血の繋がり
しばらく、幼稚園の前で田沢さんと凜花を待った。
「清水さん!」
息を切らしながら、先生が凜花を連れてきたのは本当にほんの少し経った頃のこと。
「じゃあね、凜花ちゃん」
「ばいばい、先生」
凜花と田沢さんは、別れの挨拶を済ませていた。
さっきもそうだったが、田沢さんは子供達を見送る時、わざわざ屈んで子供達の目線に合わせる。
さっきの会話。
そして、その姿勢。
今日まで気に留めたことはなかった人だったが、少しだけ彼女の人となりが知れた気がした。
「……田沢先生」
「はい」
「ありがとうございました」
田沢さんは、要領を得ないと言った感じで、少し困惑していた。
今のお礼には、色々な気持ちを込めた。
「じゃあ凜花。帰ろうか」
凜花を預かってくれたお礼。
「うん」
そして、僕を救ってくれたことへのお礼。
ほんの少しの会話だった。
ほんの少しの……他人から見れば、世間話とも取れる些細な会話だった。
『凜花ちゃんの送迎で、今日まで何ヶ月かあなたと顔を合わせてきましたが、はっきり言って今朝は一番酷い顔でした』
もう、誰も僕のことなんか見てくれていないと思ったんだ。
最愛の人を失って。
辛い時、励ましてくれる人がいなくなって。
もう、僕は一人だと思ったのだ。
だから、今日錯乱して探偵事務所へ赴いてしまったのだ。
そうだ。
思えば、探偵事務所での僕の態度は明らかに異常だった。
『早速ですが、どういったご依頼でしょうか?』
事務所へまで赴いて、直前で臆病風に吹かれたり。
『写真のその男が、娘さんと血縁関係にない可能性だってあるんです』
明美のことを侮蔑するような発言をされれば怒りに駆られたり。
『残酷な選択ですよ、それは』
……何より。
『わかってるさ、そんなことは』
この子を手放すことに文句を言う人に、僕は同調してしまった。
凜花を手放すつもりであることを仄めかした癖に、僕はその文句に同調してしまったのだ。
……明らかに、行動と言動が一致していなかった。
明らかに、あの時の僕は普通じゃなかった。
だから、見抜かれた。
だから、大石さんにも見抜かれ、指摘されたんだ……。
結局、大石さんに件の男の捜索は依頼しなかった。
正解だったのかもしれない。
あれで、良かったのかもしれない……。
そうだ。
……そうだよ。
『結果:シミズケンは、シミズリンカの生物学的父親ではない』
あの紙を見た時、僕は強烈な吐き気に駆られた。
虚しさと虚無感を抱えながら、トイレに籠もり、嗚咽を漏らしながら一人吐いた。
苦しかった。
……だけど。
だけど……っ。
僕達に、血の繋がりはないけれど。
僕達は、真の親子ではないけれど。
これまで凜花と。
いいや……。
凜花と、明美と過ごしてきた時間が、家族の時間じゃなかったかと言えばそうではない。
僕達三人で過ごすあの時間、僕は確かに幸せだった……!
あの紙さえ無ければ。
あの事柄さえ忘れることが出来れば。
……僕と凜花は、また幸せな時間を歩める。
明美は去った。
大切な明美は去った。
もう会えない。
二度と会えない。
……だけど。
僕達はまた、家族として。
親子として。
また……。
「お父さん、大丈夫?」
凜花の声で、ハッとした。
「ごめんごめん。大丈夫だよ」
昨日の一件以降、僕はずっと心ここにあらずだった。
もう大丈夫。
そう告げる意味で、そう言った。
……だけど。
「お父さん、朝からずっと苦しそう」
……凜花の声が
「大丈夫?」
凜花の優しさが。
「大丈夫? 辛くない?」
凜花の、強い瞳が。
『あの子が寂しい想いをしているんだよ? それでも仕事の方が大事なの?』
重なった。
『ウチの妻も、子供のことをいつも第一に考えていた』
……妻は。
明美は。
しっかり者で。
献身的で。
誰かのために生きていた。
……なら、凜花は?
『お父さん、朝からずっと苦しそう』
僕の娘は……。
『寂しいよ』
僕達の娘は……。
『でも、あたしが泣いちゃったらお父さん、もっと悲しいでしょ?』
明美の、娘は……。
似ている。
瓜二つだと思うくらい。
明美と凜花は、似ている。そっくりだ。
……当然だ。
彼女達は親子なのだから。
血の繋がった親子なのだから。
当然だ。
当然じゃないか……。
……じゃあ。
じゃあ、僕と凜花はどうなんだ?
僕は……。
いつも明美に怒られてきて。
家族より、仕事を優先してきて……。
『娘さんを、手放したいんですか?』
……。
『悪いか?』
僕は首を横に振った。
これ以上はいけない。
これ以上は……駄目だ。
「凜花、食べたいものはある?」
「え?」
「お父さん、久しぶりに料理でもしようかな。最近、外で食べたりお弁当食べたりばっかりだったからさ」
「……お父さんは、何食べたい?」
……やめろ。
「いいよ。君が食べたいものを食べよう」
「……でも」
「いいから」
「……じゃあ、チャーハン」
「わかった。スーパーに行って、買い物をしていこう」
「……ね。お父さん」
「ん?」
「あたし、料理してみたい」
……。
「なんで?」
「……お父さんのお手伝いがしたいの」
「……」
「お父さん?」
「わかった。でも、君はまだ包丁を使うのは危ないから、子供用の包丁も買おう」
「うん。ありがとう」
「……うん」
気まずい雰囲気の中、僕達は買い出しへ向かった。
キャラクターの性格を考える時、行動を起こすに至る性格にしよう、といつも考えている。ストーリーの整合性を取るために。
この作品も、主人公はそう。
だけど娘は違う。
娘は、話に彩りを加えるような考えで、ひたすらに優しく献身的な子にしようと思い書いてる。
ただまさかその娘が一番主人公を追い込むことになるなんてなぁ…ぐへへぇ
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!