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おくぶたえ  作者: 水上栞
第四章
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13◆ 元カノとデート?

 


 変わったといえば圭吾もそうだ。普段は相変わらず陽気なチャラ男で通しているが、最近ふとした折に大人の男の片鱗を覗かせてドキッとさせられる事がある。例えば先日の引越しの時もそうだった。



「ごめんなさいね、羽根田くんにすっかりお世話になっちゃって」



 卒業式に帰ってきてそのまま我が家の引越しに馳せ参じた圭吾に、母が恐縮して頭を下げる。何しろ現在の佐藤家は女2人に高校生の弟が一人。いくら引越し業者に委託してあるとはいえ、男手の手伝いは何より有り難い申し出だった。そして圭吾は我々の想像以上によく働いてくれた。



「いいっすよ、どうせ家にいても酒の配達に行かされるだけだし。重いもん運ぶのは商売柄慣れてるんで、どんどん使ってください」



 そう言って大きな荷物をひょいひょい担ぐ圭吾にときめいてしまった事は、癪なので本人には内緒にしておいた。さらに荷物が部屋に入った後も、箪笥やベッドなど家具を配置したりオーディオ関係の設定をしたり、八面六臂の活躍をしてくれた。お陰様で予定よりうんと早く片付いた事に気を良くした母が、上寿司を奮発するという計算外のラッキーもついてきた。


 ちなみに私たち家族が引っ越した叔父のマンションは、前の家よりやや狭い。ただし、駅やバス停が近くて通勤と通学に便利である。何より親類が近いことで、母の精神的な負担が減ったことが大きかった。




「手伝ってくれてありがとね、圭吾」


「どういたしまして、千夏子んちの役に立ててよかったぜ」



 お寿司の後、圭吾を送って降りた新居の一階のエントランス。彼は今からこのまま東京へ帰ってしまう。



「俺、千夏子が引越ししたの、実は嬉しかったりして」


「どうしてよ、圭吾の家から遠くなるのに」


「だって、射手矢んちから離れるだろ」



 呆れてしまう。もう付き合って2年以上経つというのに、まだ光太郎に対抗心を持っているなんて。幼馴染に対する信頼関係や距離感と、彼氏に対するそれとは違って当然なのに「なんか腹立つ」のだそうな。だったら一生言ってろ、駄々っ子め。



 それに、言わせてもらうなら「腹立つ」のは私のほうだ。何と圭吾は先日、東京に遊びに来ていた高須さんと渋谷デートをしていたのだ。それが発覚したのは高須さんが友達にその事を報告し、それが回り回って私の耳に入ったからである。問い詰めたらムカつくことに、あっさり圭吾は開き直った。



「しゃあないだろ、今東京に来てるって言われりゃ」


「しゃあなくないよ、断んなよ!」


「お茶しただけだって、あいつもう新しい男いるし」


「だったら聞くけど、私も圭吾と同じ事していいんだよね」



 圭吾がグッと言葉に詰まる。形勢逆転だ。圭吾は私の専門学校の友達付き合いにも口を出すのだから、自分だって言われてナンボの身分だ。



 私の選んだ専門学校はデジタルアート系の複合教科を扱っていて、私はWEBデザインと基礎SEOを履修している。希望だったクリエイティブの中でも、最も就職に有利な分野ということで選んだ。男女比は3対7と圧倒的に女が多いが、それでも男性がクラスに10名ほどいるし、たまには男女合同イベントや飲み会に誘われたりもする。


 しかし私はそれらに一度も参加したことがない。理由は圭吾が渋い顔をするからだ。黙って行けば絶対にバレないとは思う。ただ、私の場合は生まれつき度胸がないうえに、やはり圭吾が嫌がる事はしたくないという気持ちが強く、学校では今のところ付き合いの悪い佐藤さんというレッテルを貼られて過ごしている。



 それなのに、自分は呑気に元カノとデートなんて。しかも圭吾は他大学との合コンなどにも顔を出しているのだ。卒業して間もなくの頃、それを知った時にはショックだった。偶然会った圭吾の大学の友人に「あ、この前の合コンの子?」と言われた時の私の心中を察して欲しい。


 いくら仲間うちの付き合いだとはいえ、彼女持ちのくせに「この前の子」と指定されるほど盛り上がった相手がいたという事だ。その時は私が鬼のように怒って泣いて、圭吾に全てを白状させた。



「だからぁ、向こうが勝手に寄って来ただけだって。みんなの前で強く拒めないから、仕方なかったんだよ」


「またそれか!向こうがその気になっちゃったらどうすんのよ」


「そんなの、男がその気になんなきゃどうしようもないだろ?いくら女がノリノリでも、男を押し倒せるわけじゃなし」



 怒っているのはこっちなのに、圭吾が平然と答えるのが悔しかった。この様子では似たような事が何度もありそうだ。「どうせ相手も本気じゃないよ」という圭吾の言葉に、その昔予備校で圭吾に迫っていた脚のきれいな元・遊び相手を思い出した。


 私と付き合っている以上、自分から動く事はないだろうが、圭吾が「迫られると拒絶できない体質」なのを私はいやというほど知っている。憮然としていると、圭吾がこちらに矛先を向けてきた。



「だから逆に、千夏子みたいな経験値が低い女は危ないんだよ。男がその気になったら、お前なんか一発で食われっぞ」



 聞いているだけで腹が立つ。彼の言っている事は事実だが、だからと言って圭吾が自由に遊んで良くて私はダメだなんて、そんな不公平が現代社会で通用するわけがない。



 こう言っては何だが、圭吾は見かけと違って考え方が封建的だ。専業主婦の母親に育てられたせいか、女は黙ってついてくるものだと思っている。ファンキーなフェミニスト然とした外面に騙されてはいけない。こいつの正体はガチガチの因循姑息野郎なのだ。


 だけど、それでも嫌いになるかと言えばそうでもなく、結局は折れてしまう自分が実は一番ウザい存在だったりする。




 車を買って以来、確かに私たちの関係は密になったと思う。しかし、それは決して良い事ばかりではなく、存在が近くなったぶん圭吾の「見たくない」部分まで見えてしまうデメリットも連れてきた。





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― 新着の感想 ―
[一言] この男とは絶対に結婚したら駄目だ(笑)
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