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おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
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8◆ オムライスと恋バナ



 光太郎が「告られたらしい」という情報は、アンテナ娘のあゆみから私に伝えられた。



「相手は2年生だってさ」


「ふーん」


「ふーんって、そんだけ?!」


「だって私にゃ関係ねえべ」



 学食で女子に人気のオムライスをつつきながら、温度差の激しい会話が続く。あゆみは私が驚くか、それとも既に知っていたか、どちらかのリアクションが欲しかったようだ。しかし、相も変わらず私と光太郎の会話は少ない。あの紗江さんカレーの後だって、宿題のページ数を教えてくれ程度のメッセージを何通か交わした程度だ。



「ほんとになんとも思ってないんだ」


「だから言ってるでしょ、最初から」


「だって、あっちはそうじゃなさそうだし?」



 スプーンが手から滑り落ち、プラスチックの皿の上でカチンと無機質な音を奏でた。幼稚園から高校生の現在まで、私と光太郎は「お互いそういう対象ではない」というスタンスで過ごして来た。あゆみには何度もそう言っているのに、なぜ理解してくれないのか。



「射手矢くん、千夏子のこと好きなんだと思うよ」


「ありえないから、絶対」


「千夏子、鈍すぎだって」



 鈍いと言われれば、心当たりがありすぎてぐうの音も出ない。中学の時も告白されるまで相手が私に気があるなんて思いもしなかったし、どっちかというと鈍感なことは認める。


 しかし、いくら何でも光太郎が私に気があればとっくに気付いているはずだ。第一、好きな女に脱いだ靴下を「生物兵器」と言って投げつける男がいるわけがない。



「それってオリジナルな愛情表現だったりして」



 ものは受け止めようだというけれど、あまりに受け皿が大きいのもどうかと思うぞ、あゆみ君。とにかくそれは普通に考えて色気のない証拠だ、ということを私はスプーンを振り回して力説し、その場は一応あゆみも納得してくれた。


 しかしいつぞやの弟のツッコミといい、今回のあゆみといい、自分たちでは可能性の欠片もないはずの私たちの間柄も、周囲から見れば何らかの芽吹きが感じられるということだろうか。もしそうだったら迷惑な話だと思いつつ、私は残りのオムライスを猛烈な勢いで平らげた。



 その数日後、またまたアンテナびんびん状態のあゆみが運んできたのは、光太郎が例の上級生の告白を断ったという情報で、本日の私たちの前には1000カロリーは下らないだろうと推定されるA定食が鎮座ましましている。やたら鬼のようにマヨネーズのかかったチキン南蛮をほおばりながら、私はいつものようにふーんと気のない相槌を打った。



「相手の2年生、けっこう可愛いのに勿体ないよね」


「可愛いけりゃ誰でもいい、って話じゃないでしょ」


「えー、でもフリーなんだったら付き合ってみればいいのに」



 こういう話になると、あゆみと私の恋愛感の違いをまざまざと見せつけられる。


 私は例え一国のプリンスから求愛されようとも、その人物に恋愛感情を持てない限りは断固としてお断りだ。しかしあゆみは好きでない相手でも、交際を申し込まれれば取りあえずお試ししてみる主義らしい。もちろん一定の美的水準をクリアしている条件付きではあるが。



「あゆみ、そんなんだから長続きしないんだよ」


「ぐはっ、それを言われると痛い」



 その「来るもの拒まず方式」で、中学時代あゆみは合計6人の男の子と付き合った経験があると言っていた。数だけ聞くとたいした猛者だ。


 しかしそれらは最長でも1ヶ月、最短にいたっては何と1日というサイクルの短さだというから驚いてしまう。当然、そんな短期間では深い付き合いに発展するわけがなく、1ヶ月続いた彼氏とお遊びみたいなキスをしたことが、彼女の唯一の男性体験である。



「あーあ、彼氏欲しいなあ」



 副菜のポテトサラダを一口食べて、あゆみがため息をつく。幸せが逃げるよと言ってやると、逃げるほどの幸せは持ち合わせてないと返された。


 彼女にとってはラブのない毎日は不幸以外の何ものでもないということなのだろう。私は8時間眠って旨いものが食べられさえすれば、天国のように幸せだ。


 色気がないと言いたければ言うがいい。人類三大欲求のひとつがまだ未開発なのだ。そのうち飯より大切な何かが登場するその日まで、しっかり食べて丈夫な肉体を養おう。どうか脚以外に栄養が行き届きますようにと祈りながら。




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