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六話 薄毛だろうと、初めてのことはある




荷物の取捨選択にはかなり迷った。

そもそも、どこか別の街へと出かけたことなど、数えるほどしかないし、それも大人になってからは、ないに等しい。日程だってたかだか数日くらいが最長だろう。

しかし今回は家も引き払っての出発だ。この街に帰ってくる場所はなく、まあ家賃を払い続けられないだけではあるが、それでも、逃げ道のない旅だ。

俺は何としても魔法学園で髪の毛を治し、そして職を得るんだ。



とまあ、なんとなく意気込んでみたが、実際はただの移動だ。正直今いる街の外から先は、地形や諸国の位置情報すら大まかにしか知らない俺としては、遠いんだろうなってことしか分からない。魔法学園なんて自分に関係のない場所なんぞ、どこにあるのか調べたこともないからな。


ニーシャは雪が積もると移動ができないと言っていたが、季節はあと半年で雪が降るかどうかというくらい。それなのに今から雪の心配をするというとこは、それなりに遠いのだろう。


しかしそうなると旅の間の金銭に困るか?そこそこの貯金はあったし、持っていけない家財などは売ったので、しばらくは持つだろうが、旅が長くなるなら足りなくなるかもしれない。…そのあたり、後でちょっとニーシャに聞いておこう。



しばらく自宅だった建物の前でそんなふうに考え事をしていると、これから長旅をするようには見えない、軽装のニーシャが歩いてきた。



「お待たせしましたー」


「…すまん、気になったのでいいか?その軽装で、魔法学園まで行くのか?もしかして、かなり近い?」


「いやいや、めっちゃ遠いっすよ。運良く進めりゃ馬車で二月とかかかるくらいっすね」



馬車で二月のところにあるのか。

まあそこまで遠いと思う距離じゃないのかな。

しかし、ニーシャの荷物量ではなおさら二月の旅に適しているとは思えない。

期間を聞いてなかったが、それでも長い旅になる可能性もあったので、俺なんて酒樽一つ分ほどの大荷物になってしまった。



「二月かかるなら、なおさらそんな軽装でいいのか?俺なんて、何を持ってかないかでかなり悩んだけど、こんな量になったぞ?」


「まあ、持ってくのなんて下着ぐらいっすよ。他のもんは必要な時に借りたり、買ってもすぐ売ったりする予定っす。基本的に旅なんて、お金使って現地調達すりゃどうとでもなりますよ」



うーん、そんなもんなのだろうか。

なんだが金が勿体無いと感じてしまうのだが、その辺り考え方の違いだろうか?



「まあとにかく、まずは護衛を雇わないとなんで、冒険者ギルドに行きましょうか」


「ん?護衛を雇う?」


「そりゃあ、学園はここより内陸にありますからね」


「内陸にあるから、護衛がいるの?」


「…え、もしかして、内陸側に旅するの初めてですか?」


「まあ、ここらへん近辺しか行ったことはない」


「マジすか、よくそれでついてこようと思いましたね」


「え、え?なにかあるのか?」


「はぁー、じゃあとりあえずギルドに歩くまでで説明しますよ」



なんだ、なにかあるのか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ニーシャの説明はこうだった。


まず、俺たちの住む大陸は、ぐるりと円になっていて、真ん中には高い山脈がある。

山脈から外側に向かって、平地や沼地、砂漠などもあるらしいが、そこはほとんどが魔物のすむ場所。人間が住むのはおよそ外縁の、つまりは海に面しているような部分だけとのことだ。



その理由は、なぜか大陸の真ん中に進むほどに魔物が強くなるように生息しているからだ。

ニーシャが魔法学園で教わったのは、真ん中には龍が住んでいて、そこから負けたものが順に生息域を決めたからなんだと。真ん中から取るとは、龍め、二つの意味で自己中心的なやつなんだろう。



さて、そんな強者は真ん中に、弱者が外側へと棲み分けされるような大陸の中で、人間はかなり弱い種族らしい。内陸寄りに住むことは難しく、人間達が住むのはおよそ大陸外縁の海沿いから少し内陸に進んだ程のところになったのは、必然とも言えるのだろう。

人間は、そうして大陸の外縁を細かく裁断して国を作り、各々自治をしているらしい。ふーん。



ニーシャ曰く、これはほぼ常識とのことだ。

いや、俺は知らなかったぞ。町人の息子に生まれ、子ども時代は遊び呆けていた。そして成人してからはひたすらに働いていた。そんな、地理やら地形やら教えてもらうような、ロクな教育受けてないからな。常識と言われたが、たぶん町のほとんどの人がそんなこと知らないじゃないのかな。ニーシャの育ちがいいんだろう。


例えばだが、魚屋の親父にこれはどこの海で取れたとか言われても、ピンとこないもんな。そんなもんでも、魚は美味いと思うし、生きていけるからな。

ただ、ここまで説明を聞いて、ようやくなぜ護衛が必要なのかわかった。



今俺たちが住むのは、獅子王国の西側にある海沿いの街『デネボラ』。そこから俺たちはここよりも内陸にある魔法学園がある街『ラサラス』に行くのだ。魔物は進むごとにどんどんと強くなっていく。

だからこそ、護衛を雇う。

内陸の魔物に襲われても身を守る手段が必要なのだ。

ちなみに、ニーシャが魔法学園から海沿いに来るまでは、最初は護衛を雇って、後半は自力でも大丈夫だったらしい。だから、別に最初から護衛を雇う必要はないらしいが、俺の身を守るため、そしてギルドの備品を売り払って金があるため、どうせなら気兼ねなく夜寝れるように護衛を雇おうと思ったとのことだ。うーむ、俺を守るだけの理由なら手離しで褒められたのだがな。




さて、ちょうど説明が終わったところで、街の冒険者ギルドについた。

さっそく中に入ると、入り口すぐに受付が置かれていた。酒場のようにテーブルが置かれたスペースが奥の方に見えたが、あれは冒険者用のスペースというとこなのだろう。部外者などはここで止められるってわけだ。



「あら、こんにちは。今日はどんなご用事でしょう」


「準備が出来次第出発で、内陸に向かおうと思ってるんすよ。『ラサラス』まで行く予定っす。で、その間の護衛を雇いたいんすけど、手空きの人でいいんで聞いてみて貰えないっすか?費用とかは直接相談のるんで」


「そうなると、『ゾスマ』の方は今魔物が活性化していて通れないから、『シェルタル』と『レグルス』経由での行程になるね」


「あー、そうなんすね。そしたら『シェルタル』経由で『ラサラス』までの護衛を雇いたいっす」


「分かったわ」


手慣れた様子でニーシャが受付を済ませてくれた。さすがに魔法学園からこの街まで旅をしてきただけあるな。おじさん、感心するのと同時に、全部ニーシャに任せてる自分が情けないよ。


しばらく時間を貰いたいとのことだったので、ニーシャと一度外に出ることにした。




「そしたら時間が空きましたし、何しましょうか」


「そうだな…、そうだ、使い魔。使い魔のこと、もっと教えてくれよ」



ニーシャに提案した理由としては、単純な興味だ。はっきり言うと、今俺の頭から生えてる龍の髭を、今後召喚で使うつもりはまったくもってない。だって髪の毛減らしたくないからね。

でも、使い魔を一度召喚してみて、また召喚してみたいという気持ちが生まれてしまった。初めての魔法に興奮した。


手から炎を出すとか、そういう魔力ってやつが必要なのは、ただの人である俺には難しいだろうけど、でも召喚は魔力を使わないらしいし、それなら、俺にもできる。だから、今後もし機会があったときのために、召喚のことをもう少し知っておきたかった。



「おー、いいっすね。こっからだと商業通りの空き地が近いか、じゃあさっそく行きましょう」



数分歩いて、ニーシャと空き地へ入る。今は太陽も高く登っている昼間だが、商業通りは子ども達の遊び場には適していないからか、道行く人はいるものの、空き地の中は誰もいなかった。



「じゃあ早速召喚してみましょうか」


「俺、素材とかなんも持ってないけど」


「あっ、じゃあこれ使っちゃいましょう」



そういってニーシャが渡してきたのは俺の髪の毛だ。



「いつの間に、抜いたんだよ」


「いや、それ昨日酒が入る前に実験用で貰ったやつっすよ」


「な、なるほど」


「あたしも召喚士とかじゃないんで、そういう素材は用意がないんすよ」


「ちなみに、召喚にはどういう素材があるんだ?」


「うーん、基本的には魔物の魔力が一番篭ってる部分っすかね。でも、魔物ごとにその部位は違うし、素人目には、つーかあたしにも、その判別はホント難しいっす」


「でも、龍の髭は召喚用の素材になるって、言ってなかったか?絶対、龍は魔力が髭に一番篭るとか決まってるの?」


「いや、龍みたいな魔力の塊の魔物は、もはやどの部位でも魔力量がありすぎて、どこの部位でも召喚には使えるらしいっす。逆に、スライムみたいな魔力がまったくない魔物は、どこ切り取っても召喚には使えないっすね」



ほうほう、そんな決まりみたいなのがあるのか。

なんか、勉強してるみたいで楽しいな。



「まあ、とりあえず召喚してみましょう」


「そうだな」



俺はニーシャが書いてくれた召喚用の魔法陣に髪の毛を置いた。

そして掌を髪の毛に向け、昨日教えてもらった呼び出しの呪文を唱える。


「『我契約者なり。贄に応じて姿を現せ』」



髪の毛から白い光が漏れ出す。そして閃光。

現れたのは、前と同じく一匹の白いヘビだ。



「おぉー!やっぱりこの瞬間は気持ちいいな!」


「おっさんが年頃の女の子に、気持ちいいとか元気に言わんでくださいよ…」


「そ、そう?というか、俺の出した使い魔は前と同じ見た目なんだな」


「まあ素材が一緒ですから。基本的には、使ってる素材が一緒なら、出てくる使い魔も一緒っすよ。人によって特別な見た目をした使い魔が出てくるわけでもないです」



ヘビは小さく揺れながら、俺の目をじっと覗いてくる。これはあれか、命令待ちって感じなのか。



「命令とかって、どうやってするんだ?」


「普通にこうしろ、ああしろって言えばいいっすけど。…あっ、そういえば、名前ってつけました?」


「え、名前つけるの?」


「学園にいた頃は、そのほうが命令を聞きやすいとか、召喚士の先輩が言ってましたね」


「ほーん。じゃあ、お前は今日から…、ヌケゲだ」


「あ、安直。もっとカッコいい名前とか、呼びやすい名前とかつければいいのに」


「でも、事実だろ?」



そう、だってこいつは俺の抜け毛だし。

名前も決まったし、早速いろいろやらせてみるか。



「ヌケゲ、この棒とってこい!」



俺は、そのあたりに落ちていた木の棒を空き地の隅に向けて投げた。

ヌケゲは、言われた通りにその棒を追いかけていって、器用に口に咥えて戻ってくると、俺の手にそれを差し出した。

うーむ、かわいい。まるでペットだな。

それに、名前を決めたからか急に愛着も湧いたな。

まあ、髪の毛抜きたくないし、本当の意味で抜け毛でもない限りは、今後コイツを召喚するつもりないんだがな。


その後も、簡単な命令をヌケゲに与えてその反応を見てみたり、少し触ったりしてみた。

触り心地は、ザラザラとしていて少し冷たいような手触りだ。これは元の髪の毛としてこ手触りなのか、それともヘビっぽさからくる手触りなのかは分からないな。



「…よーし、できた」



俺とヌケゲが遊んでいる間、ニーシャはなにやら作業をしていた。

なにやら作業が終わったような雰囲気であったので、そちらを向いてみると、ニーシャが召喚陣の書かれた何枚かの紙を束ねている。



「ラルフさん、これ渡しとくっす。旅の途中、なんかあったとき使ってください。髪の毛抜けば召喚できるんすから」



ニーシャも簡単に言うが、自分の毛を抜くとか言う苦行は簡単に行いたくはないぞ。



「でも、そうならないための護衛だし、そもそもなにかあっても俺は髪の毛抜くつもりはないぞ。ハゲたくないんだから」


「護衛を過信しちゃダメっすよ。せっかく召喚できるんだから、自分の身は自分で守るくらいはしましょうよ。死にかけておいて、ハゲるのが嫌とか、そのほうがダサいっすよ」


「それは、まあ、一理ある」


「一理どころか十割こっちが正論だと思うんすけど」



でたでた、正論が正しいと思ってるやつな。

…なんか俺矛盾したこと考えてないから?正論は正しいだろ。



「というか、そろそろいい時間っすね。一回冒険者ギルドに顔出してみましょうか」



おっと、ヌケゲと遊んでる間にそんなに時間が経っていたのか。空を見上げると、真上にあった太陽が、建物の陰にまで落ちていた。そろそろ、陽が沈む時間帯か。



「使い魔はどうする?」


「うーん、まだ消えないみたいだし、連れて行ってもいいすけど。でも、ある程度用事が済んだら消しておいて必要な時に呼び出すってのが基本すね」


「うーん、次にいつ抜け毛ができるか分からんからな。でもまあ、どうせ俺が使い魔を召喚するようなことなんて、起きないだろ」


「じゃ、消えろって命令してあげてください」


「よーし、ヌケゲ。『消えろ』」



ヌケゲは俺の言葉に小さく頷く。それと同時に、体は塵に変わり、そして風に運ばれて消えていった。




冒険者ギルドに戻ると、受付の人に奥のテーブルがあるエリアまで通された。

数組の冒険者達が座って談笑している。

俺とニーシャはその中で男女二人で話す冒険者の元へと案内された。受付は、二人に軽く耳打ちして、また入り口のほうまで戻っていった。


女性の方の冒険者が、俺とニーシャの顔をそれぞれ見て話始めた。



「よぉ、あんたらが依頼主様かい?私らは旅の護衛を専門にしてるパーティの『旅鴉の爪』ってんだ。ジョナ、えーと、あの受付のやつから護衛を探してるって聞いてね。私らなら獅子王国内ならどこでも案内できるよ。私はリンダ、こっちの男はギリーだ」


「どもども、依頼したニーシャっす。こっちが連れのラルフ」


「どうも、ラルフです」



なかなか屈強そうな見た目をした男女二人組だ。少なくとも、喧嘩で勝つことはできないだろう。

女性の方は肩から背中にかけて大きな剣を身につけており、男の方は二振りの短めの剣を腰につけている。どちらも皮の鞘に包まれていて、見える範囲からほんの少しだけ覗く鉄の刃が、鈍く光っていた。



「よし、そんじゃ費用のことなんだがな。私ら一人当たりに報酬金貨二枚でどうだ?」


「金貨二枚でいいんすか?!安いっすね、あっ、もしかして、食事代と宿代こっち持ちってやつすか?」


「いんや、それは払わなくていいよ」



ほうほう、こうやって交渉していくんだな。食事代や宿代など細々した内訳もここで決めるのか。

金貨二枚というと、俺の一月の給料分くらいだろうか。そう考えると高いようにも思えるが、今回の旅は少なくとも二月かかるとニーシャは話していたし、それ以上かかるかもしれない。そうなると、一月良くても金貨一枚ほどの報酬だ。命の危険を背負いながら、俺たちを護衛するっていうのには、確かに破格だと思う。



「実は、『レグルス』まで荷物を届ける依頼も受けててね。この時期なら護衛も幾分か楽だし、王都を超えるまでそもそも護衛いらないだろ。だからそんくらいの報酬でこっちも良いのさ」


「いやいや、安く済む分にはこっちも助かるっすけど…」


「じゃあきまりだね。出発はいつにする?」


「『ラサラス』のあたりは魔物も強いし、それで立ち往生して雪に追いつかれても困るんで、明日の朝出ましょうか」


「分かった。明日の朝、このギルド前に集合だ。忘れ物するんじゃないよ」


「あいっす!じゃあよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」



ほとんどニーシャに決めてもらったな。

まあ、旅初心者の俺がしゃしゃり出るのもおかしいし、交渉のやり方なんかも知れた。

しかし、男の方、ギリーだっけか。なにも喋らなかったな。


テーブルから離れ、ギルドから出ようとする前に、ふと、この話の間なにも話さなかった男のことが気になり、チラリとテーブルのほうをのぞいてみる。

すると、ギリーと紹介された男はニヤニヤと笑みを口の端に浮かべ、なにやらリンダへと耳打ちしていた。

リンダの方も、なにやら笑いが堪えられないといった様子だ。


ほんの少しの違和感はあったが、護衛の依頼が無事決まったのだから、それで喜んでいるだけだろう。

ギリーも、あんな風に楽しそうに笑えるやつなら、旅の間ギクシャクせずにすみそうだな。



ニーシャと俺は、家を引き払ってしまっていたので、翌朝の待ち合わせまで宿を取り、そして今日は早いうちに眠ることにした。

さて、明日はついに出発だ。









おもしろい!と思っていただけら、星マークのところで評価をお願いします。していただけると、作者が嬉しくて泣きます。

感想までつけていただけたなら、作者が踊り狂います!


何卒よろしくお願いします!

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