表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/36

仲睦まじい家族のような一時

 二週間後、僕は車を走らせ秩父へ向かっていた。


「じゃんけんぽん」


「あー、負けちゃった」


 後部座席には、田沢さんと凛花。

 仲良く遊んでいる二人をミラーで確認しながら、高速道路を進んでいるところだった。


「先生、もっかい! もっかいやろ!」


「うん。いいよ」


 田沢さんとじゃれ合う凛花は、家にいる時よりも明るく見えた。

 僕の不調を見抜いたり五歳にして中々鋭い子だと思っていたが、今の子供らしい姿を見ると、これまでは相当無理をさせていたのだな、と感じずにはいられなかった。


「清水さん、今日はありがとうございます」


 じゃんけんが一区切り付くと、田沢さんに言われた。


「それはこっちのセリフですよ、田沢さん」


「……そんな。あたし何も」


「凛花」


「ん?」


「楽しいかい?」


「うん!」


「本当に、ありがとうございます……」


 凛花を持ち出したのは効果があったらしい。

 田沢さんは気まずそうに微笑んだ。


 それからしばらく、田沢さんにはまた凛花の面倒を見てもらいながら目的地を目指した。

 いつかの田沢さんとの約束。

 その場所に、僕が秩父を選んだ理由。


 一つは、たまには凛花にも遠出をしてほしいと思ったから。

 もう一つには、田沢さんの唯一の条件でもある、彼女の幼稚園の園児やその父兄がいなさそうな場所、というものを満たすためだ。


 秩父は観光地ではあるが、まだ観光シーズンには少し早い。

 流石に、ここには彼女の存在を知る者はいないだろうし……例え見かけても、すぐには彼女とは気付かないだろう。


「お父さん、運転疲れない?」


「大丈夫だよ」


「疲れたらいつでも行ってくださいね。すぐ代わりますから」


 田沢さんは気まずそうに微笑んだ。


「と言っても、あたしペーパードライバーなんですけどね。タハハ……」


 ……全然、頼れないじゃないか。

 まあ、元より頼る気はなかったのだが。


「……そうでしたか」


「はい。この前、一応ゴールド免許になりました」


「それは、身分証に使うにはさぞ便利でしょうね」


「そうなんです!」


 田沢さんは少し楽しそうに返事をした。

 まあ、大人になったらいつ車が必要になるかもわからないから、免許を取る。そして結局それを身分証としてしか使わない、という人は珍しい話ではない。


 何しろ、それは明美も同じだったくらいだから。


 一時間と少ししたところで、高速を降りた。

 そこからは下道を走らせ、更に一時間経った頃。


 家を出た頃、外に広がっていた住宅街。

 首都高速から見えた高層ビル。


 秩父の街並みはそれらとは異なり、木々や畑といったのどかな景色が広がっていた。


「思ったより時間かかりましたね」


「そうですね」


「まずは、お昼御飯を食べますか」


「凛花ちゃん、お腹減った?」


「うん!」


 車の中、田沢さんはずっと凛花の面倒を見てくれていた。

 本当に、今日ほど明るい凛花を見たのは、いつ振りだったかな……。


 昼食に選んだ蕎麦屋は、秩父では有名な老舗のお店らしい。

 木々が生い茂った少し狭い道を車で抜けて、その先にあるようなお店で、駐車場は砂利を敷きロープで区画されていた。


 車を停めて、僕達は外に出た。

 ……まずは、凝り固まった体を解すべく、僕は体を伸ばした。


 のどかな風景。

 美味しい空気。


 落ち着ける場所だな……。


「うわっ」


「お父さん、運転お疲れ様」


 車から降りてきた凛花に、タックルされた後抱きつかれ、そう言われた。


「うん。凛花も疲れてない?」


「全然! 先生が遊んでくれたから」


「そっか。田沢さん、ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ……こんな遠い場所までありがとうございます」


「良いんです。これが約束でしたから」


「……ふふっ、そうでしたね」


 穏やかに、田沢さんは微笑んだ。

 その微笑みに。

 髪をかきわける仕草に。


 気を抜くと、見惚れてしまいそうになっていた。


「さあ、御飯を食べに行きましょうか」


「はい」


 僕達は三人で蕎麦を食べた。


「凛花ちゃん、漬物ちゃんと食べれる?」


「……うぅ、お父さんもいるから頑張る」


 仲睦まじい家族の一時のようだった。


「……あ、これ美味しい。清水さん、食べてみますか?」


 一瞬、錯覚しそうになった。

 僕達三人は、家族なんじゃないかって。


 ……錯覚しそうになるくらい、楽しくて、落ち着ける時間だったのだ。


「ご馳走様」


 これが後、数時間続く。

 その事実が、今はただ嬉しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そのうち娘ちゃんがポロっとこぼして周囲にバレそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ