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バレない嘘

 ふらつく足取りで田沢さんに引っ張られた。

 見慣れぬ街並みを歩いてしばらく、田沢さんは一軒のマンションの前で足を止めた。


「ここの三階の角部屋にウチがあります」


「……すみません」


「いいえ、こんな状況の人を放っておくことは出来ませんので」


 きっぱりと、田沢さんは言った。

 確固たる意志を感じられる強い発言。


 ……何故だろう。

 この前話した時から、僕は彼女に明美を重ねていた。


「……すみません。中々清水さんが来られなかったので、ウチで凜花ちゃんを預かっていました」


「そんな謝罪だなんて。……悪いのは、僕ですから」


 マンションのオートロックを解除してもらい、エレベーターの中、僕達は二人で頭を下げあった。


「……凜花ちゃん、心配していましたよ」


「……そうでしたか」


「はい。だから、あの子が寝たから探しに行こうって……そうしたら」


「……すみません」


 エレベーターが開き、彼女に先導してもらい、廊下を歩いた。


「どうぞ」


 部屋の中は、明かりが灯っていた。

 間取りは一DK。廊下を歩いて、その先の部屋でスヤスヤと凜花は眠っていた。


 ……ふと、僕は当時一人暮らしをしていた明美の部屋を思い出していた。

 明美は、質素な生活を好む人だった。最低限の化粧品、最低限の生活必需品。そんな部屋を見て、僕よりも男らしい人だと感心したことだってあった。


 ただ、田沢さんの部屋は明美の部屋とはまるで違った。

 可愛いキャラクターのぬいぐるみ。

 大きめのクッション。

 そして……。


 僕は思わず、目を逸らした。


「へ?」


 僕の不審な動きに、田沢さんは窓際の方へ視線を動かした。

 そして、


「きゃいん!」


 窓際へと急いだ。

 そこにあったのは、彼女の洗濯物。


「こ、これはその……女性の一人暮らしで、色々と危ないから! ……だから」


「大丈夫です。あの、忘れたので……」


「ほ、本当ですか……?」


「はい。白のレースの……あ」


 ジトっとした目で、田沢さんから睨まれた。

 居た堪れない気持ちで、僕は彼女から目線を離しながら俯いた。


 しばらく、室内に気まずい空気が流れた。

 幸いなことに、凜花が目覚めた様子はない。


「……すみませんでした。お見苦しいものを」


「あ、いえ……あはは」


「あたし、実は結構抜けてて。昔は毎日のように歩いているだけで転んじゃって。……エヘヘ」


「それは災難でしたね」


 災難で済むのか、それ?

 ……まあ、話を合わせておこう。


「そ、それより……今日は本当にすみませんでした。色々と。凜花の面倒まで」


「いいえ。……この子、凄い良い子なので」


 まるで自分の子を褒める親のように、田沢さんは優しく微笑んだ。

 ……もしかしたら、先生として幼稚園児である凜花を見守る田沢さんの立場からしても、凜花は我が子のようなものなのかもしれない。


「この子、本当に良い子なんです。周りにも凄い気が遣えるし、前なんて子供達が喧嘩している現場を見つけたら、仲裁に入ったりもしていました。それで子供達を宥めてみせて……大人顔負けです」


「そうですか」


「えぇ……ただ、最近は少し辛そうで」


「そうでしょう」


 僕は俯いた。


「……妻に先立たれて、辛くないはずがない。当然です」


「いいえ、違います」


「……え?」


「凜花ちゃん、言っていました。お父さんが寂しそうだって。辛そうだって」


 ……僕が?

 いや、最近の僕が負の感情に囚われていたことは最早明白だ。

 ただ、まさかあの子にさえ気付かれていただなんて……。

 

「あたしも正直、思っていました。たった数ヶ月、スクールバスの送迎か、凜花ちゃんを迎えに来る時しか会いませんが……最近のあなたは、一層辛そうです」


「……」


「一体、何があったんですか?」


 田沢さんからの問答に、僕は戸惑った。

 田沢さんからも、凜花からも、今の僕の状況は見抜かれていた。いや、よく考えればこの二人は、僕の状況をいち早く察知していてくれていた。

 その上で、僕がその事実に目を瞑っていたのだ。


 多分、気付いていて欲しくなかったのだ。


 まさしく、今の状況を僕は恐れていた。

 僕以外の誰かから、僕がどうして今に至るのか、聞かれるのを恐れていた。


 ……確かに、探偵には話した。

 妻の不貞を。

 娘が托卵であることを。


 ……しかし。


 しかし、所詮他人の探偵に全てを話すのと、知り合いや顔見知り、ましては家族にその事実を打ち明けることはまったく別の話しだ……!


 ……この事実を知れば、きっと皆僕と同じようになる。

 母も。

 田沢さんも。

 

 多分、凜花だって……。


 言えるはずがない。

 抱えるべきなんだ。

 一人で抱えて、隠し通すべきなんだ。


「……妻が死んでから、とにかく忙しくて。その反動です」


 僕は嘘をついた。


「慣れない家事。仕事だって、最近昇進したばかりで……まだ要領良くこなせていない。三ヶ月この生活を回してみて、打ちひしがれていたんです。この生活が、ずっと続くのか。その事実に、僕は疲れてしまったんです」


 ……嘘、だと言ったが、全てが嘘というわけではない。

 家事の悩み。

 職場での悩み。


 これらは今現在、確かに僕が頭を悩ませていることの一つで間違いない。


「……清水さん」


 だから、バレないと思った。

 バレるはずがないと思った。


「どうして嘘をつくんですか?」


 しかし、田沢さんは眉間にしわを寄せて、僕を睨みつけた。

 僕は驚いた。

 一体、どうして……?


 混乱する頭をバレないように正して、田沢さんに向き直った。


「嘘なんて。……全て、本当のことです」


「嘘です」


「嘘じゃない」


「嘘です……っ」


「あなた、一体何を根拠にそんなことを言うんですか?」


「清水さん……。気付いていらっしゃらないんですか?」


 僕は、見当もつかずに黙ってしまった。


「……あなた、自分がいつ暗い顔をしているかも、気付いていないんですか?」


 田沢さんは語気を強めた。


「自分がいつ、一番辛そうにしているかもわかっていないんですか……っ」


 真っ直ぐ僕を見つめる田沢さんの瞳は……強かった。

 僕を責め立ててきた幾人かの女性のように、強かった。


 ……ただ、瞳の奥に悲壮感を漂わせていることも、僕は気がついた。


「あなたが一番辛そうな時、それは凜花ちゃんを見ている時です」


 額から、汗が滴った。


「さっきあなたが語った話も、もしかしたら今のあなたを苦しめていることで間違いないかもしれない。でも、あなたは嘘をついている。全てを語っていない……っ」


 見抜かれていた。


「何があったんですか。清水さん。……凜花ちゃんのことで、一体何が……?」


 全て、見抜かれていた。


「教えてください。……お願いです。清水さん」


 田沢さんの悲痛な声が、僕の鼓膜を通じて、脳を揺さぶった。

主人公一人で抱えさせるつもりだったけど、多分主人公をちょっとでも見ていたら筒抜けだろうと思ったのだ。

主人公の決断は如何に


評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 被害者が云々の下りは、結局滲災害を増やすだけの現実を表してないかと。(• ▽ •;)(馬鹿がクタばるまでにどれだけの馬鹿を増やすかなんてのは、今時のゾンビゲームの天麩羅ぐらいにしか使い道はな…
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