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おくぶたえ  作者: 水上栞
第四章
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12◆ 変わりゆく世界



 圭吾が手に入れた中古の軽は、よく見ればあちこちガタがきていたが、それでも私達にとっては魔法のリムジンだった。圭吾は「DJ.HANEDAスペシャルドライブリミックス」を大音響で流しながら、週一ペースで東京から飛ばして帰って来たし、私は車内を快適空間にするべくクッションを縫ったり、小物入れを置いたり、まるで小鳥が巣を作るがごとく二人して車を弄り回した。



「今度の休みは海でも行くか」


「いいねえー、私お弁当作ろうかな」


「作って、作って、ハンバーグと玉子焼きよろしく」



 車は時間や路線にとらわれず地図の上を走れる自在性もさることながら、周りの風景から遮断された密室に「閉じ込められている」感覚がたまらなく素敵だ。ただしこのツールを維持するには多少のお金がかかる。そのため圭吾は以前ほどではないにせよ、駐車場代とガソリン代を稼ぐためにバイトを続けているし、私も引越し荷物が片付くやいなやバイトを探した。






 ちなみに私が人生初めてのバイトをするにあたり、圭吾はひとつの条件を出した。それは「職場に若い男がいない」こと。自分の時は人に相談もなく決めたくせにと思ったが、いちいち勘ぐられるのも面倒なので素直に従い惣菜屋さんの調理補助に決定した。これなら私の得意分野だし、周りは主婦オンリー。さらには、売れ残った惣菜をもらって帰れるので家計にも優しい。



「千夏子、さらに料理の腕が上がるな。毎日、千夏子の飯が食いたいな」



 バイト先を報告したら、うちの彼氏さんが返答に詰まるコメントをくれた。高校生の頃なら冗談にして笑い飛ばせたその手のネタが、いざ卒業すると何だか生々しく感じられて居心地が悪い時がある。もちろん圭吾の事は好きだし、このまま付き合いが続けばそういう可能性もあるだろう。しかし、正直今の私は明日の事など考えている余裕がない。


 高校を出て、引越しをして、専門学校とバイトが始まったばかりなのだ。新しい環境に順応するのが精一杯で、うっかりすると今日の日付さえ忘れてしまいそうになる時がある。




 それを考えると、この時期に圭吾が車を買った事は、私たちの関係を運命付ける出来事だったと思う。萎えた気分のまま会えない日々が続いていたら、きっと今ごろは新しい日々に忙殺されて、彼との付き合いを諦めていたに違いない。


 それが今では、同じ学校に通っていた頃よりもっと親密で新鮮な空気が二人の間に流れている。まるで新たに付き合い出したような気分だ。恋愛は互いが思う強さも大事だが、やはり会う頻度も重要なのだと体験してみてわかった。それをチヨに電話で熱く語ると、「惚気ですかい」と溜息混じりに切り返された。



「わかんないよぉ~、もしあのまま羽根田さんと別れてたら、今ごろガッツーンと劇的な出会いがあったかもしんないよぉ~」


「もう、そんなこと言ってたら誰とも付き合えなくなるってば。いいんだよ、圭吾が私の王子様ってことにしとくから」


「白馬じゃなくて中古の軽でお迎えってか」



 ハハハと豪快に笑うチヨは、以前と全く変わらない風に見える。しかし彼女はあの一件の後、何と森脇さんと別れて合格していた大学までも辞退するという大技をやってのけた。今はバイトをいっぱい掛け持ちしていて、秋からアメリカに留学するのだという。


 彼女の事だから、よほど思うところあっての決断なのだろうが、最初に聞いた時は予想外の展開にびっくりして声も出なかった。しかし今はチヨの新しい夢を応援したいと思う。チヨがチヨらしくあってくれさえすれば、私にはそれが一番なのだから。






 こうして私を取り巻く環境は、いっぺんに高校時代とは様変わりをしてしまった。そして、それにシンクロするように私も変化が訪れつつある。



 駅ビルのウィンドウに映る薄化粧とヒールの私は、もう誰が見ても女子高生には見えない。地味ながらきっちりとヌードカラーに塗られた爪先。高3の秋から伸ばし続けた髪は背中にまで達し、紗江さんと同じマロン色に染められている。


 さらには街を歩けばエステの勧誘やナンパのお声もたびたび掛かるようになった。迷惑な話ではあるがそういう時、自分が社会から見て大人扱いされている事を実感する。それがすなわち内面の成長を物語るものではないにせよ。




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