7◆ 卒業間近の攻防
今年の冬はクリスマスもお正月も、すべてが慎ましやかに過ぎていった。もちろん我が家が喪中であった事がいちばんの理由だなのが、高3の追い込みシーズンという周りの緊張感が、専門学校に進む私にも波及したのだと思う。
圭吾はお正月休みにちょっとだけ帰ってきて、数日遅れのクリスマスプレゼントを交換し、映画と食事に行ったくらいで、また大学とバイトとバスケの待つ東京に舞い戻ってしまった。今度帰ってくるのは3月初旬、私の卒業式の日だと言っていた。何かビッグなサプライズを用意しているらしい。
そんな事より貯金したらと思ったが、傷眉毛をピクピクさせて企んでいるようだったので言わずにおいた。圭吾がそういう顔をする時は誰にも止められない暴走列車だ。どこかで脱線しませんようにと願うしかない。
「もしもし千夏子、合格した、合格したよー!」
「うぉーっ、おめでとーっ!」
新学期になると、いよいよみんなの進路が決まり出した。あゆみも宣言どおり地元の短大に滑り込み、合格発表の掲示場から電話で報告してくれた。
彼女は短大志望の理由となったジムのインストラクターさんとはとっくに別れ、今は機種変に行った先の携帯ショップのお兄さんと付き合っている。発表は新しい彼氏と一緒に見に行ったらしい。
全く彼女の恋愛バイタリティはたいしたものだ。彼女に言わせれば、遠恋など時間と精神の消耗以外の何ものでもないらしく、私と圭吾のダラダラした付き合いを見ていると「まどろっこしくて痒くなる」のだそうだ。
「だいたいさ、一緒にいて交わるから交際、っつーんでしょ」
彼女の言い分は現実的で的を射ている。一生逢えない恋人を想って果てる愛もあるのかもしれないが、生憎私はそこまで高潔ではない。好きな人とは触れ合いたし同じ世界を共有したい。
それなのにここ一年間の私と圭吾は、フィジカルなコミュニケーションはおろか、最近ではメンタルなコミュニケーションさえも疎かになっている。これでは交際というより、彼氏彼女と言う名目で相手を拘束しているようなものだ。卒業後もこの状態が延々と続くようなら、一度ちゃんと話をした方がいいんじゃないかと思うことがある。
光太郎が第一志望に落ちたと聞いたのは、卒業式の2週間前。我が校では進路が決定した3年生は2月から自由登校となるが、火曜と木曜は全員登校が義務付けられている。私とあゆみは、そんな残り少ないスクールライフの思い出にするべく「学食メニュー全制覇」を目指しており、この日は木の葉丼とナポリタンに挑んでいる最中、光太郎と同じクラスの女子が通りがかりに情報をくれたのだ。
「射手矢くん、第一志望ダメだったんだってね」
「げ、そうなの」
「うん、さっき指導室で先生と話してたらしいよ」
もちろん偏差値の足りない光太郎のことだ。他にも受けている学校はいくつかある。しかし奴の目的は進学ではなくオネーサン攻略であるからして、第一志望がダメならもうゲームオーバーも同然だ。
きっとさぞかし落ち込んでいるだろうと思い、その晩私は射手矢家に例の如くデザート持参で訪れた。すると意外にも光太郎は、すっきりした顔で「ま、しゃーねーな」と開き直っていた。
「もともと付け焼刃の勉強で入れる大学じゃなかったし」
「でもあんた、あのオネーサン狙いはどうすんのよ」
「もう狙ってねえ、つうか……何だ、ほら」
「はあ?」
「狙う必要がなくなったっつーか、その」
「ええっ、あんたもしかして、付き合ってんの?!」
私がそう言った途端、光太郎の頬に朱が差した。そのリアクションを見た限りでは、どうやら図星で間違いない。
しかし驚いた。あの男に不自由してなさそうな女子大生を、受験勉強の真っ最中に落とすなんて。光太郎がどこかへ逃げようとするのを、すかさず私はズボンの尻ポケットをつかんで阻止した。こんな面白い話を聞き逃してなるものか。私がポケットをがっちりホールドしているのを見て、光太郎は諦めたように肩を竦めた。
「別に付き合ってるってわけじゃなくて」
「何だそれ」
「あの人、まだ店長とも切れてないし」
「三角関係ってやつ!?」
「なんかお前、面白がってない?」
光太郎の説明によると、店長と例の如くもめた彼女が光太郎に電話で相談を持ちかけ、アパートに話を聞きに行ってそのまま勢いで男女の関係になってしまったと言う事だった。ありふれた話ではあるが、身近な人間に当てはめると妙に生々しい気がする。
彼女はその後なにかと光太郎を誘うようになり、今では店長にも半ばバレているような状態なのだとか。なぜ身体の関係を持つと、途端に男も女も垣根が外れてしまうのだろう。私と圭吾もそうだった。
しかし光太郎たちの場合は、浮かれる前に店長の一件を始末する必要があるのではないか。そう言うと意外にも光太郎は「俺の問題じゃない」と言った。
「それは、あっち二人でどうにかする事だし。取り合えずまたバイトも継続で入るから、俺は見守る役に徹する」
「そっか、まあ頑張んな」
あまり納得できなかったが、彼らには彼らのルールがあるのだろう。これ以上は踏み込まずに光太郎の家を後にした。




