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おくぶたえ  作者: 水上栞
第四章
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21◆ チャット with チヨ



 家に帰り着いてから、チヨのメッセージに気づいた。8月に旅立った彼女は現在カリフォルニア州の南端、サンディエゴの大学内インスティテュートに通っている。インスティテュートとは日本語に直訳すると学会とか研究所とかいう意味になるのだが、チヨいわく「英語圏以外の学生向けの予備校みたいなもの」なのらしい。


 チヨは9月から始まった授業の他、放課後にはネイティブとの会話サークル、土日は地元のキッズ・キャンプのボランティアと、殺人的なスケジュールをこなしている。滞在予定が一年と限られているため、その間に人の10倍学ぶのだと言っていた。実にチヨ的な発想だ。


 私は今日の出来事を包み隠さずぶちまけるため「チヨ姉さん、事件です」から始まるメッセージの送信ボタンをクリックした。






 チヨから返信が来たのは、翌々日の早朝。「起きたらメッセージちょうだい」とのことで、こちらは午前6時で寝ぼけまなこだったが「隊長おはです」と送ってみた。サンディエゴは午後2時。即座にレスが来た。ありがたい、このもやっとした気持ちになるべく早く結論を出したかった。



「それ、そのまま結婚まで一直線コースって事だよね。20歳になったばっかりで、えらく気が早いね、羽根田さん」


「仕事が決まってるぶん、つい先の事考えちゃうんだと思う。来年から酒類販売の勉強も始めるって言ってたし」


「ぶっちゃけ、千夏子はどうしたいの?」


「迷ってる、一年のブランクはやっぱり就職に不利になるもん」


「わはは、それ言ったら私なんて人より2年遅れだよ。てゆーか千夏子、問題を就職の事にすりかえてない?」



 チヨの鋭い突っ込みが、自分でもハッキリしなかった核心に触れたらしい。返信できずに戸惑っていると、チヨからもう一発ど真ん中が来た。



「千夏子は今まで羽根田さん一色だったから、もっと世の中見てみた方がいいんじゃないのかな」


「他の男と付き合えってこと?」


「そうじゃなくて、世の中を一通り眺めた上で彼を選ぶなら納得できるけど、このまま流されると後悔しそう。千夏子だってそう思ってるんじゃない?例え彼が運命の人だと信じてても、それを確認したいでしょ」


「もしかして、チヨもそうだったの?」



 聞いてしまった後に、踏み込みすぎたと思った。森脇さんと別れて半年以上経つとはいえ、事情が事情だけに傷に触れてしまったかとハラハラしていると、チヨは実にアッサリと即答をよこした。



「彼は私より大人だったし、すごく影響受けたし、私の全世界だった。だから、子供がダメだった時は依存しそうになったけど、本来の瀬川チヨにリセットするには、あの時がチャンスだったと思うの。少なくとも今は自分の足で歩いてるよ」



 かっこいいな、チヨ。自分の意志で決めて、自分の足で歩く人生。広く世の中を見て、それでも圭吾の手を取りたいと思うのが、私にとっても理想だ。




 学校に出かけるタイムリミットが来て会話を終了した後も、チヨの言葉が私の中で大きな波紋を広げていた。長く付き合った恋人がいて、その人からずっと一緒にいたいと言われて。大抵の女ならば嬉しく思うであろうこの状況において、何が私を戸惑わせているのか。そのモヤモヤの正体が、ちょっとだけではあるが見えてきたような気がする。




「俺は、将来と千夏子を切り離して考えられない」



 あの日、圭吾の言葉に感じた小さな違和感は、私が今の時点で「将来と圭吾を結びつけて考えられない」事が原因だろう。私たちは歩くスピードが違うのだ。


 恋愛に対しても社会に対しても、早熟で順応性の高い圭吾。それに引きかえ私は不器用で晩生で、とてもじゃないがまだ人生の大事を決断できるような状態ではない。それなのに圭吾は性急に答えを求めようとする。



 チヨに言われた通りだ。本当は就職に不利になるのが怖いんじゃない、圭吾のペースに取り込まれてしまうのが怖いのだ。社会に出て、圭吾にリードされるばかりの人間でなくなったその時こそ、私は彼との将来を考えられるようになるだろう。それまで圭吾は私を待てるだろうか。






 そんな事を考えているうちにカレンダーはあと一枚になり、今年もお気に入りのコートに袖を通す季節がやってきた。私は専門学校が20日過ぎまでなので、クリスマスはバイトも休みを入れて、圭吾と一泊でスノボに行く約束になっていた。プレゼントを交換するかわりに、今回は思い出作りをしようと意見が一致したのだ。


 二人とも初めて体験する雪の中でのクリスマスとあって大いに楽しみにしていたのだが、その2週間前になって圭吾からキャンセルの電話が入ってしまった。



「ほんっと、悪い……ごめんな、千夏子」


「うーん、仕方ないよね、残念だけど」



 キャンセルの理由は、急にバスケ仲間とのクリスマスパーティーが開催される事になり、そのDJを圭吾が担当する事になったからなのだが、そこに私は何やら策略を感じてならなかった。何しろ企画したのが例のマネージャーの溝端さんで、彼女は突然パーティーの企画を立ち上げ、みんなの反対意見にも頑としてイブ開催を譲らなかったというのだ。


 当然、イブなので半数以上が出席できず、当初は圭吾も不参加を表明したものの、配られたチラシには何と「DJ/ 羽根田圭吾」と印刷してあり、今さら変更ができないと溝端さんに泣きつかれた結果、私との約束を反故にせざるを得なかったそうだ。


 腹が立つ、溝端さんにも圭吾にも。このままで済ませると思うなよ、と私は拳を固めた。そっちがその気ならこっちも出方がある。私は社会科で習ったハンムラビ法典を思い浮かべながら、改めてクリスマスの有意義な計画を鼻息も荒く練り直した。



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