独りよがり
「もしもし、どうしたの。母さん」
『ああ、賢? やっと繋がった。まったく、電話くらいすぐに出なさいよ』
「……」
『もしもし。賢? 聞こえてるの、賢』
「……聞こえてるよ。聞こえてる」
『そう。……それで、どう? 最近は』
「何だよ、不躾に」
『いいから』
「……まあ、普通だよ」
『違う』
「え?」
『あんたじゃなくて、凜花ちゃんよ』
「……」
『あなたも人の親になったんでしょう? ……明美さんにおんぶに抱っこで、明美さんがいなくなって、あの子、大丈夫?』
「……大丈夫だよ、元気そうだよ」
『本当に? あなた、ちゃんと世話してあげてるんでしょうね!?』
「当たり前じゃないか。だって、あの子は……」
『……まあ、ならいいけど』
「それで、要件は? 俺、まだ会社なんだけど」
『はあ? 凜花ちゃんはどうしてるのよ』
「まだ幼稚園で、見てもらっているよ」
『あんた……ちゃんと寄り添ってあげなさいよ』
「……」
『あんたの辛い気持ちもわかる。……でも、あなたはもう親なの。子供を大切にしてあげなさいな。明美さんの分まで』
「……」
『……賢?』
「そうだね。そうするよ」
『……そう。まあ、声が聞こえただけ良かったわ』
「うん」
『それで、あの話は考えてくれた?』
「あの話?」
『忘れてたの? あんたは本当に、ものぐさなんだから。……どう? 実家に、帰って来ない?』
「ああ……言ってたね、そんなこと」
『真剣に考えて。幼稚園に長時間凜花ちゃんを預けているんでしょう? それが仕方ないのはわかる。あんたも働いているんだから。でも、仕事の後に家事するのも、休みの日まで働くのも、大変でしょう?』
「……嫌なこと考えずに済んで、丁度良いけどね」
『真面目に考えなさい……っ!』
「……」
『どう? あの子のためを想うなら、そうするべきだと思うんだけど』
「……悪いんだけど、それは出来ない」
『……』
「だってさ、こっちの家のローン、まだ残っているし。仕事だってようやく昇進出来たんだ。地元の転職なんて、今より高待遇な企業はそうそうないよ」
『……あなた』
「……何?」
『仕事と凜花ちゃん、どっちが大事なの?』
「……」
『……』
「切るよ」
僕は電話を切った。
しばらくしたら、母から折り返しの電話がやってきた。だけど、それも無視した。
『仕事と凜花ちゃん、どっちが大事なの?』
パソコンに向かい直すが、さっきの母の言葉が頭から離れなかった。
『あの子が寂しい想いをしているんだよ? それでも仕事の方が大事なの?』
……うるさい。
『仕事と凜花ちゃん、どっちが大事なの?』
うるさい。
『あの子が寂しい想いをしているんだよ? それでも仕事の方が大事なの?』
うるさいっ!!!
……辛いことばかりだ。
『そうなんすよ。あいつ、マジふざけてますよね』
耐えられないことばかりだ。
『あなた、もう少し早く帰って来れないの?』
前までなら耐えられたことが、耐えられなくなっている。
前までなら我慢出来たことが、我慢出来なくなりつつある。
契機は何だったのか。
わかっている。
わかりきっている。
『結果:シミズケンは、シミズリンカの生物学的父親ではない』
……もし、明美が不倫なんてしなければ。
もし、凜花と僕の血が繋がっていたら。
もし、凜花が僕の手から離れていたら。
思わず、ハッとした。
そうじゃない。
そうじゃないと気付いたじゃないか。
明美はいなくなった。
だけど、僕の側にはまだ凜花がいる。
凜花と二人、幸せになると決めたんだ。
幸せになるために、忘れようと思ったんだ。
あの紙を。
あの事柄のことを。
……忘れようと思ったんだ。
なのに、すぐに思い出してしまう。
凜花と僕の血が繋がっていないってことを。
凜花と明美はそっくりだ。
優しく、献身的で、他人のために怒れる人で。
その点僕は……。
身勝手で、独りよがりで、利益のためなら家族さえ簡単に切り捨てるような人で……。
思い出してしまう。
凜花を見ていると。
凜花の優しさに触れていると。
思い出してしまうんだ……。
わからされてしまうんだ……。
やっぱり、僕達は家族じゃない。
やっぱり、僕達は親子じゃない。
そんなことを思い出して、辛くて辛くて、泣きたくなってしまうんだ……。
「帰りたくないな……」
誰にも聞こえないように、僕は呟いた。
幸せになりたいと思ったのに。
今僕は、娘と顔を合わせることが耐えられなかった。
そろそろマジで突っ込まれそうだからもう一回言っておくわ
これ、一応現実恋愛っす・・・。
うす・・・。
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