その4
「お母さん、絶対におかしなことをしたらだめだからね」
「わかってるよ。雪子」
誠司さんと別れた後、私、いや、おばあちゃんは叔母さんの車に乗って家に戻る。叔母さんは私の荷物を取ってから、すぐに私の家に車を走らせた。
車の中で叔母さんは終始心配そうだ。
私もものすごい心配だ。
何もやらかさないで~~
家に帰ると早速、おばあちゃんはお母さんに「雨子」って呼びかけて、お父さんには「和夫くん」って。叔母さんがフォローしてくれたからよいものの。恐ろしい。
風呂に入って、ちょっと反省したおばあちゃんは問題を起こすことなく、私として両親に対応してくれて、部屋に戻った。
「みなみちゃん。体を貸してくれてありがとう。本当に。あなたとはほとんど会ったことなかったけど、雪子から話はよく聞いていたよ。明日まで辛抱してくれる?死んだ後にこんな形で誠司さんに会えるなんて、本当神様はいたんだね~」
おばあちゃんは私の口を使って、ずっと私に語り掛けていた。
心の中で語るとかそんなことできないのかな?
おばあちゃんの語りは止まれなくて、気が付けば私は意識を失っていた。
こういう状態で眠れる自分に本当にびっくりした。
次に目覚めると、すでに朝で、おばあちゃんは、なんともう起きていて、お弁当を作っていた。
「みなみ。あなたいつも間にこんなに料理うまくなっていたの?これなんて、おばあちゃんが得意だった料理じゃない」
それは牛肉のインゲン巻きで、そのほか鮭の塩焼きとか作っていた。
おばあちゃん、いつ起きたんだろう。
母はひたすら驚いていた。
「じゃあ、雨子。余った具は適当に使っていいから」
おばあちゃんは、本当に手際がよくて、弁当箱、お父さんのものなんだけど、勝手に使って、ご飯と具を詰めて、二人分の弁当を作ってしまった。
「みなみ。どうしたの?私を名前でなんか呼んで」
ああ。おばあちゃん、そこは気をつけてほしかった。
「はは。たまにはいいだろう」
よくないから!
母は完全に混乱している。
体を返してもらったら、叔母さんと一緒に説明が必要だな。
「行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
呆然とした母に見送られ、私ことおばあちゃんは家を出た。
高校は歩いて通える距離にある。
伊子川の家がどこにあるかは知らないけど。
「歳子さん!」
「誠司さん!」
どうやら伊子川、いや誠司さんは待ち伏せしていたみたいだ。
二人は抱きしめて合い、ちょっと待って!
え?
え?
なんでそんな濃いの?
そういえば、昨日もすごい距離感近かったよね。
だって、五十年前って言ったら、男女は気軽にハグしたりしないでしょ?
ああ、見てよー
周りがぎょっとしている。
ああ、なんで私は体を貸してしまったんだろう。
しかも伊子川はなんかいい匂いするし。
男なのに〜〜。
私よりいい匂いかもしれない。
なんか色々ショックだ。
私たちの体を乗っ取ったおばあちゃんと誠司さんは本当にやりたい放題だった。
普段話しかけてくる友達も、私っというかおばあちゃんがずっと伊子川、誠司さんと一緒にいるから遠巻きに見ているだけだし。
なんていうか、これで友達無くしたらおばあちゃん、恨むからね。
昼食は屋上でおばあちゃんが作った弁当を食べて、いちゃいちゃ。誰か見られていたら、憤死する。
多分、今魂だけの状態のはずなんだけど、夕方になるまで私はぐったりと疲れてしまった。
なんていうか乗っ取られている間記憶がないとか、そういう状態がよかったなあ。
「歳子さん、最後はクリスマスツリーでお別れしよう」
「そうだね」
一日だもんね。
うん。
「電車に乗っていこうか」
「うん」
え?ちょっとそのまま行くんですか?
家に連絡〜〜。
「あ、ちょっと娘に連絡するね。あ、これ、どうやって使うのかな」
おばあちゃんが私のカバンから取り出したのはスマートフォン。
叔母さんが教えたはずだけど、覚えてなかったみたい。
「こうやって使うんだよ」
伊子川じゃない、誠司さんはスマホをひょいひょいと操作する。
「すごいね」
「まあ、今年の初めまで使っていたから。大介に教えてもらって」
なるほどね。
そう言えば誠司さんは今年亡くなったって言っていたっけ。
「誠司さんはどうやって死んでしまったの?」
「も、も ちを喉に詰まらせて」
「冗談?」
「……」
「本当?ははは。信じられない話だね」
「そういう歳子さんは、」
「わたしゃ、階段から足を滑らせて」
そう言えば、そんな話を聞いたっけ。
「それは痛かっただろう?」
「いや、頭の打ちどころが悪くて、一発で意識が亡くなってそのままだよ。それより誠司さんは辛かっただろう?息できなくて」
「ああ。本当つらかった。だから成仏できなかっただと思う」
しんみりしちゃった。
っていうか、なんていうか。
「まあ、そのおかげでこうして誠司さんと会う機会ができてよかったよ。生きてるうちは何かとしがらみが多かったからね」
「そうだね」
誠司さんは笑う。
伊子川の笑いとはちょっと違う、素朴な微笑みだ。
これは、なんか萌える。
擦れてない感じで、伊子川もこんな風に笑えばいいのに。
まあ、そんなこと私が思っても仕方ないけど。
無事にお母さんに連絡して、納得したのかは謎でちょっと怖いんだけど、私たちは昨日の場所へ向かった。電車に乗って四つめの駅で降りた。
いつも叔母さんが車で迎えに来てくれたらから、なんだかこの駅で降りるのは初めてだ。
「さあ、行こう」
「うん」
誠司さんに言われ、私、おばあちゃんは頷く。
手を繋いでますよ。
本当、この人たち、恥じらいとかないのかな。
昔の人なのに。
もちろん手を繋いで歩くカップルでは普通だから、誰も私たちを見たりしない。
……本当はカップルでもなんでもないんですよー。
まあ、あと三時間くらいの我慢だ。
伊子川、誠司さんの手はあったかい。
手袋をお互いしていないから、冷え切ってるはずなのに。オカシイ。
「ご飯食べようか」
「うん」
お金あったよね?
不安になったけど、どうやら誠司さんが奢ってくれるらしい。
伊子川に奢られると思うと、なんだかもやもやしたけど、今の彼は誠司さんだ。おばあちゃんに夕食をご馳走しているんだ。
二十五日の夜。
そういえばお母さん、ケーキ予約してたよね。ああ、悪いことしちゃった。
そんなこと思っていると二人は食べ終わって、席を立つ。
残りの時間はあと1時間半くらい。
なんだか二人とも黙って、手を繋いで歩いてくる。
うう。おばあちゃんの切ない気持ちが伝わってきて、私も泣きそうだ。
本当におばあちゃんは誠司さんのことが好きだったんだ。
「クリスマスツリーがあるね」
「そうだね」
昨日消えてはずのクリスマスツリーがそこにあった。
「誠司さん。また会えて嬉しかったよ。ずっと会いたかったけど、勇気がなかった」
「僕もだ。連絡を取ろうと思えばとれたのだけど。僕たちは別の道を選んだからね」
「うん。そうだね」
「最後にキスしてもいい?」
「だめだよ。誠司さん。この体は私たちのものじゃないだろう?」
「そうだった。大介に怒られるところだった」
「私もだよ」
あんた方、人の体で何しようとしてんだよ!
ちょっとドキドキしちゃった。
「それじゃあ、抱きしめるだけで」
それもっと思ったけど、もう何度もハグされているし、仕方ない。
あと今私はなにもできないし。
「誠司さん」
おばあちゃんが誠司さんに手を伸ばして、抱きつく。
誠司さんはおばあちゃんを包み込むように抱きしめた。
あったかい。
「時間だ」
「時間だね」
「みなみ。ありがとう。本当に」
「大介。あとはしっかりやるんだぞ」
え?
ふいに全ての感覚が戻ってきた。
わ、わたし、抱きしめられている!
「い、伊子川!ちょっと」
彼は何も答えず、背中に回っていた手にもっと力がこもった。
え?わたしだけ、体に戻ったの?
まだ誠司さんは中にいるの?
「あ、あの、もう私、おばあちゃんじゃないんですけど」
「知ってる。田形」
「な、伊子川!」
伊子川、本人じゃん。
な、なんで!
「こら、いちゃつくのはやめなさい!」
どこから叔母さんが現れそう言ってくれて、伊子川は手を離した。
頬が真っ赤に染まっていて、なんだかいつもの彼じゃないみたい。
「……二人とも、元に戻ったのよね?」
「はい」
「うん」
「ユキ、恋人たちの邪魔をしちゃワルイよ」
叔母さんの他にも声がして、振り向くとそこには外国人がいた。がたいのいい髭面、ちょっと怖い感じの外国人。とてもアニメなんて興味がなさそうな。
そうこの人が叔母さんの旦那さん。
「恋人。じゃないわよね?二人は?」
「もちろんです!」
「今はです!」
「何、言ってるのよ。伊子川!」
「ははは。やっぱりね。四人でお茶しよう。帰りは送って行くよ。二人とも」
叔母さんが豪快に笑って、私たちは近くのファミリーレストランで飲み物を飲むことになった。
伊子川もアニメ好きで、叔母さんたちとものすごい盛り上がっていた。
私は漫画も小説も読むけど、そこまでアニメにはハマっていないから、ちょっと引き気味だったけど。
「雪子さん。ありがとうございました。ジョナサンさんも」
ファミレスを後にして、まずは伊子川を家に送る。車から降りた彼は二人に頭を下げた。
私には?
「田形。明日学校でまた会おうな。楽しみにしているから」
「あ、うん」
誠司さんが中にいた時のような素朴な微笑みを向けられて、私は素直に答えてしまった。
は、反則だ。
なんで前みたいは軽薄な笑みを見せないのよ。
「じゃあな。ありがとうございました」
私には手を振って、叔母さんたちに頭を下げてから彼は背を向ける。
「ふふふ。いい感じじゃない」
車を出しながら叔母さんが笑った。
「いい感じって、別に」
なんだか変な感じ。
☆
家に送ってもらって、お母さんたちがクリスマス一緒に祝えなかったと寂しそうだった。
ごめんなさい。
ケーキは明日食べることにして、もう遅いのでシャワーを浴びて寝ることにする。
シャワーから戻ってスマホを確認していると、メッセージ受信。
『田形。昨日からうちのおじいちゃんがごめん。だけど、俺は田形と近づけて嬉しかった。色々噂になるかもしれないけど、気にするな。明日会おうな。おやすみ』
「伊子川?!」
いつの間に!
番号教えてないのに。
あ、誠司さんがスマホを触った時、番号を知ったんだ。
すごい記憶力だ。
『おやすみ』
メッセージを消せばいいのに、私はそれだけ返してベッドに潜り込んだ。
胸がドキドキして、そんな自分がかなり恥ずかしかった。
翌日、伊子川が誠司さんがいた場所で私を待っていた。
「な、なんで。ここに!」
「おはよう。田形。一緒に学校行こう」
伊子川は邪気のない微笑みを浮かべて、手を差し出してきた。
「わ、私はおばあちゃんじゃないから」
「知ってるよ。俺もおじいちゃんじゃないし」
「だったら」
「俺、田形が好きなんだ。だからこうしたい」
「な、何言って」
「おじいちゃんは俺の想いを知っていて、助けてくれた。俺は一歩踏み出すことにした。田形。友達からでいいだろう?」
「いやいやいや、それはいや」
「え?じゃあ、恋人から?」
「もっと嫌」
「じゃあ、友達じゃん」
「うん、じゃあ、それで」
なんで、私こいつと友達になることになってるの?
っていうか距離も近いんだけど。
っていうか、伊子川が私を好き?!
いやいやいや、いつもの軽いノリだから。
「田形。行こう。遅刻するから」
戸惑う私の手を掴んで、彼は歩き出す。
彼の手はとても暖かくて心地が良くて。
色々な感情がせめぎ合って、それでも嫌な気持ちじゃなくて。
軽薄だと思っていた彼の横顔。
でも今日は違うくて。
手を引かれて歩く。
恥ずかしくてどうにかなりそう。
繋がれた手から彼の優しさが伝わってくる。
「田形」
彼の声。
彼の顔。
ああ、悔しい。
どうやら私は恋に落ちたらしい。
おばあちゃんと誠司さんの笑い声が聞こえた気がした。
(終わり)
メリークリスマス!