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おくぶたえ  作者: 水上栞
第五章
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13◆ あゆみのサプライズ



 梅雨明けと同時に、私にとっては久々に心躍るビッグニュースが飛び込んできた。新しくできたファッションビルにオープンした、20種類あるチーズケーキが話題のデザートカフェで、あゆみと厳選の5種類をシェアしている最中にその言葉はぽろりと紡がれた。それはもう何気なく、まるでお天気の話でもするように。



「そういえば私、結婚することになったんだ」


「へっ」



 フォークを持った手が完全に固まり、耳の奥で鼓膜がぴくぴくと引き攣る。もしも今のが幻聴でないなら、目の前でクランベリーとピーカンナッツのNYチーズケーキに舌鼓を打っている我が友は、間もなく人妻になるという事だ。


 こういう場合、普通はおめでとうと言うのだろうが、前振りがなかったせいでどう反応していいかわからない。そんな混乱した私の思考をさらに掻き乱すべく、あゆみが二発目の爆弾宣言をした。



「赤ちゃんが出来ちゃって。今、5ヶ月目なの」


「はあ」



 完全にフリーズしてしまった私をよそに、あゆみが淡々と語ったところによると、出産予定日は11月末。相手は例のオーナーシェフさんで、結婚式は行わず仲間内への披露パーティーだけで済ませるという。派手好きのあゆみにしては、ずいぶん地味婚だと思っていたら、何と新郎は過去に結婚経験があり子供もいるらしい。そのため彼の親戚や友人たちは、招待しても二度目の披露宴には来ないだろうという事だった。あゆみが苦々しげに肩を竦める。



「養育費が月に10万よ、じゅうまん!お店の権利だって、別れた奥さんと未だに共同名義だしさ」


「あゆみ、それでいいの」


「いいも悪いも、私は母親としてこの子を育てなきゃだもん。教育費だってかかるんだしさ、名義は絶対に書き換えてもらうわよ。もう闘いは始まってるの、てか、千夏子ケーキ食べないの」



 私は呆気にとられていた。あゆみは昔からガッツのある人間だとは思っていたが、まさかこれほど逞しいとは。まさに、母は強しだ。


 高校時代の光太郎から今まで、彼女の華やかなる男遍歴を見てきた私だが、弱冠二十歳にして母になり、早くも三十路亭主の手綱をしっかり握っている彼女を見ていると、自分がいかに幼いかを思い知らされる。


 あゆみはもう恋に浮かれる少女ではない。自分と夫と新しい命のために、しっかり未来を見据える大人の女だ。かっこいいな、と素直に思えた。あゆみなら、きっと立派に家庭を切り盛りしていくだろう。いつか私にもそんな日が来るのかな、とぼんやり考えていたら、あゆみがニヤニヤと笑いつつ、チョコレートチーズケーキを半分に切って私の皿に入れてくれた。



「千夏子はどうなの、例の営業マンは」



 兼子さんとはあの翌日、約束どおり食事に行った。近所の居酒屋で済ませるとばかり思っていたら、タクシーで小洒落たイタリアンの店に連れて行かれ、さらには席や料理も予約してあったので驚いた。そうなるといくら鈍い私でも、相手の下心に気付かないはずはない。お陰で、彼が話を切り出した食後のコーヒーまで、構えっぱなしで料理の味さえわからなかった。



 結果としては、お付き合いをしませんかと言われて断ったのだが、簡単に納得するような相手ではない。どうしてなのかと理由を問われ、彼について仕事上の事しか知らないからと答えると、「では、知った上で判断してくれ」と毎週食事に誘われるようになってしまった。


 さすがにそれには私もドン引いて辞退を申し出たのだが、それでも何度か強引に連れ出されてしまい、その度に距離を縮めて来ようとするので困っているのが現状だ。



「へえー、押しが強いね、その人」


「もう参っちゃうよ、どうにかして」


「いいじゃん、美味しいものご馳走になっとけば。そのうち、好きになれたらラッキーじゃない」


「ご馳走になるだけじゃ済まなくなるでしょ」


「でもさ、タイプとしては羽根田さんっぽいよね」



 あゆみを眼力で威圧しながら、心の中では激しく頷いた。確かに兼子さんと圭吾は、容姿は似ても似つかないがキャラクター的にタイプがかぶる。押しの強いところとか、やけに馴れ馴れしいところとか、知り合った頃の圭吾を彷彿させて胸の奥がズキズキ痛んでしまう。だから敬遠したいのだ。


 今度誘われたら、その時はハッキリ断ろうと思う。いつまでも曖昧な態度では相手に無駄な期待を持たせてしまうし、取引先と噂になったらお互い仕事に影響が出る。大人の女性として、毅然と意思表示をしなければいかん。そう決心すると、私は目の前のケーキにぐさりとフォークを突き立てた。




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