四話 薄毛と膝枕は相性がいい
顔にかかる暖かい熱。そしてそれを冷ますように吹く風が心地いい。
目を覚ますと、そこには青空と、太陽と、そして覗き込むニーシャの顔があった。
黙ってれば美人なんだが、いつもニヤけた面をしているし、人を小馬鹿にする態度が残念なやつだ。
今も俺を心配そうに見つめてくる顔だけ切り取れば、こう、男心的にはグッとくるものがある。
「あっ…、ラ、ラルフさん大丈夫っすか?」
俺が起きたことに気づいた瞬間、ニーシャは一瞬安堵したかのような口元の綻びを見せたあと、普段通りいつものニヤついた顔つきに戻った。
心配してくれていたのだろう。
「俺、寝てたのか?」
「そうっすよ!倉庫でぶっ倒れてから、その、なんやかんやあって、外のベンチっす」
「なんで医務室じゃないんだよ、ぶっ倒れてんのに」
「なんか、医務室がいっぱいだからって、外に出されちゃって」
なんだ、なにかあったのか?
…そういえば思い出してきた。
使い魔のヘビが突然デカくなって…、三人組を吹き飛ばして…、ビビりまくって…、うーん、そのあたりから記憶がない。
「ん?」
気づかなかったが、ふと後頭部にモチモチとした感触を感じる。外のベンチに寝かされているんだよな?枕でもつけてくれたのか?
でも、それにしてはいやに温かい。薄毛だから熱い冷たいは分かりやすいのだが、この感じはベンチに直接頭をつけてる温度感ではないな。
「これ、なんだ?」
気になって揉みしだいてみたが、それは滑らかで、弾力があって、そう、まるで…、人肌みたいに。
「うぎゃ!どこ触ってんすか!このスケベ野郎が!」
世界がひっくり返る。
後頭部の枕が急にななめになったかと思ったら、その勢いで地面に転がり落ちてしまった。
ベンチから地面まで多少の高さがあったせいで、満足な受け身も取れず俺は額を強く打ちつけた。
「痛った!な、なんだよ?なにが、スケベ野郎だぁ…?!」
気だるい体を起こすと、顔を赤らめるニーシャがこちらを睨んでいた。
急に枕を引っ張りやがったなコイツ。
…あれ、枕どこだ?
「せっかくあたしが心配してたのを…!見損ないましたよ!」
…もしかして、膝、枕、されてた?
後頭部に残る柔らかい感触を思い返し、俺は自分のしでかした行為に少しの嬉しさと、後悔と、そしてもったいなさを感じた。
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「いや、あの、悪かったって」
「これ、貸し一ですから。…いや、あそこまで運んだことと、その間心配してあげたこと。あと、その、ひ、膝を貸してたことと、その後の変態行為で貸し四っすね」
「いや、その、変態行為については認めるけどそれ以外も…?」
「ホントなら発毛剤作ってあげたくらいから貸しですけどね」
「いや、分かった。もう黙る」
思わぬ形で借りを作ってしまった。
まあ美人のふとももを触れたのだ、ある意味ではその程度で済んで良かったともいえるのか?
まあこれが見知らぬ他人なら即、巡回兵にしょっぴかれて王都で有罪判決言い渡されるだろうな。それを借り程度にしてくれたなら、それもまたニーシャの優しさか。
「…そういえば、ニーシャは大丈夫か?」
「えっ、あたしですか?ピンっピンしてますよ。でも、気づいたらなんか埃が舞ってるわ、扉は壊れて外に人は倒れてるわでなんもわかんない上に、ラルフさんがウンともスンとも言わなくなっちまったんで、困ってたんですよ」
「…あぁー、そういえばそうだったな。お前、考え事してて周りがなんにも見えてなかったからな。凄かったんだぞ。急にあのヘビの使い魔がデカくなって、三人弾き飛ばしたんだ」
「三人?いつから人いましたっけ?てか、使い魔がデカくなった?!なにそれ新情報!」
「そこからかよ…、分かった分かった。順を追って説明するよ。えーっと…」
「おい!ラルフ!お前だお前!」
これからだってときに、なにやら大声で俺たちを呼ぶ声が響いた。
呼びかけられた声の主が近づいていくる。
やばい、そういえば悠長にしていたけど、今仕事中じゃないか?
もしかして、サボってるように見えたか。
いや、実際サボってるんだけどな。
近づいてきたのは、この魔法ギルドの建物で警備担当をしている男だった。
「おいラルフ!…お前、やってくれたな!」
え?俺なにかやっちゃいましたか?
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「クビ」
「…はい?」
「管理担当のラルフは、今日付で当ギルドとの契約を破棄する。つまりは、クビ。これは決定事項だ」
「え、ええ?突然どうしてなんです?!」
外で呼ばれ、連れてこられたのは『箒屋根』ギルドマスターの部屋。
入るのは初めてだ。ここで働くことが決まったときも、なにやら偉そうな髭面の魔法使いといくらか言葉を交わすだけで、ギルドマスターと呼ばれる人とは話したことも、見かけたこともなかった。
まあ、自分に関係のある人ではないからと気にしていなかったのだが、突然その部屋に呼ばれたので、要件が気になるというところ。
だが、入ってすぐに言われた、そう、言葉を借りるのであれば『決定事項』に、俺は面食らった。
薄いカーテンの向こうから、ギルドマスターと思わしき人の口元だけが見える。
しわの入った口元から、歳はそれなりの人なのだろうと判断できた。
声色からして、男だ。声が低い女性かもしれないが、ローブでよく分からない。
歳を食うと、人間ってのは性別がわからなくなっていけないな。
「えーと、ギルド、マスターでいいんですよね?クビって、どうして急に…」
「今日、ポーション部門で働く若造三人が重傷を負って医務室に運び込まれたのは知っているね?」
「え、医務室に運ばれたのは知らなかったです…」
俺が寝てる間にそんなことがあったのか。
なるほど、三人組は結局大怪我だったのか。
そりゃあ、あんだけでかいヘビに尾をぶつけられて、怪我しないほうがおかしいか。
なるほど、これで合点がいった。
俺が起きた時、外で寝てたのは、医務室がてんやわんやの騒ぎでそれどころじゃなかったからってとこなのだろう。
うちの医務室は最低限のスペースしかないし、二人寝かせるがやっとってとこだ。
気を失ってるくらいの俺は外に放り出されても仕方ないといえば、悲しいが事実だ。
「それで、その三人のことと、俺がクビになることになんの関わりがあるんです?」
「…重傷の身体ながらも、その中の一人が必死に、誰がやったのかを教えてくれてな。それがね、ラルフよ。君だったわけだ」
「え、いや、それは…」
いや、あれは事故みたいなものだ。
俺だって使い魔が、まさか膨らんで大きくなるとも思っていなかったし、ましてや最初に喧嘩をふっかけてきたのは向こうだ。その流れもあっての、奴らの怪我でもあるはずなのだが、その辺りはどうなのだろうか。
…いや、よく考えれば、軽く小突かれたくらいでお返しに医務室送りにするのは、あまりにも気合い入りすぎだな。どう考えても、こっちが悪者だ。
「本来であれば、お前を犯罪者として国に引き渡すべきなのだろうが…、手続きはめんどうくさいし、国の監査が変な時期に入るのも困る。クビにするほうが幾分か手間が楽なのでね」
「でも、は、話が突然すぎますよ!今日、ですか?」
「いやまあ、ちょうど業績が悪くなってきたところで、人減らしする必要があったのだよ。ある意味ではちょうど良かったとも言える」
「ちょうど良くないです!そんな殺生な…」
「さて、もういいかね?申し訳ないが本日を持って君はクビだ。そして、話もおわりだ。私も忙しい身なのでね。さっさと荷物をまとめて、出ていきたまえ」
俺は、なにも言えなかった。三人組と揉めた件については反論しようと思えたが、怪我をさせたのは事実。
自分が悪いってのが分かってるからこそ、下手な反論もできないのが悔しい。
トボトボと、俺は廊下を歩く。
クビ、クビだって?これからの生活はどうしていけばいい?家賃だって払えない、すぐには来なくてもいつか飯代に困る時期もくるだろう。別の職を探すにしても、こんなおっさん、誰が雇ってくれるっていうんだ。
冒険者をやる体力も知識もなく、なにかに秀でた才能や技術もない。俺にできるのはせいぜい雑用ってとこだ。そんな俺を、俺だったら雇わないだろうな。
少し歩くと、俺のことを待っていたのか、ニーシャが壁に背をもたれているのが見えた。
ニーシャは俺のことを見つけると、いつものニヤケ面で近寄ってきて、俺の腹を小突く。
「なーに辛気臭い顔してんすかー、もしかして、クビにでもなりましたー?」
「正解」
「え?」
覇気のない返答に、ニーシャも驚く。
まさか正解を言い当てるつもりはなかったのだろう。残念、現実は非常に残酷なのだよ。
「ど、ど、どど、どうしてっすか!」
「お前が考え事をしている間にあった一連の事件で、俺はクビになる、って感じかな」
「はぁ?ちょっと、なにがあったかちゃんと聞かせてください!」
「分かったよ、まず…」
俺はニーシャが考え事をして周りが見えていなかった間に、なにがあったのか順を追って説明した。
途中からニーシャの顔には、怒り、驚き、そして多少の興奮が入り混じり、そして最後には覚悟が決まったかの様な真剣な顔になった。
「あたし、ギルドマスターに言ってくるっす。ラルフさんは悪くないって」
「いやいや、いいよ。悪いのは事実だから」
「何言ってんすか!初めて召喚した使い魔を扱い方もわからず制御できなかったことは、誰しも経験するもんす!それに、元を正せば、あたしにも非があるし、それに、その三人組だって…」
ニーシャは真剣に俺のことを擁護してくれている。なんだろう、泣きそうだ。若い子が真剣になってのを見て泣きそうになるっていう、歳をとったからみたいなところとかもあるが、こう、普段こう言う風に親身になってもらえないからこそ、刺さるものがあるんだよな。
「…聞いてますか、ラルフさん!」
「え、ごめん、聞いてなかった」
「だから、ちょっと待っててください。絶対帰ったりしたらダメですよ!じゃあ、行ってきます!」
ニーシャは止める間も無く駆け出し、ギルドマスターの部屋へと勢いよく入っていった。ノックもしてないぞ、アイツ。
扉から俺の場所までは結構な距離があるが、それでもなにやら話し声が飛び交っているのがわかった。まあ、おもにニーシャの興奮した声が聞こえるのだが。
しばらくして、ニーシャが部屋から飛び出してきた。
目に力が入っている。
なにか進展でもあったのだろうか。いやでも、あの感じは納得いく形になったとは思えないのだが…。
「あたしも、ここ辞めることにしました!」
ニーシャは仁王立ちで腕を組み、高らかに宣言した。
「な、なんでそうなるんだよ!?」
「あのギルドマスター、カチンときましたよ!あの老害、やれ決まったことだからだの、やれ証拠が不十分だの言って取り合わないどころか、あたしのことすら罵倒してきたんすよ!このサボり魔って!」
「いや、それは事実だろ」
「ま、まあ事実ですけど!でも事実だとしてもそのあと、ラルフさんとはできてるのかだの、それ以外にも、せ、性的なことは聞いてくるし!そのあと、手を握って君みたいな優秀な人材にはーって触りまくってきた挙句、ラルフさんを捨てて俺に鞍替えしろって言うから…、あたし、あたし」
あのギルドマスター、男だったのか。
いや、というかなんだその絵に描いたようなエロジジイわ。
この感じからして、変なことでもされたんだろうか。であれば一発ぶん殴ってやるぞ、俺は。
ちくしょう、あのクソエロジジイめ!俺もうクビにされた身なんだ!ぶん殴るくらいはやってやるぞ!
「あたし、一発ぶん殴ってきてやりました!」
「ん、え、ええ?や、やるね」
俺が殴る前に、ギルドマスターはぶん殴られてた。
「そんで、とにかく、ラルフさんが辞めるならあたしも辞めるって言ったら、どうぞお好きにってことだったんで。あたしも辞めることにしました!よっしゃ!荷物まとめてくるんで、ちょっと待っててください!」
ニーシャはそう言うと、腕を大きく振って廊下をずんずんと歩いていった。
ニーシャの行動力、そして話の展開の速さについていけず、俺はただニーシャの後ろ姿を見送ることしかできなかった。
おもしろい!と思っていただけら、星マークのところで評価をお願いします。していただけると、作者が嬉しくて泣きます。
感想までつけていただけたなら、作者が踊り狂います!
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