14◆ 初合コン、参戦
そんなフラストレーションがいつしか鬱積していたのかもしれない。連休明けのある日、学校の友人から持ちかけられた話に、私はおよそ私らしくない反応をしてしまった。
「ダメモトで聞くけど、佐藤さん来週の土曜の合コン来れない?」
「うーん、悪いけど……無理。私、彼氏いるし」
「彼氏いたっていいじゃん、たまには違う男の子と遊んでみたら。今度の相手、けっこうレベル高いよ、R大の経済学部」
「R大……」
R大と言えば、圭吾が第一志望で受けて落ちた大学だ。その大学名を聞いて私は思わず「行ってみようかな」と言っていた。圭吾を落とした大学に通う連中の顔が見てみたかったのが半分、いつも関白風を吹かせる偉そうな俺様男に一矢報いてやりたい気持ちが半分。とにかくOKしてしまった以上は行くしかない。そして行く以上は楽しまなくては。
経験値の低い彼氏持ちの女だって、上手に遊べるのだという事を立証して、精神的に圭吾と対等になりたい。その時はただ自分サイドの都合だけで、お気楽にそんな事を考えていた。
人生初の合コンだからといって、むやみに張り切るのもどうかという結論に達した私は、7分袖のシャツに麻混のAラインスカートという、いつもと変わらぬスタイルで女子軍待ち合わせのカフェに向かった。
当初はみんなが「勝負服」と呼んでいるようなワンピにカーデを合わせようかとも思ったのだが、今日のところは様子見だ。初心者は目立たず観察する側に回って、まずは先輩方の動きを伺わねば。
カフェに到着するとすでにメンバーは揃っていて、案の定みんな満艦飾におめかししている。うわぁ化粧が濃いなあとげっそりしたが、今日のメンバーは特に派手系というわけでなく、ごく普通の部類に入る。何だか急に場違いな気がして、私は普段着で来てしまったことをちょっとだけ後悔した。
「佐藤さん、なんか地味くない?」
「そうだよ、もっとアピらないと負けちゃうよ」
「いや別に私はいいよ、アピールする必要ないし」
私がそう言うと、本日の幹事役の女の子がこちらの方に身を乗り出して、私に指でバツ印を作って見せた。
「言っとくけどさ、彼氏いないって設定だからね」
「え、そうなの」
「当たり前でしょ、そんなこと言ったら場が白けちゃうよ」
そう言う彼女も実は彼氏持ちだ。同じ相手とばかり遊んでいたら、「腐っちゃう」のだそうで、たまにこうして羽を伸ばしているらしい。それで相手とこじれないなら結構なことだが、私の場合はどうだろう。圭吾と会っていて退屈だと思ったことは一度もないし、どちらかというと毎日でも会いたいくらいだ。
よく考えたらそんな人間がコンパに来る必要はないわけで。単なる意地と興味で参加してしまった事を今になって後悔し始めた頃、そろそろ会場に移動する号令がかかった。
お洒落居酒屋というのだろうか。男子チームが予約していた店は料亭風の玄関の奥に細い廊下があり、両側に障子で区切られた個室のブースが並んでいる。店の雰囲気も料理の味も大変よろしいのだが、座ったポジションが最悪だった。
「へえ、千夏子ちゃんってコンパ初めて?」
いつの間にか私をファーストネームで呼んでいるネズミのような顔の男は、赤松といってR大経済学部の2年生だそうだ。言うなれば、この男が圭吾を蹴落とした一人である。私はさっきから彼の質問攻めにあっていて、正直うんざりしかけていた。
「高校のときは、ずっと付き合ってる人がいましたから」
「真面目なんだね、浮気とかしたことないの」
「あるわけないじゃないですか」
「ぶはー、純粋培養なんだ、千夏子ちゃんったら」
私は本気でイライラしてきた。なぜこのネズミ男が私の隣だ。そしてなぜ男女交互に座るのがお決まりなのだ。向かい合わせでいいではないか。そうすれば無遠慮に肩や腕をベタベタ触られる事もない。
しかし私のお仲間はそうでもないらしく、聞いた事もない甘ったるい声を振り撒きながら、隣の男の腕にしなだれかかっている。確かに私は頭の固い部類かもしれないが、目の前の光景は同じ女としてぞっとする。合コンなんか二度と来るかと思いかけたその時、ネズミの赤松が私の肩をぐいっと抱き寄せた。
「ねえ、俺の話聞いてる?千夏子ちゃん」
「やだっ……」
あまりにも近い顔の位置に激しい嫌悪感を感じ、思わず赤松の手を振り払おうとした時、斜め前に座っていた男子が見かねて助け舟を出してくれた。
「やめとけよ、大人しい子をからかうの」
「いいじゃん、千夏子ちゃん可愛いんだよ、反応がさ」
やっぱりからかわれていたのかとムカついた。このネズミめ、ぶん殴ってやろうかと拳が固くなったところへ、さっきの彼がグラスを持ってこちらへ回ってくるのが見えた。どうやら赤松にどけ、と手振りで示しているらしい。
「赤松、チェンジ」
「えー、何でだよ、俺ここがいいー」
「いいから変われ、ほら」
赤松は「ちぇー」と言いながらも、彼の席に移動して行った。私がやれやれと思ったのがわかったのか、隣に移動してきた彼がくすりと小さな笑いを漏らす。
「ごめんね、悪いやつじゃないんだけどさ」
「いえ、大丈夫です」
さっきはよく顔を見ていなかったが、隣の彼は短い黒髪がスポーツマンっぽくて好感の持てるタイプだ。何の変哲もない紺色のシャツとコットンのパンツに私は安心感を覚えた。
彼がグラスを持ち上げてこちらに差し出したので、私もカチンとグラスを合わせて乾杯の真似事をした。私は圭吾と違って割と飲める体質だが、未成年が酒の匂いをさせて帰ると母に何を言われるかわからないので、乾杯ビールの後は大人しくウーロン茶をすすっている。
「池山です」
「佐藤です」
両者ぺこりと頭を下げ、再びちょっとグラスを上げる。良かった、この人はまともな人のようだ。テーブルの向かい側を見たら、赤松が隣に来た事に、明らかに不服そうな友人のむくれ顔があった。そんな顔をしても席など変わってやらん。ババ抜きのババは運が悪い奴に回っていくのがルールなのだ。




