希望の塔と恋情の邂逅 2
流歌は受付にいた女性職員に案内され、第2~第6棟まで見学した。今回の見学者は結局、流歌一人だった。しかし彼女の案内は適切で、外から見る限りでは不可解な点はなかった。
「何か、ご不明な点はございましたか?」
「いえ、とても勉強になりました。ご丁寧な解説、ありがとうございました」
流歌が大きな猫を被り丁寧に頭を下げると、女性は気を良くしたのかにこにこと笑う。
「あ、1つだけいいですか?」
「なんでしょう」
「あの、第7棟に知り合いがいるみたいで……」
「そうなんですか?」
でも見学は……と困ったように続く言葉に、手を振りながら職員を見つめて流歌は言った。
「いえ。それで、伝言をお願いしたいんです」
「それでしたら」
彼女はふわりと身体の周りに風を纏いメッセージをどうぞ、と流歌ににっこり微笑む。流歌は促された通り、用件を告げた。
さて、これで餌は撒いたことだし、後は掛かるかどうかだな。創楽社中央塔の一階に存在するカフェで天井を仰ぎ一息吐いた。目の前に置かれているのはアイスココアが一杯のみ。昼を抜いているのだから体は当然栄養を求めているが、遠くから見るだけでも胃がムカムカして、吐き気がするような建物の中にいると思えば食欲も湧かない。椅子にもたれ掛かって重いため息を吐き出した。
背後から「流歌」と名前を呼ばれて振り返る。見ると立っていたのは長い髪を一つに結い、赤い縁の眼鏡をかけた白衣の女性だった。にっこりと知的な笑みを浮かべこちらに歩いてくる。
「久しぶり、遊理」
「久しぶりね。あなたからメッセージをもらうなんて思いもしなかったわ。変わらないわね。それにあの一人称」
思い出したのか、口元を隠してくすくすと笑う遊理。「彼女、困惑してたわよ?」と楽しげだ。確かに可愛らしい少女の口から発せられた一人称が「俺様」なら誰だって困惑するだろう。
「どーだっていいだろ? 俺様は俺様だ」
「相変わらずね」
彼女は困ったように笑い、流歌の向かいの椅子を引く。机にある呼び鈴を鳴らして注文を確認する声にいつものと告げた。
「よく来んの?」
「そりゃね。今は研究員だもの」
「お前も相変わらずじゃん」
普段は常識的に見える彼女だが、こと研究や知識に関しては人が変わる。昔から興味対象への知的欲求は止まることを知らず、時には流歌でさえ研究の対象にすることもあった。
しばらくは世間話──といってもほとんどが流歌の健康チェックだ──に花を咲かせる。彼女が頼んだ「いつもの」は途中で運ばれて来たが、その泡立つなんとも言えない色の液体を見なかったことにして、自然な流れで話を続けた。
「そういや、プロジェクト・ルカって何?」
「あぁ、パンフレット読んでくれたんだ」
かたりと手にしていたカップを戻して遊理はテーブルに肘をつく。どこから話せばいいかなと目を輝かせながら考える。考えて、「見せた方が早いわ」と楽しそうに立ち上がった。流歌はそれに続く。颯爽と歩きだした彼女を小走りで追いかけながら声をかけた。
「研究施設とか、他人に見せて良いわけ?」
「いいんじゃない。だって大魔導師の流歌様だし。わかってるとは思うけど、他言無用よ? 今はね」
わかってると頷きながら、心の中では政府への報告が面倒だと頭を悩ませる。いっそ違う内容を報告するか……。でもそれは流歌のプライドが許さない。これからのことを計算立てながら遊理のあとに続く。
「そうそう、1つ言っておくけどこのプロジェクトの名前、別に流歌から取った訳じゃないからね?」
遊理は中央塔から第7棟への転送装置へ続く扉の生体認証式ロックを解除し、ドアノブに手をかける。ゆっくりと開かれたその先は、真っ白な病院にも似た光景だった。
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