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 言葉はあの日、ロダンが出会った老夫婦に向かって話される。

「日差しを避けるように僕達は木陰に入りました」

 ロダンは言った。

「それから僕が言ったことに老夫婦、いえ、どちらかというと男性は驚いたんです」

「何と言ったの?」

 風が吹いた。

 坂下から捲り上げるような夏の熱気を含んだ風。それがロダンの髪を揺らしてどこかに消えて行く。

「はい。こういいました。『成程…、『三つ(みかがみ)』の精緻な模造品(レプリカ)が必要だったのは、壊れてしまったという事実が世間に広がってはいけないからですね?それは三室魔(みむろま)(ほう)にとっても、あなた方にとってもだからある様に見せて事実を隠す必要があった』と…」


 これだ…

 田中巡査は再び思考を巡らせようと逡巡する。


 ――老夫婦にとって…

 サングラスの運転手にとって…

 傷害事件を成立させなかった…

 関係者全員が知り得ていて…

 隠した…

 …ラストピース…


 ロダンの言葉が千切れちぎれに自分の思考を繋ぎ合わせようとするが、だが、繋がらない。そのもどかしさが自分だけに纏わりついているようだ。少なくとも横を歩くロダンは既にその先を知っている。

 いや全てを知っているに違いない。

「もどかしいよ」

 素直に言葉に出た。

「教えてくれ。答えを」

 巡査は消えゆこうとする夕陽を見た。あの夕陽が沈めば夜が来る。ロダンは問いかけられた言葉をその場に残すように数歩、歩き出してポツリと言った。

三室魔(みむろま)(ほう)というのは九谷焼でも新久谷という明治以降の輸出品の分野で活躍した陶芸家でした。出身は同じ石川県の小松ともいわれていますが、本当は分かりません」

「そうなんだ」

 巡査が振り向く。

「ええ…彼の作品は大胆な色彩を引き立てながらもととても清廉な作品が多く、磁器表面の艶めかしい肌触りは藤田嗣治の乳白色の肌に様だと言われ、作品はとても女性的な肌質を持たせるようなものが多かったのです。だから特に女性には受けが良かった」

「女性に受けがいいか…」

「何ですよ。またそれに中々の男児ときている、当人の若い頃はどことなく雰囲気が竹久夢二の若い頃に似ているんです」

「へぇ」

 ロダンが巡査の感嘆に対して咳払いをする。

「まぁ人それぞれかもですかね、人に対する見方と言うのは。それで話を戻すと、しかしながらその人物としての人間の内実的性格は全く作品とは逆で、手当り次第、相手が人妻であろうが、愛人であろうが関係なく女には手を出すと言う、とてもその作品とは相反する芸術家でした」

「酷い奴じゃない」

 巡査が思わず苦笑する。

「まぁこれは美術史関連の雑誌には記載されて、一般的に知られている話だから特に隠されるようなことではありません。そんな三室魔(みむろま)(ほう)ですが、やがて歳を経るにあたり性的体力が落ちてきたのか、そうした人間的欠落はそげ落とされるようになり、それがますます作品に磨きがかかる様になります。その頃に造られたのが、あの『三つ(みかがみ)』です」

「こいつか」

 巡査がリュックを覗き込む様に見る。

「彼自身はそれを決して手元から離すことなくまた誰にも見せることなく大事にしていたのですが、晩年、それが彼の手元からある人物に渡ることになりました。実はここの理由が世間にはあまり知られていないことなのです。あれほど執着していた『三つ(みかがみ)』を何故、手放したのか?それとそれは本当に彼の意志だったのか、分からない。なぜならば彼はその時、頭に大きな脳出血があって半身不自由になって、言葉もままならなかったからです」

 巡査は黙って暮れ往く街を歩いている。夕陽はもう最後の輝きを放とうとしている。


「僕は三室魔(みむろま)(ほう)について美術雑誌で知っている範囲ですが…まぁ老齢による認知か、脳出血による記憶錯誤でそのことがどうにかなったんだろうとしか思っていなかったです。でもですね、GPSで逆探知して、このX氏の名前を知った時、すこし彼の事を調べておいたのです。その時、不思議な仮説が閃いたんです。勿論、当人達もまさか昭和、平成、令和と続いた人生の半世紀も経た今、再び自分達の名前が三室魔(みむろま)(ほう)に隠された事件と共に僕のこのもじゃもじゃ頭の中で浮かび上がるとは思っていなかったでしょうから」


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