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おくぶたえ  作者: 水上栞
第四章
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5◆ 甘えん坊のふたり



 香典返しを持っていった時、たまたま射手矢家には光太郎しかいなかった。その格好ときたら、汚いジャージ上下で髪はボサボサ。いくら休日だとはいえ、これではせっかくの別嬪さんが台無しだ。


 指摘すると光太郎は面倒臭そうに欠伸をしながら「寝てないし」と首筋を掻いた。さては夜通しゲームでもしてただろ、と突っ込んでみると、これまた意外な答が返ってきて驚いた。



「アホか、勉強してたんだよ」


「はあっ、あんたが勉強?」


「しゃあねえだろ、偏差値足りねえし」


「えっ、あんた大学行くの?!」



 最近ゴタゴタしていたせいもあり、それどころではなかったというのもあるのだが、光太郎が進学するなんて初めて聞いた。あれほど頑なに拒否していた大学受験をなぜ奴が受ける気になったのか。それは思ったとおり、受験拒否の原因にもなったあのオネーサンのひと声だったらしい。



「やっぱり今どき大学くらい出てないとね」



 世間話に挿入された何気ない呟きが光太郎の進路を左右するなど、よもやオネーサンも思っちゃいないはずだ。それだけ光太郎が他人に感化されやすい性質という事なのだろうが、これでは将来が思いやられる。


 しかし、取りあえず今回は大学進学を目指すということで、悪い方には転んでいないだけマシだろう。たとえ志望校がオネーサンの通う大学という、下心満載なものであったとしてもだ。どうかまた気が変わりませんようにと祈りながら、私は射手矢家を後にした。






 光太郎の例に漏れず、10月に入ってみんなの進路がいよいよ明確なものになってきた。私はみんなのように追い込みの受験勉強をする必要はないが、何の資格を取得するかで専門学校の種別が大きく変わってくる。再来週は圭吾が帰ってくるので、そのあたりを進路変更の報告がてら相談してみようと思った。



「やりたい事でいいんでないの」



 圭吾の部屋に上がりこみ、一通りいちゃついた後で専門学校の事を相談すると、あっさりそう言われた。進路を変えたことには多少驚いていたものの、私が何を目指すかについてはあんまり興味はないらしい。そのそっけない態度に私は正直落胆した。


 遠距離だから私がどの学校に通おうが関係ないと言えばそれまでだが、「4年間待て」と言って東京に発ったのは他でもない圭吾だ。その言葉どおりに4年待って、彼が帰郷する頃には私はすでに社会人である。


 ならば私の未来の職業は、その頃の二人の付き合いに多少なりとも関わってくるのではないだろうか。だったら少しは一緒に考えて欲しい。私はなおも食い下がった。



「私がやりたい事って言ったら、美術系になっちゃうじゃない。それって就職が難しい分野だしさ、やっぱ資格取れるのがよくない?」


「でもさ、千夏子は大学でやりたいことがないから進路変えたんだし、どうせならとことん自分の好きなことやった方がいいんじゃない」


「だって、卒業したら働いて家にお金入れなきゃだし」


「うちで働く?」



 冗談めかして言われたその言葉の裏に、うっすら漂うニュアンスを感じて心臓が小さく跳ねた。本音を言えば私の未来に口出しさせることで、圭吾に小さな責任を負わせたかった。


 ところがそんな私の小賢しい魂胆は、いざ予想以上のレスポンスを得た途端、急激に萎えてしまった。自分ではまだそこまでの覚悟なんかないくせに、相手の腹は探りたいなんて私はずるい。曖昧な笑いを泳がせていると、圭吾がさりげなく話題を変えてくれた。



「ありがとな、これ」



 圭吾の手首に銀色が鈍く光る。ひと月遅れでようやく渡した圭吾への誕生日プレゼントは、セレクトショップでひと目ぼれしたブレスレットで、値段はそんなに高くないけれどシンプルで圭吾の雰囲気にとてもよく合っていた。


 ちなみに圭吾から私への3カ月遅れのプレゼントは、シルバーと黒い革でできたシンプルなキーリングで、ひとつだけ鍵がつけられている。何の鍵かは言わずもがな。圭吾のアパートの鍵だ。


 夏休み、我慢できずに訪ねていった学生街の小さなフローリングの部屋。あの部屋の青いグラスの横にこのキーリングが並んだ光景を想像して、私は思わずにんまりした。また一歩、圭吾と親密になったような気がする。



「私こそ、ありがとうだよ」



 圭吾の顔の前で、キーリングを振ってみせる。



「いつでも来ていいから。俺がいても、いなくても」


「いてよ、私が行く時は」


「おう、早く卒業してしょっちゅう来い」



 そう言うと圭吾は私の頬を乱暴と思えるほどの力で挟んで引き寄せ、彼らしくない荒々しいキスをした。そして数センチの間隔で私の目を覗き込んで、何だか切なそうな表情をしている。何かあったのか、尋ねずにはいられなかった。



「どしたの、圭吾。なんか、変」


「別に、なんでもない」


「うそ、ぜったい変だって」


「てゆーか、帰りたくない、このまま」



 私の肩口に顔を埋めて、圭吾がぎゅうぎゅうとハグをする。どんな表情か伺う事が出来ないが、また例の情けないわんこみたいな顔になっているに違いない。圭吾がこういう顔をする時は決まって私に甘えたい時だ。



 圭吾だけじゃない。私たちはお互いに対して甘えん坊なのだ。だから圭吾の言いたいことはよくわかる。せっかくもらった鍵も今度いつ使えるかわからないまま、私たちはまた明日から離れ離れになる。長い4年のうちのようやく半年。それだけでもこんなにしんどい。


 果たして3年半後、私たちはこうして抱き合っているのだろうか。



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