった。
「めいろくん?」
日美々は明狼の顔を覗き込む。
「うーん?」
明狼は首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。かな?」
明狼は何らかの引っ掛かりを感じ、その要因を探っていたようだったが、特に見つからず、数秒経ってからドアを開けた。
羅羽羅はリビングで、「聖女」と胸にプリントされた白いTシャツ姿で二人を迎える。
「二人ともおかえり」
「「ただいま」」
「じゃあめいろ。おかえりのちゅーを」
羅羽羅は口をすぼめて明狼にアピールする。
「いや、急にそんなことされても……」
「まったく。照れなくてもいいのに」
やれやれと肩をすくめる羅羽羅は、本心では残念そうにしているように日美々には見えた。
「残りわずかで貴重な聖女羅羽羅さまからのおかえりのちゅーなのになあ」
「残りわずか? ああ!」
日美々は納得したように声を上げた。
「じゃあ、にみたん。おかえりのちゅーしようか」
「ええ!? 私ともですか!?」
「ともってか、俺とはしてないけどな」
「めいろは細かいことを気にするなあ」
再びやれやれという表情を見せる羅羽羅。
「それはともかく、お疲れ様。まあ座って座って」
羅羽羅はそう促すと、テーブルの上にラップのかかった皿を置く。
「お腹空いたでしょ? これおにぎり。まあ、握ったのは萌美智だけどね」
羅羽羅がそう言い終わった瞬間だった。
羅羽羅のすぐ隣で、突然の現れた正体不明のナニカが、強烈な存在感とどす黒いオーラを放つ。
「よう加池。挨拶もなく帰るとはつれないな」




