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質問

「朝ですよ、清水さん」


 誰かの声で目を覚ました。


「た、田沢さん」


 目の前にいたのは、田沢さん。

 パジャマ姿の彼女を見て、僕は少し狼狽えた。

 昨晩、一体何があったんだっけ?

 少し頭を捻って思い出した。


 ……そうだ。

 昨晩、僕は彼女に全てを打ち明けたのだ。

 妻の不倫のこと。

 娘が托卵だったこと。


 ……全て、打ち明けたのだ。


 そうして泣いて抱きしめられて、泣き疲れて眠ってしまったのだ。


「……朝ごはん、出来ていますよ」


 香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

 そう言えば昨晩は、夕飯を碌に食べなかった。腹は減っていた。

 しかし、僕は居た堪れない気持ちでいっぱいだった。

 出来ればすぐにでもここを去りたい気分だった。


「凜花ちゃんが起きる前に、食べましょう」


「……はい」


 しかし、昨晩あれだけ色々お世話になった彼女の厚意を無下にすることは出来なかった。

 小さなテーブルに、二人分の手料理が並べられた。

 食パンとコンソメスープだった。


「ごめんなさい。こんな、ありあわせの物しかなくて……」


「大丈夫です。朝ごはんを頂けるだけで、有り難いんですから」


 小麦色に焼かれたパンを食べると、サクッという音がした。


「美味しいです」


「そうですか……」


 田沢さんは、ホッと安堵したように見えた。


「ご馳走様です」


「お粗末様でした」


「昨日から、本当に色々お世話になりっぱなしですね」


「良いんです。あたし、嬉しかったですよ」


「……嬉しかった?」


「あなたに頼ってもらえて」


「そうですか」


 返事をしながら、僕は田沢さんから目を逸らしていた。

 久しい感覚だった。

 こんな……緊張するような心臓の痛みは、久しぶりだった。


 顔が少しだけ熱い。


「……ねえ、清水さん?」


「は、はい……っ」


「凜花ちゃんが起きる前に、最後に一つだけ……聞きたいことがあるんです」


「……はい」


「あなたは昨日……言いましたよね。幸せになりたいって」


「……そうですね」


「その願いに近づけるよう、手助けしたいと思ったんです。どれだけのことが出来るかわかりませんが……手助けしたいと、思ったんです」


「ありがとう」


「……でも」


 田沢さんが、顔に陰を落とした。


「その幸せになりたいの中に、凜花ちゃんは含まれているんですか……?」


 心臓を鷲掴みにされた気分だった。


「あなた達親子の関係は、昨晩でわかりました。信じたくありませんが……それが真実なんだとわかりました」


 田沢さんは、続けた。


「……あたしは、あなたがどちらを選択しても責めるつもりはない。むしろ、仕方のないことだと思うんです。あなたは今日まで頑張った。命を絶ちたくなるくらい、辛くても……。一人で耐えてきた。そんなあなたの努力を誰が責められますか」


 捲し立てる田沢さんに。


「あなたがどちらの選択をしようが、あたしがあなたの味方であることは変わらない。ただ、知りたい。知らないといけない」


 僕は、動揺を隠せなかった。


「……だから、教えてほしいんです」


 多分、彼女は気付いている。

 僕の動揺も。

 僕の気持ちも。


 それでも、彼女は続けてきた。


「あなたは、凜花ちゃんと幸せになりたいのか……その、逆なのか」


 田沢さんの問いかけに……。

 どう答えるか。


 僕は、ゆっくりと目を閉じた。


 目を閉じると思い出す。

 あの子が……。

 凜花が、生まれた日のことを、思い出す。


 凜花の出産は、帝王切開だった。

 逆子だった。

 所謂、予定帝王切開。


 帝王切開の日、妻は……明美は、とても落ち着いていた。随分と前から知らされていたからか、自分のお腹の中にいる子だからか。多分、覚悟を決めることが出来たのだ。

 むしろ、狼狽えていたのは僕。


『どうして、君はそんなに落ち着いていられるのさ』


 ある時、僕はそう明美に尋ねた。


『あなたが代わりに狼狽えてくれるからよ』


 明美は、優しくそう微笑んでいた。

 帝王切開の日、僕は分娩室での立会を許可された。どうやら父親に限ってのみ、帝王切開時の立会が許可されるものらしい。


『貧血で倒れられるお父さんもいらっしゃるので、なるべくここにいてくださいね』

 

 笑いながら看護師さんが言っていた。

 しばらくして、僕はその意味を理解した。


 ……妻の腹が裂かれ、血が滴り、色んなものが見えていた。

 確かに、血が苦手な人とかは見ることが出来なさそうな光景だった。


 ただ僕は、それ以上に彼女が心配で……気が気でなかった。


 だからだろう。

 凜花が産まれたその時、僕は嬉しくて涙を流した。


 その後も、僕は事あるごとに涙を流した気がする。

 凜花を初めて抱いた時。

 凜花が初めてパパ、と言った時。

 凜花が初めて……歩いた時。


 これまでの人生、僕が子供として歩んできた道を、実の娘も歩み始めた。


 僕の子供が歩み始めた。

 その事実が、ただ嬉しかった。


 これから彼女は、色んな困難に立ち向かうのだろう。

 僕と同じように、社会の荒波に揉まれて苦しむ時が来るのだろう。

 僕と同じように、誰かを愛し幸せな道を歩みたいと思うようになるのだろう。


 そして、子を産み、今の僕と同じような想いを託していくんだろう……。


 悩み。

 奮闘し。

 喜び。

 喜び……。


 幸せだった……。


 凜花と一緒にいる人生が。

 明美と、凜花と一緒にいるこれまでの人生が……幸せだった。


 もう一度。

 出来ることならもう一度……!


 あの時間を味わいたい。

 不可能なことはわかっている。

 無謀なことはわかっている。


 でも、もし神様がいるのならば……。


 全てを投げ売っても構わない。

 全人類を敵に回しても構わない。


 だから、この願いを叶えて欲しい。


 そのくらい僕は……家族三人でのあの時間が、幸せだったんだ……!


 田沢さんの問いかけ。

 凜花も幸せにしたいのか、の問いかけ。


 ……答えは勿論、決まっている。


『結果:シミズケンは、シミズリンカの生物学的父親ではない』


 一瞬、脳裏を過ぎった。


「……勿論、凜花も含めてです」


 僕は……。


「凜花のいない人生なんて。娘のいない人生なんて、考えられない」


 田沢さんは……。


「そうですか」


 少し、嬉しそうだった。

主人公無能論がまことしやかに囁かれているが、

・妻を専業主婦にさせてあげられている

・ローンありとはいえ家持ち

・課長職の癖に役員会議にそれなりの頻度で呼ばれるくらい上からは評価されている


三十代半ばでこれだからガワだけ見れば結構有能

部下との人間関係は悪いが、残念ながら今の日本の中小企業の上司部下関係なんてこんなもんやろ

そもそも部下も、文句があるなら直接主人公に文句を言えばいい話だし、主人公が課長に相応しいか判断するのは部下ではなく上なんや。


妻の急逝から3ヶ月

娘の托卵発覚から1ヶ月

一番メンタル不安定な時期にようやっとるとワイは思う


ちな、もしワイの上司がこんな人だったらワイなら殴りたくなる


評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんとかヒューマンドラマ的に舵を切ろうとしても嫁の所業が鬼畜過ぎて主人公の成長とか幸せの方にいまいち心情的な焦点がいかない。 さすがに検査機関に依頼した親子鑑定の結果が仕組まれたものは…
[一言] ぶっちゃけ報連相怠った部下のほうがアレだし主人公を批判してたのもそのアレなやつだけなんですね 嫁とのいい思い出もこの時点で不倫からの托卵キメてますって枕詞がつくと悪夢でしかないけど主人公もそ…
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