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三話 薄毛はいじられると上手く返せない




真っ白な蛇が、俺の目を一心に覗いている。



召喚陣の真ん中でとぐろを巻き、舌をチロチロと出しながら、蛇は片時も俺から目を離さない。



試しに、右へ、左へ体を揺らしてみると、蛇も真似して同じ方向へと頭をもたげてきた。



か、かわいい。



これが、使い魔ってやつか。



「ありゃりゃ…?なんか、ちっさい蛇っすね。あたしはもうちょいデッカいの想像してたんすけど、なんか調子狂っちゃうなぁ。やっぱり、絵本なんて誇張されてるんすかね?こんなちっちゃなヘビで、国なんて滅ぼせるのかなぁ」



俺がかわいい、という感想を持ったように、ニーシャもこの使い魔への感想を洩らす。



「べつに、かわいいのはいいことじゃないか」


「いやいや、お宝の召喚用素材使ったはずなんすよ?それがこんな、かわいらしいヘビ一匹しか召喚できないなんて。こりゃあ、やっぱりあたしの見間違えだったのかしら。…でも、召喚はできているのか、うーん、分からない」


「まあまあ、俺は初めて魔法が使えたってだけでもう十分満足だぜ」


「いや、こんなの魔法じゃないっすよ。魔力も使わないし、図さえかければ赤ちゃんだってできる初歩の初歩なんすけど」


「それでも、なんか魔法っぽいことできただけで、普通の俺からしたら貴重な経験だよ」



いやー、本当に貴重な経験…、ってまてよ。

なんか、大事なこと忘れてない、か?



「…そうだっ!!俺髪の毛白いままじゃないか!」


「いやそれ忘れてたんすか」


「そうだった、そうだった!どうしよう、これ元に戻せるか?!」


「まあ…、魔法で無理やり戻してみましょうか。龍の髭とかなんだったら、全部抜いて売っぱらうことも考えたんすけど、なんか、違うみたいっすし」


「そんなこと考えてたのよ。もし龍の髭だったとしても絶対させねえよ、毛根死んだらどうしてくれる」


「ホント、髪の毛バカっすね。売りゃ市販の発毛剤くらい好きなだけ買えんのに」


「毛根が死んだらもう生えねえだろ?」



ニーシャは魔法は使えるのに、毛根を労るとか、そういう初歩的なことをまったく理解してくれない。薄毛に対しての同情ってもんがない。

薄毛の人っていうのは、普段から周りの目を気にして生きて、かつ、どうやったら生えるのかって悩んでんだ。そりゃあ心労がかかる毎日だ。その気苦労を少しでも理解して、何事も提案やらして欲しいものなんだがな。

あとでまたニーシャに薄毛とはどれほど辛いか伝えてやらねばなるまい。

おっと、そういえば、召喚で出したヘビのことをすっかり忘れてた。



「そういえば、この召喚したヘビ、どうすればいい?」


「あー、そいつはほっとけば魔力切れたときに勝手に消えますよ。髪の毛一本でどんだけ持つか分からないっすけどね。命令しなきゃそこで大人しくしてるんで、とりあえず放置でいいんじゃないですか?」


「ふーん、儚い命なんだな。そしたら、先にさっさと髪を黒くする魔法かけてくれ。この頭のままじゃ仕事中に目立って仕方がない」


「ほいほい、学園にいた頃髪染めまくってたんで、任してくださいよ。でも、ホント人使い荒いっすよ。あたしが優しいから、こんだけしてもらえてるの忘れんでくださいよー!」


「ありがとうございますー」


「ったく分かってんだか。じゃあ、いきますよー」



ニーシャが俺の頭に掌をかざす。

目を瞑って何かを念じているようだ。

まさかこのまま毛を抜くとかはしないよな?



そのままの体勢で、しばらく時間が過ぎた。

いっこうに、髪色は戻らず、ニーシャも目を開けない。

そんなふうに思っていたら、突然、ニーシャが目を見開いた。



「なんでなんで…。なんでか、魔力が髪の毛に入っていかないっす」


「はぁ?どういう意味だよ」


「いや、それが、こんなこと今までなかったのに、なんでか分からないけど、あたしの魔力が、そう、まるで髪の毛に弾かれてるみたいなんすよ!」



ニーシャは興奮して叫ぶだけ叫ぶと、すぐにブツクサと原因について考え始めて自分の世界に入ってしまった。あんなに自信満々だったのに、突然なにがあったんだ?



「なんだぁ?こんなとこでサボってんのは誰だ」



入り口の扉が開く音と共に、見知った顔の三人組の男たちが入ってきた。

たしか、ニーシャと同じポーション部門で働いている奴らだ。

今の時間は別に、休憩時間でもない。

俺たちもサボってはいるが、サボっているのはお互い様だろうに、さも罪人を見つけたような口ぶりだ。



「うわうわ、ニーシャちゃんまたサボりかよ。あとで部長に言いつけよ。しかも、雑用のおっさんと一緒とか」


「もしかして、おたくらデキてた感じ?ないわー!ニーシャちゃん美人なのに、もったいねぇー」


「まあお似合いなんじゃない?美女と野獣っていうし」


「ここでは、サボりとハゲだけどな」


「…ハ、ハゲてねえし」


「え?おっさんなんか言った?」



ぐっ、こいつら、人の気にしてるところを!

だが薄毛というにも限界が近づいてきていたのも事実だから、ハゲと言われてもなんか納得して強く反論できない自分が嫌いだ。



「つーか、おっさん。髪染めたの、その歳で」


「だっさ。なにその色」


「おっさんがその歳で染めたら、ただの白髪だろ」



好きで染めたわけじゃないっての!

ここにいたら、ダメだ。完全に絡まれてる。こういう輩とは関わらず、早いところ逃げるのが吉だ。

俺はニーシャを小突いて連れ出そうと声をかけた。



「ニーシャ、おい、ニーシャ。こいつら面倒だし、別の場所に移ろう。…ニーシャ?」


「…龍の髭と同質だった場合、それは…鱗がついていたことからも…、だけど召喚されたのはヘビで…」



ニーシャは心ここに在らずといった様子で、自分の世界に入ってしまっていた。俺の呼びかけに答えるどころか、三人組が来ていることも気づいてないようだ。

その様子を見ていたのは、俺だけではなく、三人組もだった。



「…おい、ニーシャ!無視してんじゃねえぞ!」



ニーシャが考え込んでいるのだと俺は分かったが、三人組は無視されたと思ったらしい。

大きな怒鳴り声をあげて、一人がニーシャに詰め寄った。

俺はすかさず、間に入り、その男を宥める。



「ニ、ニーシャは考え事をしてるみたいなんだ。こうなると、周りが一切見えなくなるタチらしくてね。無視してるわけじゃないんだ」


「はぁ?それが嘘でも本当でも、人を無視して良い理由にはなんねぇんだよ!」



興奮している割に正論をかましてきた。なにも間違ってない。こうなると、完全に悪いのはこちらだ。ニーシャに謝らせでもすれば、場は落ち着くだろう。しかしニーシャはこの状況でもまだ自分の世界で考え事をしている。



それが、彼らの逆鱗に触れた。



「ふざけてんじゃねえぞ!」



興奮した一人が、俺ごとニーシャを突き飛ばした。

俺とて男だが、相手も男であるし、ましてやまったく予想だにしていなかったので、俺はニーシャの壁になることができず、そのまま諸共押し倒されてしまった。



「痛!」



倒れ込んだニーシャは、考え事をしていて受け身が取れず、頭からすっ転んだ。対する俺も、ニーシャとくんずほぐれつ転んでは、下手な噂を立てられかねないと思い、身を捩って大きく横へと転がるように床へ倒れ込んだ。ニーシャを助けようかとも思ったが、これもすべて深すぎる思案の海にいたニーシャが悪いので、自分を守ることに瞬間的に決めた。ニーシャ、すまぬ。これもお前が悪いのだ。

しかしそうやって自己保身に走ったのが悪かった。



ここは倉庫。床には、置きっ放しのものが散乱しており、なかには尖ったものもある。

なにで引っ掻いたのかは分からないが、転んだあとで腕に焼けるような痛みがあり、よく見てみると、腕からは血がポタポタと溢れていた。

傷が浅いのか、それとも怪我をしたばかりで痛まないのか分からないが、血の量に比べて傷は痛まず、俺も慌てるほどのものではないと瞬時に分かった。



しかし、三人組のほうは違った。そこまでやるつもりはなかったらしい。俺の腕から垂れる血を見て、引いた顔をしている。流血沙汰ともなれば、怪我をさせた方からすると内心ビックビクだろうからな。ふぅ、これで落ち着いてくれるといいが。



垂れて落ちた血が、床の木の目を辿っていく。

血は滑らかに床の隙間を這って行き、そしてある場所へと辿り着いた。

それは、少し前まで俺とニーシャが盛り上がっていた、召喚陣のまん真ん中。



そこには騒ぎの間も、命令を待ち続けていた真っ白なヘビが一匹、ただとぐろを巻いていた。



ヘビの体に血が触れた。

ピクンッ、とヘビが揺れる。



ヘビはゆっくりと頭を揺らすと、その瞬間、ヘビの体が膨張した。



ぶくぶくと泡が立つようにヘビの体は急速に大きなる。

人の体を超えてもまだ膨らみつづけ、ついには頭が倉庫の天井につくほどまで体は肥大化した。



その間、ヘビの眼は三人組を捉え続け、そしてついにぴたりと膨張が終わったときに、はじめて目が離れた。

そうして、目が離れたのを合図に、ヘビの尾はとぐろから放たれ、三人組を扉ごと廊下へ吹き飛ばした。



後から、尾の動きに伴うすさまじい風が、頬の横を突き抜ける。

風は埃まみれの倉庫を換気し、塵を舞い散らせた。



廊下の奥から激しい衝突音が響く。そしてあとにはパラパラと壁の木材が落ちる音だけが残った。



ヘビは仕事を終えたかのように、満足そうな顔をすると、俺に一瞥をくれ、その体を塵へと変えた。

ヘビの体から出た塵は、部屋の塵と混ざり合い、そうしてどちらがどちらだったか分からなくなって、ヘビがそこにいた痕跡を消した。



「イテテテ、あれ、れ?なんか、ありました?」



今頃になって、起き上がったニーシャが不思議そうな顔で辺り見渡し、俺に尋ねる。



そこで、俺の記憶は途切れた。






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