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おくぶたえ  作者: 水上栞
第三章
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21◆ 迷える2匹の子羊たち



 光太郎が語ったところによると、彼女はバイト2年目の21歳。けっこう名の知れた大学の3回生で、去年の夏、光太郎がバイトに入る頃まで妻子持ちの店長と不倫関係にあったらしい。それがすったもんだの挙句に別れ話になり、光太郎はその一部始終に巻き込まれたというのだ。



「たまたま、泣いてるの見ちゃったんだよ」



 よくあるパターンだ。慰めているうちに彼女を好きになってしまったのだろう。弱っている女は男の庇護欲を刺激する。ただし大抵の場合、女が立ち直れば親切な男はお払い箱になるケースが多いが、彼女の場合はちょっと複雑だった。なんとさんざん光太郎に泣き付いた挙句、また店長と復縁しそうになっているらしい。



「店長が彼女を手放さなくて、彼女も断りきれないのが問題」



 店長は嫌がる彼女を無理にデートに誘い、アパートに泊まって行く卑劣な男なのだそうだが、私にはどう考えてもそれは合意の上としか思えない。


 もし私が彼女なら、いくら元彼とはいえ気のない男とはデートしないし家にも泊めたりなんか絶対しない。第一、別れた時点でさっさとバイトを辞めている。それなのに着かず離れずという事は、それは彼らのゲームだ。別れると言いながら、結局はその刺激を楽しんでいるのだ。



 それなのに光太郎は女側の言い分だけを真に受けて、彼女を被害者だと信じ込んでいる。光太郎がなぜバイトを辞めないか、やっとわかった。店長から彼女を守ろうとしているのだ。しかしそれは本人たちに別れる気がない限り無駄でしかない。




 そんな事を考えていたら光太郎の同室仲間が帰ってきたので、私たちは短い挨拶を交わしてそれぞれ部屋に戻った。客観的に見れば、光太郎は馬鹿な恋をしているのかもしれない。しかし今の彼は周囲が何を言っても聞かないだろう。


 それでも今は、将来を左右する重要な時期だ。汚い大人のドロドロに巻き込まれて、必要以上に傷つかなければいいが。そんな事で足元を見失って、この先の人生を棒に振ってしまってはシャレにならない。






 シャレにならんと言えば圭吾だってそうだ。つい先日行われたセンター試験では、自己採点が合格ラインギリギリという、相変わらず危ないレベルを彷徨っている。来月になればいよいよ本命大学の一般入試がある。学内併願で二重三重の手は打ってあるものの、二次募集のない大学だけに不合格なら後がない。


 しかもお父さんとの約束で浪人という選択肢もなく、もし落ちていたら羽根田家男子代々が卒業した東京の大学まっしぐらだ。そして安全校判定のついたその大学さえも不合格であった場合、



「ソッコー勘当される」



 のだそうだ。それは何としても避けねばならない。




 そんな訳で修学旅行から帰るなりやってきたバレンタインに、私はお守り型の合格祈願チョコを制作することにした。去年は気合のガトーショコラで圭吾を落としたのだ。今年もきっとご利益があると信じたい。一般入試まであと6日。私たちは祈るような気持ちでチョコをかじり、甘いのか苦いのかわからないようなキスをした。


 発表があるのは約2週間後。それまで私たちはビビりながら待つしかない。たぶん来年行われる自分の受験でも、ここまで神経をすり減らす事はないだろう。それだけ運命がかかっている。それでなくても大学と高校で環境が別れてしまうのに、遠距離になったら心を保っていける自信がない。



「行ってくるから」



 受験日の朝、駅から短い電話をくれた圭吾の声に、私は最後の祈りを捧げた。できる事なら私が身代わりに試験を受けたいくらいだ。


 2月半ばの空は重く凍えて、暦の上では春といってもまだ実感がない。公園の桜の木も芽吹きには程遠いが、受験生の開花はすでにカウントダウンの時期に突入した。再来週、私たちのサクラは咲くのか散るのか。胸の前でぎゅっとカイロを握り締めながら、私は圭吾の受験校の空に向かって、もう一度切なる祈りの言葉を唱えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 光太郎おおおーー! やっと新しい恋を見つけられたかと思ったらぁぁぁぁーーー! なんて不憫な…… まあ男は傷ついて強くなるもんだからいいんですけどね。 がんば!
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