八話 薄毛は勢いに呑まれやすい
外からは、足音がする。
一つじゃない、まるで鍋をひっくり返した大雨が、地面に叩きつけらるような絶え間ない足音だ。一人、二人ではないだろう。
「ヌケゲ!外にいる盗賊たちをぶっ倒せ!」
ここは先手必勝。まだヌケゲという存在がバレてないのだ。ヌケゲにさっさと攻撃させてしまおう。これだけ巨大なヘビだ、驚いている間に数人の動きは止められるだろう。
勢いよく部屋の外に飛び出すヌケゲ。
俺も急いで後に続く。
そこには地獄絵図が広がっていた。
たった一瞬、一瞬だ。部屋からヌケゲが飛び出してすぐに、俺は部屋から続いて出た。
すると、どうだ。
天井中からは下半身がプラプラと揺れながら突き刺さる。
壁には、めり込んだ数人の男たち。右にも左にも、漏れなくめり込んでいる。
奥の方ではヌケゲが、最後の一人なのだろうか、盗賊と思しき男を締め上げている真っ最中だった。
「た、助け」
肉の潰れる音と、骨が外れていく音が同時に耳に届けられる。なんなら、ついでに鮮血が飛び散る音も合わせて耳に響く。
ちょっと直視できない。俺は視線を今出てきたばかりの部屋へと逸らす。
ニーシャが不思議そうにこちらを見つめてくる。この光景をみたら、どんな顔するんだろうな。
一瞬の間に何人ぶちのめしてるんだ、ヌケゲの野郎。
それどころかなんか残虐な行為もなさってませんでした?
俺、たしかにぶっ倒せとは言ったけどさ。でも、なんか期待してたのと違うな。
これ、俺が悪いのか?命令した、俺が悪い?
少し気を落ち着かせてから、もう一度見直してみる。
うむ、全員ピクリとも動かないね。
そりゃ、体当たりで金属の扉をひしゃげたようにできる使い魔だ。人間如き瞬時に捻り潰せるのだろう。
ヌケゲはというと、すり潰した人間をそのままにして、こちらをじっと見つめていた。いや、自分の使い魔だって分かってなかったらたぶん漏らしてる。
たぶんだが、次の命令待ちなのだろう。廊下を照らす灯りのゆらめきと、盗賊たちの血飛沫がいい味をだして、ちょうど夢に出てきそうな見た目をしているな。もちろん悪夢だ。
いやぁ、なんか、興奮して、ぶっ倒せ!とか口走ったのが悪かったな。完全に勢いで言ってしまった。
「なにが起こっているのですかぁ?」
俺たちの入っていた部屋とは別の方向から、声が聞こえた。
若い女性の声だ。もしや、俺たちとは別に捕まっていた人がいるのだろうか。
廊下を少し進んでみると、金属の扉が一つあった。扉に開いた小窓から中の様子が伺えたので覗いてみる。
そこには、薄暗い部屋の奥に、両腕をそれぞれ鎖で縛られた、緑髪の女性がいた。
「大丈夫か?」
「えぇ。何かあったのですかぁ?」
「俺は別の部屋に捕まっていたものだ。色々あって近くにいた盗賊たちを、その、ぶっ倒せた。これから逃げるところだ、あんたの分の鍵も探してくるよ」
「そうでしたかぁ。それでしたら、わたしの弓を一緒に探してもらえませんかぁ?」
弓?弓だと?
「お願いしますぅ」
「わ、分かった」
まあ、鍵を探してる間に見つかったら、渡してやるか。
さて、鍵自体はすぐに見つかった。
廊下の突き当たりにテーブルなどが置いてあり、そこに鍵束が乗っかっていたのだ。
そのあたりは少し広いスペースになっていて、テーブルの上には食べかけのパンなども置いてあった。たぶん、さっきの盗賊たちの食いかけだろう。ここは詰所のようなものなのだろうか。
ついでに弓も探してみる。うーん、弓。
少し見渡して、弓なのかは分からないが、なにやら太い紐が端に付けられた短い板が、壁に立てかけられているのが見えた。
なにに使うのだろうか。見たことのない道具だった。
おっと、弓を探さないといけないんだ。
しばらく探してみたものの、弓のようなものはこの部屋にはないようだったので、他の盗賊に見つかる前にと思い、俺はニーシャと、そしてもう一人捕まっていた緑髪の女性の元へと戻った。
廊下には血飛沫が垂れている。だが、どうやら鍵を探している間にヌケゲは消えてしまったらしい。ヤバいな、今盗賊に見つかると絶対に殺される。
急いで部屋へと入り、ニーシャの鎖を解く。
拘束が外れたニーシャは怒り心頭といった様子で、地団駄を踏む。
「くっそー、リンダとギリーのやつは許さないっす!特にリンダめ、キツく鎖を巻いてくれたおかげで手首が痛いっすよ。絶対にリンダは燃す」
「わ、分かった」
燃すか、ヌケゲ以上の残虐行為が行われようとしているな。止めるのも怖いし、気構えておこう。
まあそのあとすぐに部屋の外に出て、惨事をみたニーシャの顔が引き攣ったのは言うまでもない。
さて、ニーシャにもう一人捕まっていた人がいたことを伝え、そこまで移動。扉の前にて鍵を合わせる。
すぐに扉の鍵は開き、中に入って鎖の鍵を外しに取り掛かる。
「待たせてすまない。鍵は見つかった、だが弓はなくてな」
「そんなぁ。五十年かけて使った弓なのに」
五十?聞き間違えか?
そういえば、なんだかこの人、耳がやけに長いな。
鍵が外れる。
緑髪の女性は、少しばかり服を整えてから、こちらへ向かい直した。
「助けてもらってありがとぉ。わたしはリーリャとエスケルの娘、エトナといいますぅ」
「って、うわ!エルフ、エルフじゃないっすか、ラルフさん!え、えーと、あたしはニーシャです!」
「お、俺はラルフ」
「ニーシャちゃんに、ラルフさんですねぇ。よろしくお願いしますぅ」
エトナと名乗った、笑みを浮かべた挨拶をした女性の正体はエルフだった。
特徴的な耳、そして緑色の髪。
小さな顔に、整った顔のパーツ。目は垂れ目で、右目の端には泣きぼくろがちょこんとついている。耳にはなにやらエルフの文化的なものなのか、飾りがついていて、年頃の女の子、といった雰囲気を感じる。
細身なスタイルだ。こんな細身で弓を扱うのだろうか。そもそも、戦えるような感じもしないが。
「俺、エルフ初めてみたよ」
「あたしもっす。でも、どうしたこんな海沿い地域にいるんすか?エルフの里はもっとずっと内陸っすよね?」
「その、実は、狩りをしていたら、罠にかかってしまってぇ。気づいたら、ここまで連れてこられていたんですぅ」
おおかた、盗賊たちは俺やニーシャと同じように、このエトナのことも奴隷にでもするつもりだったのだろう。エルフといえば美形揃い。奴隷にすればかなりの値がつくはずだからな。
おっと、すっかり落ち着いてしまっていたが、ここは牢屋だ。さすがに逃げないとマズいな。
「話はまた後でゆっくりしよう。向こうのほうに、奥に抜けれそうな広めのスペースがあったから、まずはそっちに行ってみよう」
「わかったっす」
「はぁい」
…なんか、気が抜ける喋り方だな。エトナだっけ、こりゃあ、捕まってもしょうがないのかもな。
俺とニーシャ、そしてエトナは、先ほど鍵束を見つけた広めのスペースまで走ってきた。
ここからどうするか。外でも見れればいいのだが、この建物や付近の土地の情報もないままでは、いつ盗賊たちに見つかるか分からないぞ。
あとは、荷物なんかも回収できればいいのだが、それは最悪後回しか。ニーシャは復讐する気満々だが、俺は死にたくないので今すぐ逃げたい。
さて、そんなふうに思案をまとめていると、横でエトナが手を叩いて飛び跳ねた。なんだ、なにかあったのか?
「あぁー!ありましたぁ!」
エトナはそう言って、壁際へ走り寄っていく。
手に取ったのは、先ほど俺が不思議な道具だと感じた、太い紐が端に付けられた短い板。
エトナは太ももの間に板を挟むと、そのまま板をグニャリと曲げて、紐を板のもう片方の端へとくくりつけていく。
そうして出来上がったのは、まごうことなき弓であった。
なるほど、弓は弓でも組み立て式の弓だったのか。
弦が外れていた状態しか見ていなかったので、まさか弓だとは思わなかった。
エトナはというと、弓が見つかって大層ご満悦と言った表情だ。
…ん?なんだ、なんだか様子がおかしい。
しばらく動きが止まったかとおもったら、プルプルと震えて、ついには下を向いてしまった。
手にはしっかりと弓が握られている。
するとその手に握られた弓がギシギシと音を立て始めた。
それに伴い彼女の腕、肩、そして背中がゆっくりと盛り上がる。
筋肉が、そう、彼女の筋肉が膨張しているのだ。
数秒すると、筋が通った筋肉が、彼女の体から完全に浮き出て現れた。
エトナが勢いよく顔を上げる。
その顔は、先ほどまでのおっとりして印象を受ける顔ではなく、攻撃的にランランと目を血走らせ、今にも誰かを射殺さんとするような視線をあたりに振り撒いている顔に変わっていた。
「おい男ォ!」
「は、はい!」
「そう固くなるな。よう、助かったぜ。アタイはテュフォン。エトナに間借りしてるモンさ。アタイからも例を言う、あんがとな」
急にエトナが姉御肌になった。
先ほどまでとは人が違うようだ。まるで、べつの人格に入れ替わったかのよう。これは、二重人格ってやつなのか?テュフォンと名乗ったが、エトナとは別の人格というやつなのだろうか。
しかし、とにかく圧がすごい。
「い、いえ、恐縮です」
「だぁーって、固い固い。よぉ、話は変わるけど、アタイちょいとその面殴ってやんねえと気が済まねえ奴がいてねぇ。…ここにいるはずなんだ、探すの手伝ってくれないかい?」
「え、い、今からですか?」
「そうさ、アタイは基本弓持ってる間しか表にゃ出てこねえんだがよ、エトナが出てる時のことが分からんわけじゃあないのさ。…ここの頭領がね、憂さ晴らしにエトナを殴るクズ野郎でね。アタイは気にしないが、エトナは優しくていい子なんだ、それを殴るなんて許せない。彼女の分のお返しさ。やられたら、倍にしてやらないとね」
「おぉ、いいっすね!あたしたちも護衛を雇ったのに裏切られたんで、そいつらに復讐するとこだったんすよ。一緒にぶん殴りにいきましょう!」
「話が合うじゃねえか。あんた、ニーシャだったね。いっちょやってやろうか!」
「よーし!行きましょう!」
「「ふっくしゅう!ふっくしゅう!」」
なんで意気投合してんだよニーシャの野郎。
え、というかもしかして、今から復讐しにいく感じ?
逃げないの?
ニーシャと、今は、テュフォンだったな。
二人は息を合わせて、勢いよく突き当たりにあった扉を蹴り開けた。
それはどうやら外に続く扉だったらしく、広い空き地に続いていた。
日はすでに落ち、夜の帷があたりを包んでいる。
空き地の真ん中には炎が燃え盛っており、その周囲には、人、人、また人。
一、ニ、三、えーと、よし、うん。とりあえず、両手で足りないくらいにいるのだけはわかった。
ここってもしや、盗賊の根城の真ん真ん中なのでは?
俺たち三人が扉から現れ、盗賊たちは面食らった様子ではあったが、しかしすぐに異常なことだと気を取り直して、俺たちに襲いかかってくる。
「『火の精霊、サラマンドラよ。汝の力を持って全てを焼き払え。火蜥蜴の噴炎』!」
俺が慌てていると、盗賊に向かってニーシャがなにやら呪文を唱えた。
するとニーシャの後方から、建物ほどはある巨大な赤い蜥蜴の頭が地面から這い出してきた。
蜥蜴の頭は大きく口を開くと、炎をあたりに吐き散らかし盗賊たちを次から次に燃やしていく。
突然の出来事に盗賊たちは阿鼻叫喚だ。文字通り、叫び、喚き、炎に焼かれて地面をのたうちまわっている。
「オラァ!弾けろォ!」
対するテュフォンは、弓につがえた矢をギリギリと溢れんばかりの背筋で引き絞り、そして盗賊の頭に向かって撃ち放つ。
放たれた矢は風を切り、いや、風とともに盗賊の頭を穿った。
矢は突き刺さるどころか、盗賊の頭を貫通して脳漿をあたりに撒き散らしながら、さらに奥にいた別の盗賊の頭に突き刺さって、ようやく止まった。
テュフォンはすぐにその突き刺さった矢を回収すると、その勢いのまま飛び込み、近くにいた盗賊に拳を振り抜く。そして反対の手に持った矢をそのまま突き立てる。なんて凶暴な戦い方なんだ。
すぐに反撃に出た盗賊もいたが、いつのまにつがえたのか、すでに矢が弓の中に収まっており、テュフォンは引き絞られた状態で向かってくる盗賊の顔に狙いを済ます。
「ボーンッ!アッハッハッハッ!」
放たれた矢によって爆ぜた頭と飛び散る血飛沫を背景に、テュフォンが高らかに笑いをあげる様子は、さながら悪魔のようだ。
あまりに暴力的な戦闘を行うニーシャとテュフォンに、俺は膝の震えが止まらなかった。
おもしろい!と思っていただけら、星マークのところで評価をお願いします。していただけると、作者が嬉しくて泣きます。
感想までつけていただけたなら、作者が踊り狂います!
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