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一話 薄毛にとって抜け毛とは別れ

よろしくお願いします!




朝、起きたとして。

まず君はなにをする?


寝具から飛び出して顔を洗う?

朝の食事を支度する?

それとも、また寝具にくるまって夢の世界へ向かってしまう?


俺の場合は、枕に落ちている髪の毛を数えることから、朝が始まる。モーニングルーティンってやつだ。


鳥のさえずりに合わせて、一本、また、一本と髪の毛を拾い集めていく。俺の髪の毛は真っ黒なので、白い枕に悲しいほど浮いて見える。


さて、今朝は22本の髪の毛が俺の頭から天に召されたいったみたいだ。

…最悪の朝だ。まるで小便を漏らしたパンツを一回脱いで、もう一度履き直したかのような絶望を感じる。



俺の名前は、ラルフ。歳は40。薄毛だ。

薄毛と言って誤魔化しているが、ハゲかけてきているのが実際のところだ。

毎日数えている抜け毛はその数を日に日に増していて、遠くない未来にハゲることを告げている。

じわじわと真綿で首を絞められるような状態だ。

苦しい。

きっと毎朝抜け毛を数えるのも、精神衛生的に悪いのだろうが、なんというか、抜けていく髪の毛をぞんざいに扱うと、抜け毛が増えるような気がして、毎日数えてからでないと気持ちを保てない。



…おっと、もうこんな時間か。



俺は簡単に朝の支度を終わらせて、職場へと出かけた。

通勤路は朝市を通るようなルートになっていて、賑やかな雰囲気を感じながら出勤できる。

今日も今日とて、俺の心のうちとは反対に、街は賑やかだ。

ただ、店先で元気に魚や肉を売る店主たちはなぜか皆がハゲており、自分の行く末を見ているかのよう息が苦しくなるので、まっすぐ前だけ見て歩くようにしている。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ラルフ!倉庫からスワードフロッグの毒液持ってこい!」


「いやいや、先にハーピーの羽とシラカバの枝持ってきて!」


「あ〜っ、倉庫行くならこの合成鍋洗って戻しておいて。しっかり乾かせよ!」



今日も今日とて、雑用。

若い魔法使いたちにこき使われる毎日だ。



「おら、おっさん!危ねぇぞ!」



そう言われたかどうかと同じタイミングで、鼻先を掠めたのは赤い光。

その光は壁にぶち当たると、パチパチと大きな火花を立てて周囲を照らす。



「あ、あぶな…」


「このスクロールはもう少し調整しないと、危なくて売れないねぇ」


「もう少し威力を上げる部分削るか…」


「はぁ、一人辞めただけでこんなに大変かね」



当たればきっと致命傷であろう魔法を放っておいて、俺に謝りもせずに若い魔法使いたちは作業に夢中だ。

まるで鉄火場のような空気に、俺は逃げるように作業室を出て、手に持った魔法合成鍋を覗き込みながら、廊下で一人ため息をついた。

合成鍋に残った薬液に映る俺の頭は、疲労感からかいつもより薄毛に見えた。



ここは魔法ギルド「箒屋根」。

大陸にいくつもある魔法ギルドの一つで、主に冒険者用に魔法効果が付与された装飾品やスクロールを製造・販売している。



俺の仕事は、そんな魔法ギルドの建物を管理する仕事だ。

…が、実態は雑用であふり

倉庫から魔物の牙やら角やら運んできたり、合成鍋を洗ったり。

管理人業務として働き始めたのに、ここのルールだなんだと言われ、毎日雑用ばかりだ。



「おっ、ラルフさんじゃないすか〜。こんなとこで、なーに油売ってんすか」



軽そうな雰囲気で、おちょくるように声をかけられた。特に用事もなく、こんなふうに話しかけてくるのは、ここじゃ一人だけだ。



「…ニーシャか。仕事しなくていいのか?一人辞めたせいで、スクロール部門の仕事がお前のポーション部門にまで影響してるって聞いたけど」



そこにいたのは、ニヤニヤと口角を上げながら、丸い眼鏡を鼻に乗せる一人の赤い髪をした女性。



丈を短くしたズボンと薄手の上着を着て、まるで悪ガキのような風体の上から、ギルドメンバーに配られるローブを羽織っている。寒いのか暑いのかよく分からない服装は毎度のことだ。



こいつはニーシャ。歳は20。親と子ほど歳の離れたやつだが、俺が薄毛に悩んでいることを知る唯一の人間である。まあ薄毛なのは全員にバレてるから、それを相談できる唯一の人間か。

そこそこ優秀らしいのだが、仕事をすぐにサボるため、ギルド内での評価はあまり良くない。



「あたしはサボることにかけては一流の腕前を持ってるんでね、キチンとバレずに抜け出してきたに決まってるじゃないっすか」


「そんなこと誇るなよ。ただでさえ手が回ってない時期にサボってたら、いつも以上に反感買うぞ?」


「あっれー、いいんすかー?せっかく『イイモノ』ができたから教えてあげに来たのに。ラルフさんにあげようと思ってたのに、そんなに言われるなら、捨てちゃうおかなー?」


「…まさか、できたのか?!」


「うっしっしっし、一応あたしの部署はポーション扱ってるんでね。鍋に向かってる小難しい顔して作ってるだけでサボっててもバレないんですよ。なんだか途中から楽しくなってきて、本腰入れて作っちゃいました」



ニーシャのいう『イイモノ』が、俺にはすぐにピンときた。

前々から依頼していたのだが、まさか本当にできるとは思っていなかった。



「さっそく、使ってみます?」


「お前ってやつは最高だな!」


「ハイハイ、言い方気ーつけてくださいね。おっさんが若い女の子にかけて良いセリフじゃないっすよ、今の」


「うっ…、悪い。それもそうだな」


「いやあたしは気にしないんで。…そういや、仕事中だったならあとで来てくれればいいっすけど」



ニーシャが俺の持つ合成鍋を指さした。



「こんなもん、本当なら俺の仕事じゃないから大丈夫さ。それに、俺がサボってたってバレやしない、今すぐ行くよ」



俺は持っていた合成鍋を廊下に投げ捨てると、ニーシャと一緒に『イイモノ』を試しに廊下を走った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さーて、これが頼まれてたモンっすよ」


「これが…、夢にまで見た…、あの…!」


「こんなモンを夢に見るって、幸せな人生っすね」


「いや、悪夢のような毎日だぞ?」


「ハイハイ、さっさと試して、その悪夢から覚めちゃってくだせえよ」



ニーシャがなにかを隠すように被せていた布を剥ぎ取る。

布から出てきたのは、淡く光る青色の液体が揺れる合成鍋だった。



これこそ、俺がニーシャに頼んでいたもの。

中身はそう、発毛剤だ。

前々から自分のことをそこそこ優秀だと言っていたニーシャに、なんとか作れないものかとお願いしていたのだが、それが完成したのだ。



「もうここに頭突っ込みたい…」


「待て待て待て、ここでそんな豪快に頭洗ったらバレるっすよ!仕事サボって、こんなモン作ってたってバレたら、あたしは最悪クビっす!そうなったら、あんたの髪の毛毟りに行きますからね!」


「しかしだな、ニーシャ。これは俺の夢なんだ。夢がそこにあるんだ。これで毎朝抜け毛を数えなくても良いかと思うと、もう、本当、泣きそうなんだよ。早くこの苦しみから解放されたいんだ…!」


「毎日抜け毛を数えてたんすか…、うわー、引くわぁ…」



ニーシャは引き攣ったニヤケ顔をしながら俺を軽蔑したような眼差しを向ける。

興奮から秘密にしていたモーニングルーティンを暴露してしまったが、ええい気にするものか!

だって!もう!そんなことしなくて良いんだから!



淡く光る青い液体の水面に、俺の顔が映る。

やはり、どっからどう見ても薄毛だ。いやもう正直に言おう、ハゲてるよ、これは。

しかし、この姿ともおさらばか。

なんだか、感慨深いな。

おっと、下手に涙が入ったら、効果が変わるかもしれないからな。泣くのは、全部終わった後だ。

もう、ニーシャがクビになるのとか関係ないね。

もう、我慢できん。

俺は頭を突っ込むことを決意し、体勢を整える。



「…えっ、ちょ!もしかして!」



覚悟を決めた眼差しに、ニーシャが気づいたようだったが、もう遅い。


ラルフ、行きまぁぁぁぁぁすぅ!!



「や、やべえ!危ねぇぞ!」



どこからか、危険を知らせる声が響いた。

振り返る間も無く、水面に映った俺の頭に、なにやら爆音と共に赤い光が着火した。



「あ、あ、アツゥ!!!」



元々体勢をとっていたこともあり、というか、頭を突っ込む直前であったために、俺は発毛剤へとそのまま頭を沈めた。



…どれくらい経っただろうか。

頭を突っ込む直前、何が起きたんだ?声の感じ、開発中の何かが誤動作を起こしたとかそんな時の声に聞こえた気がする。



…頭に当たったけど、大丈夫だろうか?

なんだか、気持ち頭が痛い。もしかして、やばいのか?



俺はゆっくりと頭を鍋から取り出した。

周りから、ザワザワとした声が聞こえる。



「ラ、ラルフさん」



ニーシャの声がした。しかし、なんだかいつもの調子ではなく、慌てたような声だ。


なんだ、何が起きてる?



「そ、それ…」



振り返ってニーシャの顔を見た。俺の頭を指さしている。

その顔は、普段のヘラヘラしたニヤケ顔ではなく、なにか見てはいけないものを見るかのようだ。

俺は急いで合成鍋に振り返り、水面に映る自分の頭を確認した。



そこに映っていたのは、真っ白な髪の毛を生やした、俺の顔だった。




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何卒よろしくお願いします!

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