16◆ 抜き打ち訪問
合コンがあったのが金曜の夜。翌日の土曜は予定通り圭吾と出かけたのだが、前の晩にあんな事があったせいでビクビクしてしまい、挙動不審になりかねなかったので「どこ行く」と聞かれて迷いなく映画を選んだ。
その後、前から行きたいと言っていたベトナム料理店で食事をしたけれど、せっかくのご馳走も何だか味がわからず、かえってホテルに入ってからの方が楽だった。罪悪感を熱にすりかえるが如く、圭吾の首に腕を回して何度もキスをする。そんな私を、どうやら圭吾は寂しかったのだと勘違いしたらしく、やたらに優しくしてくれた。それが却って私を心苦しくさせるなんて事は、きっとこれっぽっちも気付かないまま。
そんなしんどい週末を過ごして学校に出てきてみれば。
「佐藤さん、一次会で帰っちゃってもったいなかったね。あの後、めっちゃ盛り上がったんだから、カラオケで」
池山さんはあの後みんなに合流して朝まで騒ぎ、帰る頃にはちゃっかり女子メンバーの一人と出来上がっていたそうだ。その子がデートの約束をしたと嬉しそうに言うのを聞いて、悩んでいたのが阿呆らしくなった。
私はどうも物事を真に受けすぎるのかもしれない。無駄に傷つく事を避けるためにも、ドライに流す要領を修得せねば。例え圭吾の車に怪しげな女の持ち物が残されていたとしてもだ。
「ぎゃっ!」
ホテルからの帰り道、後部座席のティッシュを取ろうとガサゴソやっていた私の手に、何かふわっとした物が触れた。引っ張り出してみると何とパンストで、思わず私は短い悲鳴をあげてそれを放り投げてしまった。
「どうした、何かあった?」
「……パンスト」
しかも使用済み、という事は誰かがこの車内でパンストを脱いだ事になる。さてどう説明するのかと運転する横顔をじっとり見つめていると、圭吾が「ああ」と何やら思い出したような声を出した。
「先週の飲み会の後、みんなを送ってった時のだろ」
「送ってっただけで、なんでパンスト脱ぐの」
「伝線したの何だの、後ろで女連中が騒いでたから」
私には渋い顔をするくせに、圭吾の所属するバスケ部は男女合同の飲み会が多く、下戸で車持ちの圭吾は酔っ払い連中にとって恰好の運転手になっている。先週もどうせええかっこして「送るよ」とか女の子たちに言ったんだろう。
それにしても男の車の中でパンストを脱ぐなんて。しかも残していくとはどういう事だ。その時は前日の負い目もあって深く追求しなかったが、圭吾の周りにいる無神経な女たちにも、それを許容している圭吾にもムカついて仕方がなかった。
夏休みのある日、ふらりとアポなしで圭吾の家に訪れたのは、そんな事が何度かあったせいかもしれない。あれ以来、私は圭吾の車の中を隅々まで点検する癖がつき、そのたびにグロスのついたティッシュや丸めた脂取り紙を発見した。
圭吾の事は信じていたが、やはりそれなりに腹は立つ。これ以上嫌な女にならないためにも、圭吾のありのままの大学生活を見て「取り越し苦労だった」と納得するのが手っ取り早いように思えたのだ。
久方ぶりに訪れた圭吾の部屋は、予想通りお見事なくらい散らかっていた。今日は朝から授業で昼からはバスケの練習があると言っていたので、圭吾が帰ってくるのは夕方過ぎだ。その留守に私が自分の部屋にいると知ったら、奴はどんなに驚くだろう。
私はエアコンを最強に設定すると、まずは脱ぎ捨てた服を拾い集めて洗濯機に放り込み、床に放り出された雑誌やリモコンを次々と片付けて行った。やがて物がすっきりしたところで掃除機をかけようとして、私の目がある見慣れないものに引き寄せられた。
圭吾の部屋のわずかな家具であるサイドボードの上に置かれた銀蓋のボトル。どうやら男物の香水らしい。蓋をあけて嗅いでみるとスパイシーというかエロいとうか、私たちの年代では少し背伸びっぽい香りが鼻腔に充満する。残量は約8割。使っているということに私は軽いショックを受けた。
私に会うとき圭吾がこれをつけていた記憶はない。ならば彼はいったいどこでこの香水を使ったのか。私はボトルをサイドボードに戻すと猛烈な勢いで掃除機をかけた。これ以上部屋にいるとまた余計なものを発見して、あらぬ方向に妄想が膨らんでしまいそうだ。私の知らない圭吾がいるなんて考えたくもない。最後にキッチンを磨いてゴミをまとめ、うだる暑さの中を私は圭吾の大学へと向かった。
圭吾の所属する大学のバスケ部は、平日3日と月3回の土または日曜を体育館での練習に充てていて、今日は土曜の練習日にあたる。いつもなら土日練習の日はデートがないので私にとってはつまらない週末となるのだが、今日は久々に圭吾のバスケ姿が見られるとあって心が弾んだ。圭吾はやはりバスケをしている時がいちばんイケている。高校の頃もたまに練習や試合を覗きに行っては、こっそり胸をときめかせたものだ。
初めて目にする圭吾のキャンパスの風景にドキドキしながら、私は練習場である第二体育館を目指した。広い構内を歩いていると、大学の持つ独特の雰囲気に圧倒されそうになる。大学は建物も敷地も悠々としていて、自分が通う専門学校のビルとは大違いだ。銀行のATMやコンビニもあり、こんな所で過ごせる圭吾が羨ましくなった。
第二体育館は思ったよりこじんまりした建物で、銀のドーム屋根がモダンな印象を醸し出している。大きく開放されたエントランスには、両面にシューズロッカー、その向こうの玄関ホールには両サイドに2階へ上がる階段が見えた。
私は2階へ上がり、遠目から圭吾の様子を視察することにした。声をかけるのは練習後にして、まずは大学の仲間といる時の「素」の圭吾を見てみたい。何しろ天下御免のお調子者だ。格好つけたりはっちゃけたり、さぞかし私の前とは違う表情をしている事だろう。私に対しては付き合いが長くなるほど無口になってくるというのに。
2階の観覧席から見下ろすと、圭吾の姿はすぐ見つけられた。赤いタンクトップに紺色のハーフパンツ姿でロングシュートの練習をしている。私は観覧席の一番奥に陣取り、あの雨の日の体育館を懐かしく思い出していた。
顔も名前も知らないのに、強烈に私にアピールしたゼッケン11番。あの時のもっさり頭は短髪もみあげ付きに変わっているが、独特の躍動感は変わらない。こういう時、やっぱり私は圭吾が好きなんだなと再認識させられる。




