表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

唯一無二

 田沢さんから詰問されるような形になり、僕は固まってしまった。

 一体、どうすれば良いのだろうか……?


 田沢さんに全てを話すべきなんだろうか。

 それとも、白を切って隠し通すべきなんだろうか。


 さっきは思った。

 知り合い。顔見知りにこんなことを話したくはない。

 その話した相手が僕と同じような顔をすると、そう思ったから。


 ただ、それだけじゃない……。

 その知り合い。顔見知りが、僕達の家庭事情を誰かに暴露しないとも限らない。


 もし……。


 もし、そうなれば……。

 僕と凜花の関係を、暴露されれば……。


 凜花と二人で行きていくと、そう決めた。

 家族三人で暮らしていた時、僕達は確かに幸せだった。

 今ではあの瞬間、あの時が宝石のように、まばゆく美しく見えて仕方がない。


 あの時間を、僕はまた取り戻したい。

 幸せになりたい……。


 そのためには、凜花と離れ離れになるわけにはいかない。


 でももし、全てを白日の下に晒されたら……。

 凜花にこの事実を知られたら……。


 もう……。

 もう、僕達はおしまいだ。


 絶対に言えない。

 絶対に言ってはいけない。


 確かに、田沢さんは優しい人だ。


 苦悶の表情を浮かべる僕を気遣ってくれた。

 娘を迎えに来ない僕のため、家に娘を匿ってくれた。


 僕の命を救ってくれた……!


 でも、彼女を本当に信頼して良いのかわからないじゃないか!

 彼女が僕達の仲を引き裂く悪魔かどうかなんてわからないじゃないか!!!


 言ってはいけない。

 僕が一人、抱えて生きていくべきなんだ。


 どれだけ辛くても。

 どれだけ耐え難くても……。


 それでも……っ。


「……また、一人で抱えようとしているんですね」


 田沢さんが言った。


「あなたと出会ったのは数ヶ月前。凜花ちゃんをスクールバスでの送迎する時と、あなたが凜花ちゃんを迎えに来る時だけ」


 悲しそうに言った。


「あの時から……あなたはずっと寂しそう」


「……さい」


「どうして、一人で闘おうとするんですか」


「……るさい」


「どうしてあたしを頼ってくれないんですか」


「うるさい……」


 太ももの上で組んだ拳が、震えた。

 ひたり、と手の甲に水滴が落ちた。


 僕から落ちた涙だった。


「……もう、失敗出来ないんだ」


「……」


「仲直りすることが出来なかったんだ」


 耐えていた気持ちが、溢れ出した。


「妻が死んだ日の朝、僕は妻と喧嘩をしたんだ。家庭を鑑みず、仕事にかまけた僕を叱責する内容だった。僕は言ったんだ。今は家族より仕事の方が大事だって……っ」


 最近、耐えられる気持ちが耐えられなくなりつつある。


「奪われたんだよ。弁明の機会も、謝罪の機会も、全部。……全部っ!」


 だから、耐えられなくなった。


「……幸せになりたいんだ」


 溢れる想いは、決壊したダムのように……猛烈に、強烈に溢れ出した。


「そのためにはもう、失敗出来ないんだ……」


 あの日から……僕の人生は後悔の連続だった。


「あんな後悔、繰り返したくはないんだ……」


 涙を拭うため、下を向いた。

 その時だった。

 温もりを感じたのは。


 甘い香り。

 柔らかい感触。


 僕は今、田沢さんに抱きしめられていた。


「馬鹿言わないでよ」


 田沢さんの声は、怒っていた。


「死のうとしたくせに、馬鹿なこと言わないでよ……っ」


 僕のために、怒っていた。 


「抱えきれなかったんでしょ……?」


 もう、どこにもいないと思っていた。


「耐えきれなかったんでしょ……?」


 凜花を庇護する立場になったその日から、いないと思っていた。


「だから、死のうとしたんでしょ……っ?」


 ……僕のことを、見てくれている人。


「死んじゃったら全部失敗じゃない……っ!」


 彼女はまさしく、その人だった。


「なのに偉そうなこと言わないでよっ」


 ……母も。


「そうなる前に頼ってよ……っ!」


 明美さえ。

 もう、僕のことは見てくれていなかった。


 なのに彼女は……。


 怖かった。

 今の僕の事情を話して。

 残された僅かな幸せさえ奪われることが怖かった。


 ……だけど。


 目の前にいる……僕のために涙を流す女性には。

 僕を怒ってくれる彼女には。


 ……僕を見てくれるこの人には。


「……教えてくれ」


「……何よ」


「どうしてあなたは、僕のためにそこまで……?」


「放っておけないから」


 ……それだけ?


「それだけじゃあ、不満……?」


「……あはは」


 僕は苦笑した。

 不満なはずなかった。


 それだけで充分だった。


「妻の遺品整理をしていたんです……」


 一度深い溜め息を吐いて、僕は語りだした。


「妻のスマホを見つけたんです」


「……それが?」


「そのスマホから、僕以外の男との……行為を仄めかす写真を見つけたんだ」


 一瞬、僕が何を言っているかわからない、という顔をした後……何かを察した田沢さんは、悲痛そうな顔で手で口を覆った。


「時期は……今から大体六年前」


「……それって」


「凜花の生まれる約一年前」


 田沢さんが黙った。

 ……僕は、心臓が痛かった。

 バクバク脈打つ心臓が、痛かった。


 カタカタと歯が震えた。

 口に出すのが怖かった。


 目を逸らそうと思っていたのに……。

 口に出すことは、認めることになってしまうから……。

 言ったら、もう戻れなくなると思ったから……。


「DNA検査をしたんだ……」


「……結果は?」


 田沢さんの声も、震えていた。


「……結果、どうだったの?」


 声に出さないといけない。

 声にして、伝えないといけない。


 ……視界の端に、凜花の姿を捉えた。

 静かに眠る凜花の姿を捉えた。


 ……ただ、言えばいいだけなんだ。

 違った。

 そう言えばいいだけなんだ……。


 ……出来なかった。


 どういうわけか、額に汗をびっしり掻いていた。

 喉は声帯を奪われたかのように、掠れた音しか出なかった。


 ゆっくり、二度、僕は首を横に振った。


 今の僕には、それだけしか出来る気力は残されていなかった。

ぶっちゃけ部屋の間取りは失敗だった感ある

娘寝ているとはいえめっちゃ近くで聞いてる…。


評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 幼稚園児なら、聞いても分からないですよ…。分かったのなら、それはそれで…ですし。 続き期待しています!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ