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七話 薄毛でも覚悟を決めて毛を抜く瞬間はある




朝。抜け毛のチェック。うむ、抜け毛なし。ここ二日調子がいいな。

宿の受付でニーシャと合流したあと、冒険者ギルドの前で、護衛パーティ『旅鴉の爪』のリンダ、そしてギリーと待ち合わせる。


彼らは馬車を用意していた。費用が気になるところだったが、なんでも、もう一つ受けている荷運びの依頼用なので、費用は冒険者たち持ちでよく、今回は俺とニーシャはそれに同乗できるようにしてくれるらしい。

よかった、馬車で二月の道のりを歩きで行ったら、旅も長くなるが、それよりも毎日疲れてしょうがないだろうからな。


車輪の回転に合わせ、ゴトゴトとなる荷台。街の門にはすぐについて、トラブルもなく旅は始まった。



馬車に乗り込んですぐは、緊張と興奮からソワソワとして落ち着かなかったが、馬車の外に広がる風景は変わり映えもなくどこまでも草原。

街道に沿って進むだけなので、対して揺れもなく、しばらくしたら暇を持て余すようになってきた。


御者はギリーが務め、リンダは荷物の監視をしている。

俺とニーシャも荷台に乗っていて、リンダとたわいもない話をしながら暇を潰していた。


荷物の詳細までは教えてくれなかったが、運んでいるのは酒樽が5つほどだ。しっかりと蓋がされていて、中身は分からない。まあ、酒樽という名前がつく樽だ。どうせ中身は酒だろう。



陽が傾いてきた頃に馬車は止まった。陽が落ちきるまえに、野営の準備をしてしまうらしい。


ニーシャは、自分が魔法を使えることを説明し、火おこしをしたり、飲み水を作ったりしていた。

俺?俺は、それを感心しながら見てたよ。


ニーシャが魔法を使えることを知って、リンダとギリーはかなり驚いていた。ただ、その驚きは感心というよりは違う感情を持つものに見えた。瞬間的にだが、なにやら顔つきが一瞬変わったのだ。



「ふーん、あんた、魔法使えるんだね」


「はいっす!得意なのは、炎系統の魔法なんすけど、そこそこ優秀なんで他の属性魔法も、基本的な魔法は使えますよ。なんか、困ったことがあったら相談してください!」


「分かったよ」



リンダは、冒険者ギルドで見た人当たりの良さとは打って変わって、魔法をみる目には冷たさがあった。ニーシャとの会話も、なんだか冷たく感じる。

ニーシャはというと、そんなこと気にせず火の管理に夢中だ。

うーん、俺の気のせいだろうか。こんな小さなことが気になるなんて、もしかして俺の器、小さい?



翌日。

やることもなく、馬車に揺られる。

ふむ、暇だ。

ニーシャは寝ているし、リンダもなにやらギリーと会話しながら地図を見ている。

うーん、こんな時に使い魔でも召喚できれば、暇つぶしになるんだが。しかし、召喚用の素材は俺の髪の毛。それ以外の素材なんて持ってはいないし、ましてや用意の仕方も分からない。

髪の毛を抜くも嫌だから、結局召喚はできない。


そもそも、あまりにも平和だ。

内陸にかけて魔物が強くなると聞いていたが、人間の生活圏ではあるし、魔物が飛び出してくることも少ないのだろうか。

まあ、下手に事故が起きたりするよりはマシか。

…寝るか。

ニーシャの行動は正しい。暇なら寝るのが正義だ。

俺はニーシャに習って目を瞑り、いくつかの他愛もない思案をした後で、眠りに落ちた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ラ、ラルフさん!起きて、起きて!」



ニーシャの声がする。なんだ、なにかあったか?

目を開けたがら目の前は闇。いや、この感触、布か?

なんで、布なんか目に当てられてるんだ俺は。



「うるっせえぞ、そこの女ァ!」



聞いたことのない声がした。

誰だ?ギリーの声か?

しかしギリーだとすれば一応は依頼主と雇われの関係であるのに、かなり態度が悪いな。



「おいリンダ、ギリー!お前らが連れてきたカモだ、お前らで牢に運んどけ」


「ボス、そいつはあんまりだぜ。こいつら連れてきた労をねぎらったりして欲しいもんなんだがなぁ」


「うるせえギリー。働いてるのがお前らだけだと思うな。こっちは内陸まで遠征してきてんだ。お前らは冒険者のギルドでぬくぬく酒を飲んできただけだろう?」



なんだ、なんの話をしている?

ギリー、と名前を呼んだやつの声を、俺は知らない。

ボス、と呼ばれていたが、何をしているんだ?

牢に入れておけとも聞こえたぞ?



勢いよく体が宙に浮く。

腹の下のあたりが、なにかでギュウっと押されるような感じだ。頭と足には浮遊感がある。

手や足を動かそうとしたが、まったく動かない。どうやら縛られているみたいだ。


しばらく経って浮遊感が強くなったかと思ったら、突然肩に衝撃を感じた。

まるで地面にスッ転んだような痛みだ。


目に当てられた布が取られる。

目の前には、ほくそ笑むギリーの顔。



「よぉ、大将。すまんね」


「ギリー?なんだ、何が起こってんだ」


「ふん、本当にめでたい奴らだぜ」



ギリーは最後に吐き捨てるように言うと、出入り口とおぼしき場所から、出ていってしまった。



「放せ!放すっすよ!」



ニーシャの声が聞こえてくる。

出入り口から、リンダがニーシャを担いで入ってきた。

リンダはニーシャを投げ捨てると、ニーシャにつけていた目隠しを外す。



「よおニーシャちゃん、魔法は使うんじゃないよ?あんたの服に油をたっぷりかけておいたからね、炎でもだしゃ火だるまになってお陀仏だよ」


リンダはそれだけ言うと、俺とニーシャを置いて、ギリーと同じように出入り口から出て、金属の分厚い扉を閉めた。鍵を閉めるような音が少しして、足音が次第に遠ざっていく。



「お、おいニーシャ。これなんだよ、どうなってんだ」


「…やられた。リンダとギリーたちに騙されたんですよ、あたしたち。あいつら、盗賊の一味だったみたいで、寝てる間に縛られて、ここに連れてこられたっす」



盗賊の一味?

…クソ、騙されてたのか俺たち!

通りでギリーの様子に不信感があったのか。

ギルドでの笑みは、カモが釣れたっていう喜びだったのか。



「クソ、ニーシャ、抜け出せそうか?」


「あたし、鎖で縛られてるみたいなんすよ。これは魔法使っても抜けれるか微妙です…。炎なら焼き切れたかもしれないっすけど、油まで服にまかれて、対策もされてます」



…昨日の夜、対応が冷たかったのもこういう訳か。ニーシャが魔法使いだって分かって、いろいろ考えてたのか。



「このままじゃ、まずいよな」


「良くて奴隷、悪くて犬の餌とかじゃないすか…?」



良くて奴隷って!

なんも良くないだろ!

いや待て、ニーシャは魔法が使える上に若い女性だ。殺されはしないだろう。でも俺は、ただの、おっさんだ。奴隷になっても肉体労働まっしぐら。犬の餌になるのが、今のところ可能性一番高いんじゃないか?

それ、死ぬってことじゃないか?


嫌だ、死にたくない。

考えろ、俺には何ができる。

掃除、洗濯、その他家事。ゴマすり、お世辞、靴も舐められる。いや、靴は舐めたくない。

言ってる場合か?死ぬかもしれないんだぞ、俺。

最悪アイツらの靴でも舐めて助けてもらうしかないか…?



いや、待てよ。


俺はズボンのポケットに入れておいたものを思い出した。


そうだ、ここにある。ここにあるぞ。

ニーシャから貰った召喚用魔法陣!



「ニーシャ!俺のポケットまさぐってくれ!」


「こんなときになにさせようっていうんですか!まさぐれって…、この変態!」


「い、いや、この間もらった召喚用の魔法陣、ポケットに入ってるんだ!それをとってくれ」


「最初からそう言ってくださいよ!」



ニーシャは縛られながらも芋虫のように這いずり俺の近くに寄ってくる。

うーむ、這いずってくるの、ちょっとエロいな。

まてまて、そんなこと考えてる場合ではない。


ニーシャが俺に背を向け、手を使って器用にポケットをまさぐる。

少しして、ポケットから手を取り出したニーシャの手の中には、クシャクシャになった召喚用の魔法陣が握られていた。



「これ、これそうですか?」


「あぁ!でかしたニーシャ!」



クソ、しかし、こうなるとあとはやることは一つ。俺は髪の毛を抜かねばならない。



「…ニーシャ、髪の毛を抜いてくれ」



ニーシャの手に、俺は自分の頭を持っていく。


心臓が脈打つ。


全身にびっちょりと汗をかき、体は熱を持つ。


手は震え、呼吸は気づかぬうちに早く、そして浅くなっている。



一瞬の痛み。頭に感じる小さな喪失感。また一つ、俺の元から髪の毛が去っていった。

悔しい。苦しい。なぜ俺がこんな目にあわなくてはならない。

俺の心にふつふつと復讐心が芽生えていくのを感じる。

リンダとギリー、俺の髪の毛を奪う真似をしやがって、ただじゃおかない。

ぶっ殺す…まではいかないが、それでもこの責任は取ってもらおう。



クシャクシャになった召喚用の魔法陣を丁寧広げ、ニーシャに髪の毛を落としてもらう。



「どうすか?ちゃんと乗ってます?」


「ああ、完璧だ」



ニーシャは体を動かすのが窮屈そうに身を捩る。這って移動するのが精一杯で、体勢を直すのも大変なようだ。召喚は俺がしたほうがいいだろう。


俺は後ろ手に、髪の毛に向かって掌をかざし、そして魔力はないが思いをこめて、呪文を口にする。



「『我契約者なり。贄に応じて姿を現せ』!」



後頭部側から光が溢れ、部屋を包む。

振り返ると、そこにはヌケゲがとぐろを巻いて俺のことをじっと見つめている。


よーし、こうなってしまえばこっちのもんだ。



「ヌケゲ、ニーシャの鎖を引きちぎれ」



初めての召喚で、三人組を吹き飛ばしたこともある使い魔だ。鎖を引きちぎるくらい、わけないだろう。

少し見守っていると、ヌケゲの体が泡が膨らむように大きくなっていった。

大きさはすぐに人の背丈よりも大きくなり、胴は人を一人飲み込んでも余るほどの太さになった。



「これが、ラルフさんの話してたヘビが大きくなるっていうやつっすか?!」



驚くニーシャをよそに、ヌケゲは鎖に噛み付く。

そうだ、いけ!ヌケゲ!

しかしヌケゲがいくら噛み付いても、鎖は千切れない。鎖を噛んで持ち上げてみたり、振ってみたりとヌケゲも試行錯誤しているようだったが、ただニーシャがそれによって宙をブラブラと揺れるだけだった。



「ええっと、これどういう状況っすか…」



ニーシャが困ったように俺に尋ねてきたが、そんなもん俺が聞きたい。


うーむ、もしかして、ヘビって顎の力が弱いのか?生き物を丸呑みするようなところを見たことがあったから、噛み付く力があるのかと思っていた。まあ、顎自体はかなり薄いし、筋肉が付いているような感じもないので、鎖を噛みちぎるような真似はできないのかもしれない。


つまりは、俺の命令が悪かったということか。

ヘビの特性を考えた命令をしなければ、実行してもらっても意味がない。うーむ、今まで使いっ走りをしてきた身としては相手の特性を考えて、誰かに的確に指示を出すといったことをするのは非常に難しいのだが、今はそんなことで立ち止まっているような状況ではない。



ヌケゲに持ち上げられたニーシャの鎖を見てみる。すると、腹のあたりに錠前が付いているのが見えた。

つまり、鍵さえ見つければニーシャは解放できるということだ。

なんでこんな初歩的なことに気づかなかったのだろうか。



「よし、そうしたら、俺とヌケゲでニーシャのの鎖の鍵を探してくることにしよう。ヌケゲ、牙で俺のロープを切れるか?」



ヌケゲはゆっくりとニーシャを下ろすと、尖った牙を突き出し、俺の手や足を縛っていたロープを鋭く切り裂いた。

パラパラとロープは力無く地面に落ち、俺は四肢の動きを取り戻す。

うむ、ヘビの牙は鋭い。これはヘビの一つの特性だ。こういうとこから、ちょっとずつ考える力をつけないとな。



「じゃあ、ちょっと行ってくる」


「た、頼みましたよ、ラルフさん!」


「シーッ!静かにしてろ!」



ニーシャを黙らせる。ここで大声出してバレたらどうする?

よーし、じゃあ早速扉を開けて…。


ガシャン。


扉には鍵がかかっていたのを、すっかり忘れてた。



「なんだぁ?なんの音だ」



見張りをしていたものがいたのだろう。扉の鳴る音に寄ってくる足音がする。


だぁー、もう!台無しだ!


ええい、こうなれば仕方がないな。

どう考えてもロープから抜け出した俺はすぐに見つかって捕まる。

となればここはもう!



「ヌケゲ!ドアに体当たりだ!」



ヌケゲは俺の声に反応し、その場でとぐろを巻いて力強く頭をドアに叩きつけた。

ドアはひしゃげながら轟音をたて、外へと弾き飛んでいく。

これでもう、バレたな。

だがしかし、ヌケゲはかなり強い。

男らしく、強行突破で行くぞ!






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感想までつけていただけたなら、作者が踊り狂います!


何卒よろしくお願いします!

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