仏壇
今日は休日。美波さんが我が家に来た理由は、交際をした頃から休みの日は、我が家で過ごす機会が増えたからだ。
今日もそれは変わらない。
僕達は朝食を食べた後、二人で家の掃除を始めた。
二人でこの家を掃除するようになったのは、僕達がまだ交際を始める一月前くらい。
当時の僕は、やはりものぐさな性格が災いして部屋の掃除をサボりがちになっていた。
それを見兼ねて僕を優しい声色で怒ったのは、勿論美波さん。
その日から、月初の土曜日は家の掃除をする日と僕達は位置づけた。
こうして我が家に彼女が来ては、二人で仲睦まじく掃除をするのだ。
「賢さん。捨てる歯ブラシってありましたっけ?」
「あー、ちょっと待って」
今日は、二階を重点的に掃除しよう、と二人で決めていたこともあり……特に書斎を中心に掃除を進めた。
書斎の掃除は、我が家の中でも一、二を争うくらい掃除がサボりがちになる部屋だった。まず、僕はあまり書斎には立ち寄らない。本を読む習慣がないからだ。
元々この部屋は、専業主婦になる前、翻訳家の仕事をしていた明美のために作られた部屋だった。
休みの日、家中探して明美が見つからないのであればここにいる、みたいな扱いになっていた部屋でもある。
つまり、この書斎はイコール明美という強い先入観がある部屋で、それが僕がこの部屋に近寄りたくない一つの理由になっていた。
そして、そうしてこの部屋に立ち寄らないでいると、ホコリとかは溜まる一方で……余計立ち寄らなくなる。
そういう負のスパイラルに陥った結果、ほぼ一日がかりでこの部屋を掃除する羽目になるのだった。
「汚い部屋を掃除するのって、最初は嫌だけど、キレイになっていくのを見るのは楽しいですよね」
美波さんは、この部屋の掃除をおざなりにした僕を責めることはない。
ポジティブな言い分で、掃除に付き合ってくれた。
「ちょっとごめん。そろそろ凜花、起きてくると思うから」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「エネルギー補給です」
ホコリまみれの服を着る僕の胸に、彼女は抱きついてきた。
彼女は、ハグが好きだった。
僕は嫌いというわけではない。……ただ、交際相手とはいえ十歳は違う彼女に甘えられると、少しだけ恥ずかしかった。正直、未だに慣れない。
「はい。どうぞ」
「どうも」
笑顔満点な彼女と離れて、僕は廊下に出た。
「あ、ごめん。起きてたのか」
「おはよう、お父さん」
少し眠そうに、凜花は僕に挨拶をした。
「ごめんな。ホコリっぽい格好で」
「大丈夫だよ? 掃除は進んでる?」
「うん」
「凜花も手伝う」
「ありがとう」
彼女の頭を優しく撫でると、凜花は嬉しそうに笑っていた。
それから僕は、凜花に朝食を振る舞って、しばらくしたら彼女も加わって、三人で書斎の掃除をした。
「お昼ごはん、作ってきますね」
美波さんが言った。
「凜花もやる!」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「うん」
女子二人は、お昼ごはんの準備に書斎を出た。
僕はもう少し、せっせと掃除を続けることにした。
「ご飯ですよー」
しばらくしたら、美波さんの声がリビングの方から聞こえた。
僕はリビングへ向かって、三人でご飯を食べた。
「凜花ちゃん。じゃあ、お昼寝しようか」
「……えー」
凜花は、お昼寝が嫌いだった。
理由は知らない。ただ、毎回お昼寝をしようと言うと、ぐずるのだ。
「凜花。ちゃんと寝ないと大きくなれないよ?」
「……お父さんが言うなら、わかった」
しかし、僕が一言言うといつも彼女は我儘を止めて引き下がる。
賢い子だな、と感心するばかりだった。
ふと思った。
いつか彼女にも、反抗期が来るのだろうか。
僕の顔を見れば舌打ちをし、諭せば文句を言われるような時がやってくるのだろうか。
だとしたら、少しだけ悲しい。
一旦シャワーを浴びて、二人は寝床へと向かった。
僕はしばらくの間、休憩でもしていようと思った。
……テレビを点けた。
ワイドショーがやっていた。
あまり面白くなかった。
僕は別に、ファッションには興味がなかった。
ふと……僕の目線は、リビングの隅にある仏壇へと寄せられた。
月初の掃除の日、だからというわけではないが……あの仏壇もまた、僕が掃除をサボりがちな場所だった。
理由は……言いたくない。
ただ、いつまでも掃除をしないわけにもいかない。
恐る恐る、僕は仏壇に近寄った。
来月の掃除場所にするかどうか、決めるために。
「え?」
僕は素っ頓狂な声を出した。
仏壇の中がホコリ一つない……すこぶるキレイだったためだ。
……一体、どうして?
僕は、少なく見積もっても半年以上はここに触れていない。
ホコリが溜まっていて当然のはずだ。
「凜花ちゃんですよ」
背後から声がした。
美波さんだった。
「……ここにはまだ、お母さんがいるからって。この前、あなたが帰ってくる前に」
「……そうか」
凜花が自発的に行動をしてくれたことを喜ぶべきか。
喜べそうもなかった。
複雑な気分だった。
凜花の中でまだ、明美の存在が大きいことに……邪な感情が浮かんでは消えていく。
「そんなことに時間を使うなんて、時間の浪費だ」
僕は小さく呟いた。
美波さんは、僕の冷たい横顔を見て、何も言わなかった。
 




