15◆ ペナルティ
「佐藤さん、員数合わせに借り出されたって感じだよね」
言い当てられてドキッとした。それほど私は場違い丸出しなんだろうか。さっきのネズミも私が世慣れていない事を見抜き、隙に付け込んで遊んでいた。池山さんも私の服装や態度に違和感を覚えたに違いない。積極的な気持で参加していないだけに何だか申し訳なく、私は慌てて言い訳を見繕った。
「別にイヤイヤ来たわけじゃないですよ」
「あ、そういう意味じゃなくて、なんか新鮮っぽいから」
「新鮮っぽい?」
「うん、普通こういう時、女の子って張りきるでしょ。むしろ張り切りすぎて退いちゃうような人もいたりさ。でも佐藤さん、すごい自然体だからかえって目立つ」
「それって……浮いてるって事ですよね」
すでに半分落ち込んでいた私には、彼の言葉も好意的に響かない。しかし池山さんは「いやいや」と前置きした上で、
「その逆、好感持てるってこと、俺的には」
そう言ってくしゃっと破顔した。彼は決して男前ではないが、目尻に温かみのあるいい笑顔だと思う。言うなれば、ほっこり系笑顔男子とでも呼ぶべきか。あなたの方が高感度大です、と言いたいのを呑み込み、私は「それはどうも」と頭を下げるだけにとどめた。
その後、何だかんだと飲み食いしながら各人各様に盛り上がり、私も池山さんのお陰で楽しい時間を過ごした。彼は話題が豊富で淡々とした語り口なので、喋っていて疲れない。そのせいかすっかりお開きの頃には友達気分になり、私にしては珍しいことだが連絡先の交換などもしてしまった。
「佐藤さんは二次会に行かないの」
一次会が終わって店の外に出ると、ネズミの赤松が「次はカラオケ~」と女子を二次会に誘導していたが、私はまっすぐ帰ることにした。
時刻は間もなく10時を回る。このまま連中に付き合えば、下手すると朝までコースになりかねない。何より一緒に来た友人たちが、やたら女っぽい顔つきになっている事に警戒心が働いた。酒が回っているぶん二次会は乱れるはずだ。王様ゲームとかが始まったら、私にはうまくかわす自信がなかった。
「今日は帰ります、ありがとうございました」
お辞儀をしてお礼を言うと、池山さんはみんなの方をチラリと見た後、内緒話をするように私の耳元に顔を寄せて囁いた。
「二人でどっか行かない、帰り送っていくから」
警戒警報が脳内に響き、体が硬くなる。さっきまでいい友達になれそうだと思っていた池山さんの囁きには、鈍い私にもわかるほどハッキリとした色気が含まれている。これはもしかしなくても口説かれているという状況ではないのか。私は咄嗟に一歩退いてお断りの言葉を述べた。
「ごめんなさい、今日は帰ります、すいません」
「どうして、いい感じだと思ってたんだけど、俺の勘違い?」
池山さんの表情が曇る。さっきはあんな爽やかな顔をして、実はお持ち帰りの根回しをしていたなんて。実際は合コンに来る時点で下心満載なのは当たり前なのだが、何となく彼は違うような気がしていたのだ。そのショックも手伝ってか、私はつい本当の事を白状してしまった。
「私、実は彼氏いるんです、ごめんなさい」
池山さんの顔がますます曇り、はあ、と大きな溜息を吐き出した。
「何となく、途中からそんな気はしてたけどね」
「ごめんなさい」
こうなったら謝って勘弁してもらうしかない。そう思ってもう一回頭を下げようとした時、どこからか伸びてきた手が私の顔を上向かせ、唇に何かが押し当てられた。この感触はよく知っている。ただし圭吾のそれと違うのは、アルコールの匂いが漂っていることだ。下戸の圭吾は一滴の酒も口にしない。
「これは、ペナルティ」
びっくりして目を剥く私に、池山さんはニヤリと笑って見せる。この人はこんな顔でも笑えるのだと意外な思いがした。それともさっきのほっこり笑顔が作り物だったのだろうか。まだ膠着したままの私に向かい、池山さんは笑顔を貼り付けたまま、
「彼氏を作るつもりで来るか、彼氏がいるならうまく遊ぶか、どっちかにしてくれないと、口説いてる男がバカみたいでしょ」
そう言ってみんなの方へ行きかけたが、途中で振り向き一言付け加えた。
「俺に彼女がいたら、合コンなんか行かせないけどね」
帰り道、惨めな気持ちで駅までの道を歩く私は、どす黒い後悔の塊と化していた。合コンに行ったことに対してではない。世間知らずで考えが足りない自分の甘さを後悔しているのだ。バッグを漁ってスマホを出すと、圭吾からメッセージが届いていた。
『今バイト終わった。明日の朝こっち出て昼前に迎えに行く。どこに行きたいか決めといて。給料出たばかりだから何でもおごっちゃる』
心の中で「ゴメンナサイ」と手を合わせた。内緒で合コンに行ってうっかりキスされましたなんて、大馬鹿者にも程がある。昨日までは「自分だけ自由に遊びやがって」とムカついていたが、私と圭吾では異性に対応するスキルが全く違うという事を思い知らされた。
きっと圭吾なら、さっきみたいな場合も私みたいにオタオタせずアッサリ割り切ってしまうだろう。でも私にはそれができない。まだ池山さんのアルコールの匂いが唇に張り付いているような気がして、私は駅のトイレで何度もうがいをした。
また合コンに行くかと聞かれれば、ご遠慮しますという気分だが、それでも圭吾以外の男と喋って浮かれてしまったのは紛れもない事実だ。圭吾が他の女の子と遊んで楽しいように、私にも他の異性への興味がないわけではないらしい。
それなのに私のベクトルは、圭吾だけに向けられている。私をこんな女にプログラミングしてしまったのは圭吾本人ではなく、その圭吾に守られてぬくぬくとしていた私自身でもある。
付き合い始めて約2年半。一人の男とどれだけ密に過ごしても、それは恋愛経験値を上昇させるものではないのだと、高い勉強代を支払わされた厳しい夜だった。




