属性と能力と魔法の力 2
「──ったくさ、失礼だと思わねぇ?」
カランと音を立ててグラスを机に置くと、目の前に立つゴツいマスターに話しかけた。ここはギルド『黄昏』が拠点とする酒場『トワイライト』である。話を振られた方も「そうだな」と苦笑して空になったグラスにオレンジジュースを注ぎ足した。
ラジオから流れるのはビルが一つ倒壊したという臨時ニュースばかり。おそらくテレビや新聞も同じような状況だろう。隣に座る軽そうな青年がからからと笑う。
「でもさ、流歌がそんなカッコしてンのもわる」
ひゅっ、と風を切る音がして、ざしゅっ、と壁にナイフが突き刺さった。流歌はナイフを投げたままの体勢で冷たい視線を送る。明らかに「黙れ」と語っているそれに、その意を汲み取った青年はがばっと立ち上がって「オレ仕事あったンだった」と酒場から立ち去った。ふん、と鼻を鳴らして流歌はマスターに向き直る。
「あんまり虐めてくれるなよ」
「今のはあいつが悪い」
マスターは何も言わずため息をついた。「そういえば」と前置きしてマスターは話し出す。
「結局、例のブツはどうなったんだ?」
「あぁ、ここにあるぜ」
流歌の右手がバチバチっと軽い音を立てて光る。その光景に驚き、目を見開いた。
紫紅の宝玉とはデータの塊。0と1で構成されたそれを触るなど、普通の人間には到底無理な行為である。電気属性を極めた人間ならともかく、それ以外の人間が扱うにはとてもやっかいなもので、普通は専用の機器に入れて持ち歩くのだ。
流歌も当然、その器具を持って出掛けていった。流歌は仕事の前後にトワイライトへ顔を出す癖があるので、それを確かに自分の目で見ていた。それがどうしたことか、流歌の手のひらには水晶のように実体化した紫色の宝玉が乗せられている。中を覗いてみると0と1がぐるぐると渦巻き、複雑な模様を描いていた。流歌は電気属性など極めてはいなかったはず。
まさかという思いともしかしたらという思いが頭の中を過り、マスターは続く流歌の言葉を待った。
「やつらのマザーコンピュータ覗いたらさ、不愉快な情報がいっぱいあって──」
壊しちゃったなどとぺろりと舌を出して機嫌よく笑う流歌。しかしマスターの方は渋い顔で流歌に尋ねた。
「流歌」
「ん、何?」
「その魔法……いつからだ?」
盗んだものであれば或いは……と、願ったマスターの想いは流歌の「一ヶ月前」と言う言葉に裏切られることになる。
この世界の人間は全て、「魔法」と呼ばれる力を使うことができる。自らの持つ「属性」とそれを操る「能力」を合わせることによって使用が可能になるらしい。らしいというのは、まだまだ不明瞭な点が多く、それは産まれた時からそうであるとしか説明することができないからだ。しかし人々は持って産まれた力であれば誰に教わることもなく使うことができ、そうして生活している。
「能力」とは、自分の属性を「魔法」に昇格させ、使用するための力を総称したものである。操作・具現・転移など、その数は数千と言われており、使い手の力量次第で何万通りもの魔法が存在する。また超能力としてそれだけの使用も可能である。例えば水を操るだけということならば、魔法として発動させる必要はない。自ら作り出した水を使うのではなく、元々あるものを操作するのであれば、その能力を持つものには誰でも容易に成し遂げられる。属性の有無は関係ない。多少の相性は存在するが。
また「属性」とは、一人一つを原則に、初めから持って産まれる自然の力である。それは精霊から与えられた加護だとも、人体の構造上遺伝子にそう組み込まれているのだともいろいろ言われているが詳しいことはまだ解っていない。一人一つはあくまで原則であり、稀に二つや三つの属性を持って産まれる者もいる。本来なら一つであるそれを人間は二通りの方法で増やすことができる。
一つは精霊の加護を受けるという方法。これは滅多にあることではない。精霊に出会う確率は人間の生涯では限りなくゼロに近いと言われているため、ほとんどの人間が一生の内に経験しないことだ。しかしこの方法で「元素属性」と呼ばれる属性を得た場合、その元素から派生したとされる属性、つまり土ならば石を、水ならば氷をといったように、近い属性はほぼ全てが使用可能となる。故に精霊と契約を結んだ人間は魔導師と呼ばれる。精霊の数は常に変動しているようで、五大元素である火・水・風・土・雷と二大元祖である光・闇、それに全ての源である起源以外の数は不明である。
もう一つは属性や能力を閉じ込めた特殊な道具、メモリーログを使って修行し身につけるという方法。この場合は身体に馴染むまで成長が止まったままになってしまうというリスクを伴うことになる。成長の止まり方は使用する人間によって異なり、元々その属性や能力と相性が良ければ成長の止まり方は少ない。逆にその能力と相性が悪ければ長い間止まったままになる。
成長が止まった状態でも新しい力を手に入れることは理論的には可能である。だがそれはあくまで机上の空論であり、推奨されるものではない。また、複数のメモリーログを同時に使用することによる副作用も、未だ解明されてはいない。