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おくぶたえ  作者: 水上栞
第五章
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04◆ 履歴は物語る

 


 その翌週、梅雨間近の空は最後の頑張りをみせて眩しく晴れわたり、私たちは数ヶ月前近郊に出来たレジャー施設に繰り出した。ここはショッピング、映画、スポーツなどが楽しめる総合アミューズメントエリアで、圭吾と私は朝から晩まで遊び回り、同じブランドのTシャツを一枚ずつ買った後、ぺこぺこのお腹を抱えて食べ放題の焼肉屋に飛び込んだ。



「食うぞ、俺は。自分の細胞より牛の細胞が多くなるまで」


「気持ち悪い事言わないでよ、彼氏がウシなんていやだ」



 嵐のように肉を網に並べる圭吾の向かい側で、私は程よく焼きあがったハラミをサンチュに包んでコチュジャンを塗る。巻くそばから手が伸びてくるのでなかなか自分の口には入らないが、大喜びで肉をほおばる圭吾を見ていると、何だか微笑ましくて母親チックな気分になってきた。



「ねえ、二人で焼肉食べてる男女ってデキてるとか言うけど、うちらはアレだね。それ通り越して親子っぽい感じしない」


「なにそれ、もしかして千夏子が母親で俺がガキ?」


「よくわかってるじゃない」


「へへ、じゃあボク後でいっぱいママに甘えちゃおうかな」


「エロじじい」


「ガキの次はじじいかよ、おら喰え、肉が焦げる。しっかりスタミナつけとかねえと今夜はもたねーぞ」



 わざといやらしい目つきでニヤける圭吾に「ケダモノ」とひとこと投げつけ、私も猛然と肉に突進した。痩せの大食いと一緒に食事をすると、うっかりこちらのペースが乱されてしまうことが多い。


 2時間で4~5人前の量を平らげた私たちは、蛙のように膨らんだお腹をさすりながら、臨海公園沿いにいくつかあるホテルの看板を目指した。その中の地味な造りの一軒に、混む休日にもかかわらず空室を見つけられたのはラッキーだった。


 車がダメになって以来、私たちのデートは徒歩と電車になってしまったが、歩いてホテルに行くのはやはり気恥ずかしい。私は圭吾の影に隠れるような格好でそそくさとホテルのエントランスを通り抜けた。




「あー、俺もう動けない、食べ過ぎた~」



 部屋に入るなり、圭吾がズボンを脱ぎ捨てベッドにひっくり返る。私も圭吾ほどではないが自己ベストを超えたお腹が苦しくて仕方なかったので、ジーンズのフロントをちょっと開けてその隣に横になった。


「色気より食い気が勝ったね、今日は」


「んなこたねえぞ、さっきの肉が30分後にはエロエロパワーになる」


「いいから先にお風呂入っちゃえば、私ら焼肉臭いよ」


「一緒に入る?」


「やだ、今日は髪も洗いたいから一人で入る」



 圭吾と一緒にお風呂に入るといつも邪魔をするので困ってしまう。「洗ってやる」の一言に何度騙されたことだろう。今日は風呂で暴れる気はないとキッパリ断ると、圭吾は諦めよくさっさと服を脱ぎ散らかしてバスルームに消えてしまった。その散らかった靴下やパンツをやれやれと拾い集めていると、そのうち圭吾の使うシャワーの音が勢いよくドアの向こうから聞こえてきた。



「あっ」



 思わず手にしていた衣類が床に落ちた。あの日、電話を通して聞いたのと同じ水音が、上書きしたはずの記憶を呼び起こす。間違いない、この音だ。この音を圭吾のスマホから「こちらのテリトリーを侵した」事を宣言するために、私に聞かせた人間が確かにいる。


 次の瞬間、私はベッドサイドに引き返し、圭吾のスマホをつかんでいた。私が作ったカスタムカバーはもう機種変更してサイズが合わなくなってしまったが、かわりに二人で撮ったプリクラが透明カバーの下に貼られている。この電話を他人に利用されたかと思うと、怒りでこめかみの血管が破裂しそうだった。やがて昂ぶりすぎた動揺が、普段なら絶対にしない行為を私に起こさせた。




「千夏子、どした?」



 ベッドに力なく腰掛けている私の背中に、圭吾が心配そうな声をかける。私はその声で我に返り、精一杯の自然な笑顔を顔面に貼り付けた。



「お腹いっぱいで眠くなってた、お風呂入ってくる」


「おう、まだ寝られちゃ困るぜ」



 バスルームに入った私を、再び先ほどのショックが襲う。事もあろうに、彼氏の発信履歴を覗き見するという禁忌を破った私に、事実は残酷な制裁を加えた。



 圭吾のPINが私の誕生日であることは知っていた。あまり通話をしないので、幸か不幸か発信履歴はかなり前まで保存されており、あの電話がかかってきた2週間前も残っていた。しかし、私に宛てた履歴は残されていない。こちらに着信が残っているにもかかわらずだ。これが何を意味するか、どんなに考えても答えはひとつ。誰かが履歴を消したとしか考えられない。



 そのかわり、私への電話の数時間前にかけられたと思われる、2つの発信履歴が見つかった。「R・M」というイニシャルが、私に追い討ちのダメージを与えた。溝端さんの下の名前を私は知らないし、今となっては知りたくもない。




 私はあの日と同じく、盛大に胃の中のものを吐き戻した。ユニットバスなのをいいことに、シャワーの音でごまかしながら、思い切り吐いた。他人から見れば、明々白々な現実がそこにあるのかもしれない。しかしこんなになってまで、さっき見たものを忘れたい、圭吾を信じたいと願い続けている私がいる。




 その後、私は何知らぬ顔をして圭吾とセックスをした。全く心ここにあらずの行為なのに、身体だけは反応することを初めて知った。今まで圭吾以外の男と性的な接触をするなど考えられない事だったが、こんな事なら誰とでも出来そうな気にさえなってくる。


 そんな夜に限って、圭吾は執拗に私を求めた。やたらしつこく私からのキスを迫ったし、何度も気持ちいいかと訊ねてくる。その様子を冷静な頭で眺めてようやく、私は彼の変化を確信した。圭吾は何かに怯えている。そして彼はまだ知らない、私たちがその問題をすでに共有している事を。



 今まで何度も小さな波をやり過ごしてきた私たちだが、今度ばかりはうやむやにして誤魔化す事はできない。私は圭吾が好きだし、彼もきっと同じ気持ちだ。それは付き合い始めから今日まで、全く揺らいだ事がない。それでも私たちは今、大きな岐路に立たされている。そしてその「瞬間」がそう遠くない未来であることを、圭吾の荒い息の向うに私は確信していた。



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