俺は死んだの?千香恵ちゃん! ~心肺停止から死まで~
救急車で運ばれる中、俺の体は動かない。
千香恵「ゆうや、よく聞きなさい。ゆうや、よく聞きなさい」
何度も従妹の千香恵ちゃんに耳元で囁かれる。まるでASMRのように、緊張した声と吐息が耳元に伝わってくる。
その健気で献身的な行動が、とても可愛く愛おしく思えた。
「今こそ、あなたが道を求めるときです」
「まもなく、あなたの呼吸が止まるでしょう。その時に、美しい光が現れるのです」
「この光が、あなたの命を作っていた本質です。その光と一つに溶け合うのです」
千香恵ちゃんは暗記した呪文を思い出すかのように、定型文をスラスラ耳元で囁いた。
緊張して、多少のぎこちなさを感じたが、一生けん命おまじないをオレに聞かせてくれている。
まだこちらの視界は真っ暗で、彼女の声だけ聞こえる。ちょっと眠たいが、呼吸も心音もなく一種の心地よさまで感じる。
今まで生きてきた中で、とても新鮮な感覚だ。ずっとこの状態でいたいような…
「ゆうや、よく聞きなさい。今こそ、あなたが道を求めるときです。まもなく…」
あーそれ何度も聞いてるから。光の女神様が目の前に出て転生してくれる。これなろう小説で何度も予習してるからバッチリだって。
ピー……
別の声「心肺停止。下半身欠損による…失血死です。18時49分、確認」
7巡目くらいだろうか。2分の音楽をループ再生するかのようにひたすらに耳元で囁いていた。
俺が帰省したときに、母方の春藤家で出会ったのは千恵美ちゃんだけだった。三姉妹らしいが、二女と長女は上京して一人暮らしをしているとのこと。
親戚の死で、悲しまない人はいない。千香恵ちゃんの声は、高校生とは思えない慈愛のやさしさで囁いている。
千香恵「今、地が水に溶けゆく前兆が見えます。火が水に、火が空気に、そして空気が意識の中に
とけていきます」
「高貴なるゆうやよ。汚れなき光明が君の前で輝いています。それを自覚しなさい」
「君の心は純粋でまっさらの空の状態にあります。実体もなく、色も特色もない、純粋無垢の状態です。
「何物にもとらわれず、輝きに満ち、生気に溢れた状態です」
「実体のない空なる心と、活気にあふれて光り輝く心が一体となり、光の集合体を形成します」
「生も死もない不滅の光です。心の純粋さを知り、自身の心を見る事が安らぎを見いだします」
色即是空ってやつか? 空には実体がなく、光は生死のない不滅だと。よくわからんが、彼女の声を聞き続けた。
「高貴なるゆうやよ。君の守り本尊を瞑想しなさい」
「水面に映るゆらゆらとした月ような、実体のないものだ。今は瞑想のことに集中しなさい」
なるほど、水面の月のイメージね。実体の実態ではなく、それに映るニセモノがイダムということか。
痛みはないが、まだオレの視界はない。
彼女の声だけが頼りだ。
意識を集中し、ゆらゆらと揺れる水面の月を考え瞑想した。