吸わないで!猪恵美さん! ~3日目くぎゅう派ナーロッパ~
「千恵美、よく見ときな。ここからはくぎゅう派の奥義、ナーロッパの六法いくぞ」
「内火の行、チャクラのエネルギーを発生させる技術!」
「幻身の行、わが身を幻とする技術!」
「夢見の行、夢の中で修行する技術!」
「光明の行、瞑想状態で見える光を制御する技術!」
「転識の行、頭頂から抜け出る幽体離脱の技術!」
「中有の行、苦難の輪廻転生から抜け出す技術!」
なにやら中二が好みそうな手の振りでシュバシュバしながら忍術っぽく唱えている。
「今回使うのは光明と転識だけだけどね」
そう言って座禅を組んだ春藤猪恵美は、瞑想を始めた。
!!?
今見ている浮遊したオレのヘソから、遺体のオレの頭頂に結ばれた細い糸が揺れ動いた。
猪恵美からすぅーっと、幽体のようなぼやけた分身が浮き出て遺体の頭に手を突っ込んでいる。
まるでスタンド能力のように、本体と幽体が分離して動いているではないか。
幽体は浮いているこちらをチラッと見てウインクした。
そして、ゆっくりと遺体のヘソにある光っている滴が徐々に頭の方に移動している。
幽体は至って冷静に頭頂を探っている。
猪恵美本体は、座ったまま瞑想して動かない。
「ヒック」
突然、猪恵美本体がひゃっくりをするかのように音を鳴らした。目の前にいた千恵美がビビる。
その時、遺体のヘソの光がチャクラの道を通りながら喉元あたりまで移動している。
「ヒック」
二回目のひゃっくりで、喉元から眉間まで移動している。もう頭頂に達しそうだ。
「ペット」
三回目のひゃっくりは音がちょっと違った。眉間から頭頂を抜けてスポンと光る滴が出た。遺体との関係が外されたことがわかる。
長年愛用していた水筒の中を洗い、汚れがスポンと抜けてスッキリ綺麗になった感覚だ。
引き抜いた光は俺の方に磁石のように引っ張られ、オレと融合した。猪恵美はそれを自信ありげに見ている。
猪恵美「終わったよ、チエ。裕也さんって、結構イケメンじゃないか」
千香恵「終わったの?ちょえ姉ぇ、ひゃっくり大丈夫?」
猪恵美「ああ、あれは職業病みたいなものさ。チエも初体験したらわかるよ、ふふ」
千香恵「えー、あんな不細工な声したくないよぉ」
バシッ! 千恵美の脳天にチョップを垂直におろす猪恵美。
猪恵美「おっと忘れるところだった。チエ、裕也さんの顔を調べてみな。変化があれば成功だ」
明かりを失ったペンライトを机に置き、千恵美は遺体の顔をグニグニ触って確認する。
「ああ! 鼻血でてる! 口からちょっと泡吹いているし。何かエロい事でも考えてたのかな?」
ギクリ! 姉妹の儀式にちょっとムラムラした事がバレてしまったようだ。
「まあねぇ…最初で最後の絶頂を楽しめたんじゃないかな。さて、整えたら姉貴に報告だ」
猪恵美は、遺体と顔を綺麗に拭き取ったあと、機材を取り外して明かりを消した。
猪恵美「チエ、先に1階に降りて一部始終を姉貴に説明してきて。」
千香恵「はーい!」 ドタドタ
猪恵美「……」
残った猪恵美は、遺体のはだけた服装を整えてこちらのいる所を見上げた。
猪恵美「裕也さん。ここから先はあなたの意思次第だよ。家族親戚の想いが全て流れ込んでくる」
猪恵美「今流行のなろう転生モノって、残された遺族はほとんど描かれることないだろう? 死んだ魂は、親族の涙と声に感化されて現世に未練が残っちまうんだ。その未練が転生を邪魔してしまう」
猪恵美「ウチが裕也さんの魂を抜きだした時、思念が流れこんできたんだ。裕也さんってとても純真で優しい人だったってね。過去に5人くらい見送ったけど、初めての感覚だ」
猪恵美「だから次転生する時は、良い人生を見つけられるようにウチも祈ってるよ。またね」
幽体の俺が見えているようだ。猪恵美はふと笑顔を見せると、ゆっくりと部屋を出て階段をおりていった。