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短編

魔法翔女エア

作者: zig

 星が瞬いている。と、夜空を見上げながら藍里は思った。

 空は晴れていた。見渡す限り広がる夜天の海に、存在を知らせる小さな星々の輝き。強弱の差はあれど、遥か彼方からようやく到達した自然の儚さに、藍里は感じずにいられない。運命。あるいは、超自然的な何かを。

 それがロマンチシズムから来るものだと感じ取った瞬間、打ち切るように瞳を星から離したところで、藍里の口からカランと飴の鳴る音がした。続けて、白い棒が微かに揺れる。口の中で広がる人工的なイチゴ味は、溶けて満たした口内へ更に塗り重ねるよう、濃厚な味を滲ませていく。藍里はつまらなさそうに飴を動かし、そしてすぐに落ち着けた。

 超高層ビルの屋上から覗く、都市の全貌は眩しい。整然としながらもひしめくように建てられた建物の数々。今は闇に包まれているせいで詳細な部分までを追うことは叶わないが、所々から存在を知らせる街灯のおかげで、ある程度の輪郭は掴むことができる。摩天楼のようなオフィスビル街。追随するように伸びる、細々とした家屋。合間を縫う道路。走る車。彩る、最低限の街路樹(しぜん)。少し左奥を見れば湾が広がっており、眠ることを知らない大きな橋が忙しなく行きかう人々を何気ない顔で支えていた。

 「――――ふぅ」

 藍里は息を吐いた。胸につかえた塊を吐き出すように、空を仰ぎながら。

 人工的な光の奔流から、自然が生み出した奇跡へと目を向ける。さっき見た時より弱々しく映る星々だったが、しばらく見続けるうち、乏しさは優しさに変わり始めた。藍里の瞳が瞬きを数回繰り返す。大きな瞳がパチパチと動く度に輝きが彼女にも宿り、点滅する。それは太陽と月の関係にも似ていた。

 「よい、しょっ……と」

 幾分か強い風が吹き、そそのかされた藍里は立ち上がった。気ままにぶらぶらさせていた足を引っ込め、ブーツの重みで建物を踏みつける。冷たいコンクリートの縁に置いていたお尻も、連られるように宙へ浮く。デニムのショートパンツは、藍里の華奢な足腰を彩っていた。

 満月の光は彼女の詳細な服装を際立たせた。ピンク一色に染まるシャツを、黒い皮のジャケットが引き締めるよう覆い隠す。耳の下辺りまでを流れるショートヘアは、撫でつける風を何度となくいなす。慈愛の月光を反射する黒髪には、少女特有の繊細さが満ちていた。

 「――――スタートアップ、ジョン」

 不意に、彼女が確かな声量で呟いた。仁王立ちしたまま喧噪満ちる下界を見つめながら。

 『Yes,sir』

 「飛ぶよ。準備して」

 『Already completed』

淡々と重ねていく言葉の間に、藍里の足元から光が広がっていく。

 真円を描く波紋の色は美しく、雷のような黄色に満ちていた。

 「いくよ」

 言うが早いか、藍里は屋上から踏み出した。

 一瞬の浮遊感。――――まるで全てのしがらみから解放されたかのような――――支えるものがなくなった彼女の身体は、すぐに重力の手が鷲頭噛みにして口を開けた。

 風圧と共に上がる轟音。みるみる大きくなる現実味のないミニチュア。

 そんな中で彼女の身体は輝くと、鋭い曲線を宙に残して飛翔した。軌跡には雷のような残像。消えたが、確かにそこに描かれた。


 誰も邪魔しない夜空の中を、一閃の光が気ままに翔んでいく。

 それは星々と遊ぶ妖精のようでもあったし、違う見方をすればようやく自由を満喫できた龍のようでもあった。

 認識阻害故に誰にも知覚はできないものの、確かに舞う一人の少女。


 そんな彼女が出会うのは、それからもう少し、先のお話――――。

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― 新着の感想 ―
[一言] 飛翔の描写がとても良いです。 長い物語の始まりの感があります。
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