希望への逃避行 4
地下八階で研究員たちを拘束した後、梓は再び李の手を引いて下を目指した。地下十階、合成獣たちの収容されているフロアに出る。ここから下へ行く方法は先ほど拘束した研究員の一人が教えてくれた。いつもなら五頭程度収容されているはずだが、今はどの檻も空に見える。
「梓兄さん、あれ」
李が指差す方を見ると、そこには体長十メートルほどの蛇をベースとした合成獣が檻に入っていた。こいつの後ろに下へ続く階段が隠されている。合成獣は縦長い瞳孔を此方へ向けたまま動かない。
「どいてくれるかな」
「どうかな、難しそうだね」
檻の前に立ちふと、違和感に気づいた。扉がおかしい。
「少し、開いてる?」
「え?」
合成獣を刺激しないように檻の扉に近づくと、鍵が開いている。相手もそれに気づいたのか、ゆっくり、ゆっくりと身体を動かしながらこちらへ向かってくる。
「こんなところにいたんですか」
後ろから聞いた覚えのある研究員の声が聞こえた。しかし、今はそちらに構っている余裕はない。視線は合成獣に向けたまま。いつものように時間のかかる大きな魔法は発動できない。李の手を握りこちらもできるだけゆっくりとした動きで後ろに下がる。合成獣が動き出す前にできれば此処を離れたい。
びゅん、と乾いた音がした。すぐに足元から眩しすぎる閃光。そして微かな妹の呻き声。
「李?」
「おにいちゃん」
目に涙を浮かべてこちらを見上げる。妹の足首には光でできた足枷が嵌められていた。
「これは」
「痛いよ、おにいちゃん」
「大丈夫だよ。梓兄ちゃんがついてるからね」
痛みからか口調もどこか幼くなってしまっている。光を外そうとしても実体の無いそれを触ることができない。
「手間を取らせないでください」
研究員はやれやれといった表情で近づいてきた。それを警戒して合成獣も動きを止める。
「李に何をしたんですか」
「貴方たちの大好きな《R‐β》の力ですよ。それとあれは互いが弱点属性を持っていますから」
手の中の玩具に似た機械を弄りながら研究員は近づいてくる。玩具を取り上げて壊してしまいたいが、痛みに泣く妹の側を離れられない。
「珍しい属性というのも、案外面倒ですね」
「それ以上近づくな」
牽制として相手の足元に雷の魔方陣を浮かび上がらせる。小さいそれでも足を吹き飛ばすくらいの威力はある。しかし研究員は嫌らしい笑顔を浮かべる。
「そんなことしていいんですか?」
「っう、あぁっ!」
「李!」
妹の足を見れば光が増して火傷のような痕が見える。男が何かしたのは明白だった。蹲った李を左手で支える。少しでも楽な体制にしてあげたくて、身体を引き寄せた。辛いのか素直に体重を預ける妹の姿に、怒りが込み上げる。
「ほら、お兄ちゃんが逆らうから」
「……って」
「はい?」
「誰に断って、僕らの妹を傷つけた!」
頭に血が上った。右手を左から右へ振るい火属性の魔法陣を多数描く。
「『業火連弾』」
全て同時に小さな火の玉を発射。一つ残らず研究員に向けて撃った。もうもうと煙が立ち上る。当たったように見えたが、煙の中から苛立たしげに足を踏み鳴らす音が聞こえた。
「わかんねぇガキだなぁ、おい! てめぇの数値は把握してんだ。五大元素くらい対策してるにきまってんだろ。これだからガキは嫌いなんだよ!」
「ああ、なるほど」
梓はそれはそうかと納得して、首を縦に振る。
「李、少し借りるね」
肩を支えていた左手で彼女の目を塞ぐ。右手のひらを研究員に向ける。自分の中に無い属性を流す。間違っても妹にダメージは与えない。何度か試したことのある方法だが、ここまで大きな力は初めてだ。頭を冷して殺意を尖らせる。
「闇魔法『忘却回帰』さようなら」
「なんだ、これは、やめ」
研究員の身体を闇が覆う。みしみしと音がしてその身体が小さく折り畳まれていく。そのまま潰れてしまえばいい。開いていた指をゆっくり閉じる。
頭上を何かが通った。上を見れば蛇の腹。ぱくり。まさに一瞬。驚く暇もなく、研究員は合成獣の口の中に吸い込まれた。
「え?」
合成獣はとぐろを巻いてこちらを見たあと、ゆっくり瞼を閉じた。呆然と右手を下ろす。
「梓兄さん?」
「あ、あぁ」
梓が左手を離すと、李は明るさから目をぱちぱちと瞬かせる。今あったことを説明するが要領を得ない。きょとんと首を傾げる姿に諦めて彼女の足首を見る。光の輪は依然としてそこにあるが、先ほどより輝きは薄い。
「……ごめんね」
「なんで兄さんが謝るの?」
「僕じゃ、これを外せない」
「大丈夫! 今は痛くないよ」
無理に笑う彼女の痛みが和らぐように冷やした右手を患部に当てる。ほんの少し自分の中に残っていた闇の属性も一緒に流し込む。ほっと息を吐き出したのを見て、自分が安心した。
電気がちかりと明滅した。いつまでもここにはいられない。妹を背負って立ち上がる。
「あの子、寝てるの?」
「消化してるのよ。その子は食べたあと、エネルギーに変えるのに時間がかかる子なの」
かつり、ヒールの音が響く。




