前なら耐えられたこと
最近、ため息をつく回数が増えた気がする。
いつ頃からだったか。考えるまでもない。
あの日。
明美を失ったあの日。
『結果:シミズケンは、シミズリンカの生物学的父親ではない』
そして、一枚の紙が家に届いたあの日。
凜花と僕の血の繋がりがないことが発覚してから、早一月。
僕はまだ、凜花と共に、二人での生活を続けている。
なし崩し的に生活を続けているわけではない。
僕には凜花を手放す術はいくつもあった。
何なら一度は、探偵事務所へ赴いて、凜花を手放す気持ちを吐露したこともあった。
だけど、最終的に僕がその道に進むことはなかった。
この世に、僕がかつて愛した明美はもういない。
結局、彼女が亡くなった日の朝の喧嘩の仲直りはすることは出来ず仕舞いだ。
家族三人での幸せの時間を、再び歩むことは出来なくなった。
だけど、凜花と二人だけでも、僕達が再び幸せになることは出来るはず。かつてのように、微笑みあうことが出来るはず。
そう思ったから、僕は凜花を手放すことはなかった。
この子と二人で生きていく道を選んだ。
……ただ。
「……はぁ」
よくよく考えれば、僕のため息が増えたのは。
決定的に、より強い苦しみ、ストレスを感じるようになったのは……。
凜花と共に生きていく。
そう、選択をした時だったかもしれない。
『結果:シミズケンは、シミズリンカの生物学的父親ではない』
あの紙は、書斎の袖机の一番上の棚に仕舞ってある。
* * *
僕が勤める会社は、基板という電気部品を作っている。昨今、需要が追いつかないと言われている半導体や、センサーなどを回路で繋ぎ、一つの部品として売り出す会社である。
大きいか小さいか、で言えば、普通、というくらいの規模の会社だ。
ただ、大手のスマホメーカーとも取引をしていたり、そんな会社のことが嫌いかと言えば、決してそんなことはない。
やりがいもないわけではない。
忙しさは……まあ、語るまでもないだろう。
最近、僕には大きな悩みがいくつかある。
その一つが、明美の不貞。凜花との関係。
ただ、それと同じくらいの悩みがもう一つ。
それは、会社での僕の立ち位置のことだった。
課長になってまだ一年未満。
覚えることはたくさん。しかし、与えられた地位に対するアウトプットは望まれる、中々に辛い立場だ。
「宮本君、A社への製品、ちゃんと出荷出来ているの?」
ウチの部署は、生産技術。
具体的には、部品の品質管理や品質管理のための技術を生み出す部署だ。
しかし、所謂中小企業な立場や慢性的な人手不足。
僕含めて、部下達は畑違いの仕事をさせられていることもしばしば。
今、宮本という僕の部下が任されている仕事も、どちらかといえば技術の仕事ではなく、営業の仕事に近かった。
一本のメールが取引先であるA社から届き、自席から部下を呼びつけた。
所謂、クレームのメールだ。
取引先であるA社は、ウチの会社に基板の注文書を送っていたのだが、納期を過ぎても、いつまで経っても製品が届かない。
要約すると、そんな内容だ。
重い足取り。
シュンとした態度。
僕の自席までに来るまでで、宮本の態度は全てを物語っていた。
しかし、まだ怒りは見せない。
本人からの報告がないのに、決めつけるわけにはいかなかった。
それから宮本は、しどろもどろになりながら、A社との日程調整の状況を僕に報告した。
まあ結局のところ、A社の製品は納期遅延を起こしている上、まだ完成は遅れる予定だそうだ。
「常々言っているじゃないか。そういう内容はレスポンスよく連絡しないと」
「すみません」
「……で、どうするの?」
「現場と調整してきます」
「いつまでに」
「……」
「いつまでに」
「今から、やってきます」
「……わかった。頼むよ」
そそくさと、宮本は僕の元から去っていった。
僕は再び、デスクの仕事に戻るのだった。
……課長という立場になって以降、いやそれよりも前からだったか、デスクや会社外の付き合いの仕事が激増した。
明日までの役員会の資料を作ったり、原価情報をまとめて報告させられたり。得意先で接待をしたり。
特に嫌なのが、ウチの部長の意向で、それなりの頻度で、役員会に出席させられることだった。
その度、今の僕が宮本に浴びせた比ではないくらいの罵詈雑言を役員や部長職から浴びせられる。
しかし、不思議なことにそういう場に顔を出す程、僕の仕事は増えていくばかりだった。
そしてすっかり……最近では現場に顔を出せる機会がめっきり減った。
この前、久しぶりに現場を覗ける機会があった。
その時のことだった。
「みやっちゃん。聞いたよ。また清水さんに怒られたって?」
「そうなんすよ。あいつ、マジふざけてますよね」
思わず、僕は物陰に隠れた。
「あのA社の仕事取ってきたの、あいつですよ。あいつ。それも、超短納期。利益率だって五%もない。現場がやる気出さないのも、日程遅延するのもわかってるでしょ。なのに日程日程って、だったらお前が言えばいいじゃねえかよって話だよ」
……そうだったか。
ショックより何より、一番に抱いた感情は、その仕事を僕が取ってきた。その事実だった。
偉そうに部下を叱っている立場の癖に、そんなことも覚えていないとは。
それでも、最初は部下達との距離感を気にせず仕事に当たれた。
家族のため、お金のため。
背に腹は代えられなかった。
しかし、明美の死以降、少しだけ部下達と相対すことを嫌だと思う気持ちが芽生えた。
しかし、いざとなったら僕はさっきみたいに部下を叱る。
いいや、違う。
叱る以外の方法で、僕は部下のケツを叩く術を知らなかったのだ。
だから、碌な信頼関係も築けず、陰口を叩かれるんだ。
きっと今頃も彼は、現場で僕の悪口を言っているに違いない。
「ふぅ……」
そう思ったら、ため息が漏れた。
ここから去りたい。
前までなら耐えることが出来たことが、今は耐えられないくらい、辛い。
日間ジャンル別二位ありがとう!
の、追い投稿!!!
存分に楽しめよ!!!
作者の凋落ぶりをよぉ!!!!!
高順位が嬉しくなって投稿を繰り返して、展開が浮かばずジリ貧になり、この作者はいつもエタる!!!
なんでこいつ読者が離れるような真似、自分から嬉々としてしてんの!?????
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!